地下牢
コツ、コツ……と石の階段を下りる。
地下へと続く階段はとても暗くて、壁に手をついていないと足がすくんでしまいそうだった。
冷たい石の壁は少しざらついていて、触れるたびにパラパラと砂が崩れ落ちる。
頭上で裸電球がジジ……と悲鳴をあげて明滅した。
ただでさえかなり広い間隔でしか照明が設置されていないのに、その内のひとつが切れてしまいそうだと心許ない。
今度来るときは、替えの電球を持ってきた方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら階段を降り切り、軽い足取りで薄暗い石の廊下を歩く。
気分が高揚して、思わずスキップでもしてしまいそうだ。
長い廊下の一番奥。左側の鉄格子。その中に、その人はいた。
「せーんぱい」
呼びかけると、先輩は伏せていた顔を私に向けた。と同時に、先輩を拘束している枷がジャリジャリと嫌な音を立てる。
随分やつれてしまったというのに、その瞳はいまだ私への敵意に満ちていて、思わず背筋が粟立った。
先輩をここに閉じ込めたのは三日前。まだ私に屈してくれないようだ。
「先輩、ご飯食べなかったの? 食べないと死んじゃいますよ?」
牢屋のカギを開けて中に入る。
足元には、昨日来た時に置いた食事がそっくりそのまま置いてある。
せっかく拘束されている状態でも食べやすいようおむすびにしてきたのに、もったいない……。
「先輩、食べ物を粗末にすると罰が当たりますよ? 水は……飲んでるみたいですね。偉い偉い。水は飲まないと死んじゃいますもんねえ」
本当はいい子いい子って先輩の頭を撫でてあげたいけど、今の先輩に触れたら噛みつかれそうだからやめておく。
もう少し衰弱させないと、先輩に触れるのは無理そうだ。
「……ここから出せ」
かすれた声。
低く発せられたその言葉に、私は思わず目を丸くする。
「先輩、まだここから出られると思ってるの?」
どんな逆境でも諦めないなんて漫画の主人公みたいでかっこいいけど、でも現実はそんな精神論だけでどうにかなるわけない。
「出してあげないよ。だって出したら先輩、逃げちゃうでしょ?」
私の言葉に、先輩は一言も返さない。会話をするつもりは無いらしい。
「……別にいいですけどね。なにも話してくれなくったって、先輩をここに閉じ込めておけるなら」
牢屋の中に立てかけておいたパイプ椅子を広げて、そこに座る。
先輩の目が、なにをする気だと問いかけてくる。
「なにもしませんって。ただ先輩のこと、見てるだけです」
にっこり笑うと、初めて先輩が少しだけ表情を強張らせた。それだけで、全身が歓喜に震える。
「あ、そうだ。私、まだご飯食べてないんですよ。ちょっと失礼してご飯食べますね」
そう言って、持ってきた紙袋の中をガサゴソと漁る。持ってきたのは、食欲そそる匂いの漂うジャンクフードだ。
もう三日もなにも食べていない先輩に、この匂いはかなり精神的なダメージを与えるだろう。
でも、せっかく私が用意したおむすびを食べない先輩がいけないんだ。少しお仕置きしてあげないと。
「いっただっきまーす!」
元気よく宣言した声が、薄暗い地下牢に響く。
ガブリ、とそれに噛り付くと同時に、ゴクリ、と先輩の喉が鳴る音が聞こえた。
「……食べたいの?」
からかうように笑えば、我に返った先輩が視線を逸らした。うーん、先輩ってば強情。そんなところも大好きだけど。
だけど多分、もう時間の問題だ。
こんな暗い地下牢で、一人ぼっちで、拘束されて、閉じ込められて、助けに来る人もいない。
いくら先輩が強くたって、人間には限界がある。
そうしたら先輩は、私に縋るしかなくなるんだろうな。
そうすれば、先輩の世界は私のものになる。
だから……
「……早く堕ちてね、先輩」