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或る日のデストルドー

蓮が行き先を教えてくれない。

いや、まぁさ、東京へ向かう飛行機だって言うのは分かっているよ。


だけど、あれは何で怒らせた時だったっけかな。


確か教会で弾くチャリティかなんかに参加するときに、退屈だからってフラフラと公園へと抜け出して、見つかったら怒られるだろうからその辺の子供にヴァイオリンを教えた時だったっけかな。


いいアイデアだと思ったんだけどなぁ。


教わりたくもない、親に連れられてきて不貞腐れながらゲーム機を握っている子に教えるより、公園で弾いていたら興味を持った少年たちに教えた方が世の為になるって。


どっこいそうは行かなかったらしくて、蓮は各所に平謝りしたらしいけどね。


あの時は、東京行きの飛行機に乗らされて、久しぶりに夜に会えるかなって楽しみにしていたのに、素早い乗り継ぎで台湾へと向かった。


絶対直行便の方が早いし安い筈なのに、俺に勝手な事をした意趣返しをする為だけにそうしたんだよ、酷くない?


俺に行き先を隠している時は、大体がピエートロ爺さんかフィッツさんがなにか企んでいる時か、蓮が怒っている時なんだけれど、今回は蓮を怒らせるような事はしていないから、爺さんがフィッツさんの線が強いね。


「ねー蓮さー、どこに向かっているのか教えてくれても良くない?

雇い主よ、僕。」


「雇い主ね、誠也くん、僕が巷でなんて言われているか知ってるかい?」


「知らん。」


「飼い主だよ。」


「ひゃー。」


「だって君、昔は誰の言うことでも聞いていたのに、いつの間にか誰の言う事も聞かなくなったじゃないか。


ボクが首輪になってないとどこで何をするか分からないってそう思われているんだよ。」


「そんな事ないよ。」


「あるよ。

この前だってスポンサーとの食事会だっていうのに、そこの子供と遊びすぎて二人でハンモックで寝てしまったじゃないか。


幸いそれを見たスポンサーが逆に喜んでくれたから良かったものの。」


「いやいや、普通だって。

フィッツさんもそんな感じだったもの。」


「はぁ。あの困った人を基準にしたらダメだよ。

ハニーさんってフィッツさんのマネージャーやってたんだって。

その時のハニーさんも調教師って言われていたらしいよ。」


「そんな所が似るのは嫌だなぁ。」


「その意気だ。」


結局教えてもらえないまま、飛行機からタクシーに乗り換えた。


もしかしたら帰れるかもしれないと思ったのも束の間、家の方とは全然違う方向へ進むタクシーに、希望はへし折られた。


全然知らん道。

だけれども、到着したのが病院だったので、段々と怖くなってきた。


誰か体調を崩したのか?


爺さん…ならアメリカか。

フィッツさん?蘭さん?

うちの父か母か?


心臓がドキドキする。

自分が病気に罹っても何とも思わないけれど、家族がそうなら嫌だ、辛い。


「橘花夜さんの病室はどこですか。」


蓮の口から出た言葉を飲み込むのにも少し時間がかかった。


「…夜?」


足が震える。

妻が、病院に…?


案内を聞き歩き出す蓮に連れられながら病院を歩く。


段々と腹が立ってきた。

そんな大事な事を隠すな、と。


病室の扉を見ると、確かに妻の名前のネームプレートがある。


開けるのが怖い。


蓮がノックをしても返事はない。


「もしかして、寝ているのかもしれないね。

ま、入らせて貰おうよ。」


その間にも色々な想像をした。

管に繋がれて規則的な音を出す機械がある、なんかで見たような景色とかね。


けれどもベッドの上の愛する妻は、イヤホンをしながらメガホンを振り回していた。


「いけー…え?

あらアナタ、お帰りなさい。

蓮くんもお疲れ様。」


「は?」


「どっち勝ってます?」


「日ハム。」


「うっそ!うわー、あきらが荒れるよ。

阪神ノーヒットじゃん。」


「は?は?」


「ふふふ、ウチのリリーフ陣は盤石だからね、このまま頂くわ。」


「いやいや、劇場型じゃん。

まだ分からないね。」


「は?は?は?

いやいやいや、夜、何で入院してんのよ。


っていうか、元気すぎない?」


「そりゃそうよ。

元気じゃないと赤ちゃんなんて産めないでしょ。」


「えぇ…。」


膝を立てて布団にいると思い込んでいたが、どうやらその膨らみはお腹が大きくなっているらしかった。


心当たりは…ある。

もちろんある。


…えぇ!


「子供!?俺の?」


「そうよ。……あ!入った!貰った!この試合貰った!」


「何やってんだよ…でもまだ3点差なら分からないね。

久々の日本シリーズ、簡単に諦める選手は我がタイガースにはいない。」


「いや、もっと大事な話が…。」


「うん。

パパになったよ、誠也くん。」


それを聞いた俺は、脳がスパークしたようになり、その後をよく覚えていない。

とにかく嬉しかったのだけを覚えている。


いつのまにかテレビは消えていて、どこに潜んでいたのかフィッツさん夫婦と蘭さん夫婦も出てきてお祝いをしてくれた。


お祝いだからと、臨月の夜以外でほんの少し、一口だけのお酒を貰った。

フィッツさんの方でのおまじないみたいな者らしい。


俺は舞い上がり過ぎてそのほんの少しでベロベロに酔っ払ってしまい、気がつくと子供が産まれていた。


なんか、夜中に、スポーンと生まれたんだって。


なんだか締まらないが、とにかく嬉しかった。


バツが悪いので謝ろうかとも思ったけれど、とにかく嬉しい事だけは伝わっている様子だったので、罪悪感と一緒に飲み込む事にした。


子供を抱いた夜を見て、なんかまぁ、それで良いかと思ったのだ。

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