占い
先生は初めて出会った日に言っていた通りに、霊感というものはなく、幽霊を見た事は無いらしい。
語る話も体験ではなく、聞き知った事を俺に話してくれているだけであった。
そう言う訳で、現実の空気感というか、そういったものが希薄なので、小学生の頃の俺ですら怖がらせることの出来ないのだった。
「霊感…?
もしあったとしても僕が見える様になる事は無いだろうね。」
彼は笑ってそう言っていた。
大学生になった頃、音大へと進学したので周りに女性が多くなった。
単純に幼稚園教諭になる学科もあるので、男女比が2:8だったのだ。
芸術とオカルトは隣り合わせとでも言うべきか、遠い所にはない様だ。
どちらも精神世界の話も絡むことが多いので、傾倒する趣味趣向は似たところがあるのだろう。
そこで出会った中には、やはりオカルトにどっぷりと浸かった人もいた。
男女で好む内容に違いがあるのか、どちらかといえば先生の様な自分と関係のない不思議な話を蒐集しているよりは、占いなどの自分が関わる方向に詳しい人が多い印象だ。
占いで失せ人探しをしてもらった事もある。
いつしかプツリと来なくなった先生の事が気になったので、お試しがてらに探してもらったのだ。
見つかったからといって会いに行こうとか、そう言う訳ではないが、変人なんて人生でそうそう会う事がないので、その後が少し気になったのだ。
あの日の先生と同じく、好奇心で探してみただけである。
当時10歳頃の自分が20歳前後になっているのだから、恐らく30歳前後になっているだろう。
何故かはっきり思い出される顔は、今思うとそこそこカッコよかったのではないかと思う。
そういったルックスだとかの審美に自信が無いために、実際の所はわからないが。
◆
「今回は貴方の力を使ってのダウジングで探しましょう。」
クラスメイトの女性はスマホの地図アプリを開いて、その上に手をかざしている。
人差し指には鈍い金色のリングをはめていて、リングから菱形の先がついたチェーンを垂らしている。
先はゆらゆらと所在なく揺れているような状態だ。
俺の力を使うとの事で、彼女の手に自分の手を重ねた。
すると何故だか彼女の手が震え出して、どこを指すとかそう言う問題じゃないくらいチェーンの先が震えている。
「力が足りないわ。
もっと強く手を握って欲しい。」
そうなのか。
先入観で力を抜いた方がいいかと思っていたが、そうした方がいいのか。
俺が言われた通り強く握ると、彼女から嗚咽が漏れる。
「あぁ!」
「ごめん。
痛かった?」
「いいえ!」
顔が赤くなり、緊張している様な顔をしている彼女はかなりの力を使っている様だ。
なんとなく霊感とかそういうのは陰気な感じで、振り絞る様なものではないと思っていたが、彼女の様子を見るとまるで真逆な感じだ。
「手を両手で包み込んで貰ってもいいかしら!」
言われた通りにすると、やはり彼女は力を使い過ぎているのか、俺の手の中の彼女の手はとても熱くなっていた。
チェーンは暴れ狂ったままで、呼吸も荒くなっている彼女を見て、何故か首筋がゾクっとした。
なにか本能的に恐怖を感じたし、彼女も辛そうなので、その日はそこまでとなった。
「ご、ごめんなさい。
調子が悪かったみたい。」
「いや、いいんだ。
もしかしたら先生がなんか、防いでいたりしているのかもしれないしね。」
「…先生ってどんな人なの?
女性の方?」
「いや?変人の成人男性だよ。」
変人を探していると言って俺も変に思われただろうか。
そう思うとなんとなく笑えて来た。
普段あまり笑う方ではないが、この時は先生のことを人に話す事が出来て嬉しくなったのかもしれない。
彼女とは連絡先を交換して別れた。
後日再挑戦してみようと言う事になったのだった。
一人で薄暮の帰り道を歩いていると、先生に昔言われた事を思い出した。
◆
「先生はお正月、おみくじ引いた?」
「いいや、個人的に占いとかをあまり信じていないんだ。
本物がいて欲しい気持ちは、もちろんあるのだけれどね。
顔相とかは少し納得出来る所はあるのだけれどね。
その人が多くしている表情で顔の筋肉の鍛われ方が変わるだろうから、笑顔が多い人に人が好印象を抱くのは分かるだろう?」
「うん。
分かる。」
「ね。
だから、この人はこんな人なのだろうなぁなんていう偏見が全く外れるって事は無いんじゃないだろうとは思うね。
だから君も良く笑う様にしたら…いや、君はそのままの、少し無愛想な方が良いかもしれないね。
はぁ、僕にも少しだけ占える事があるよ。」
「なに。」
「君は…将来女性で苦労しそうだ。
女難の相って奴だね。」
「すごいね。
分かるんだね。」
「うん、まぁ、そうだね。
気をつけなよ。」
その時はピンと来ては居なかったが、今はそれが当たりだったと分かる。
家に着いてスマホを充電器しようと取り出すと、異変に気がついた。
今まであまり見た事ないくらいの通知が来ていたのだ。
恐怖で震える手で既読にならない様に確認すると、先程別れたクラスメイトからだった。
その他にも他の人からぼちぼちと連絡が来ていた。
忘れ物かとしたかと思い開いてみたが、20件程の次の日程を話し合いたいとの連絡だった。
多すぎる連絡に気後れしたのと、あんなに消耗して申し訳なかったので、もう大丈夫と返した瞬間に通話が飛んできた。
疲れていたので出ない事に決めて、ブルブル鳴るスマホを放ったまま横になると、目を閉じた。
部屋に響く振動は、俺が眠りに落ちるまで続いていた。
先生は何故顔を見ただけで、俺の女難を見抜いたのだろうか。
もしかしたら、本当は霊感があったのかもしれない。
どうだろう。