田舎にあったビデオ 裏
「…撮れてる?
あ、マイクここなのね。
え?ああ、それもマイクで別に音を録音しているのか。
…へぇ、音質ねぇ、大切だからね。
…いや、僕にも分かるよ。
おいおい岩ちゃん。
僕は音大生だぞ?
舐めるなよ。
…よし、じゃあ本番と行こうか。
オホン、ん!ん!ん!
あー、あー、あー。
…やあ、誠也、久しぶり。
実際久しぶりかは分からないけどさ、観ている君は何歳なのだろうね。
僕と同じくらいになっているのか、おっさんになっているのか、それとも僕が知る姿とさほど変わらないのか、見られないことが残念だよ。
さて、これを観ているという事は、僕は死んでいるって事だ。
誠也と出会う前から病気だったんだ。
だから誠也の責任はなんにもないから、そこは気にしなくていいよ。
誠也と過ごした、えーっと3年くらいかな?
…うん、凄く楽しかった。
ヴァイオリンは続けてくれているかな?
そうだと嬉しい。
そうじゃなかったら、どうしようかな。
ま、なんとなく続けている予感があるから、予定通り撮ろうと思うよ。
キャンプやら釣りやら色々一緒にやったけれど、僕としてはやっぱり音楽が一番印象に残っているからね。
誠也には才能があるよ、頑張って。
…あ、いつ観てるのか分からないのか。
もしかしたら僕が想像も出来ないくらい有名になっているかもしれないね。
そうだったら誰に何を言っているんだってなる可能性もあるのか…。
まぁ、最期のメッセージだから、少しお節介なくらいで丁度良いよね。
さて、早速だけど、君に教えていた音楽はエリザベート国際コンクールの課題曲と、それに繋がるであろう技術を含んだ演目ばかりだ。
それに出ろって訳じゃ無いけれど、ヴァイオリニストが目指す先の一つだしね、指針としてね、丁度いいだろう?
作曲部門もあるからね、そちらの解説も結構していたんだけどさ、はっきり言うと誠也にそっちの才能はあんまり感じなかったなぁ。
ははははは。
ま、向き不向きってもんがあるからね。
仕方ないよ。
…。
さて、じゃあ始めようかね。
もし誠也が丁度僕くらいの年齢になっていたとしたら、凄い演奏家になっているだろうからさ、僕の演奏はきっと拙いものに写ると思う。
だけれど、頑張って弾くから何かの参考になると嬉しいな。
弾いた後に解説を入れるから、またその時に会おう。
…うし!
先ずは最近やったやつにしようかな。
岩ちゃん、ピアノの手元だけ撮った映像と、全体を撮った映像両方いける?
おっけー。
…いやぁ、かっこよく始めたいんだけどさぁ、僕はそんな国際コンクールに出られる様な腕前ではもう無いからなぁ、死ぬほど練習して来たけど、多分編集してもらうことになるから長丁場になるよ。
…そういえばさ、さっきからこうやって喋っているだけの所も撮ってるけど、カットしたりしてくれるんだよね?
笑わないでくれよ。
最期なんだからさ、カッコいい先生で終わりたいじゃない?」
◆
…確かに上手ではない。
確かに、今の俺の基準では粗がある。
それでも確かに俺には、これ以上参考になる演奏はない。
漫然と弾いていた箇所に血が通っていく。
漠然とした全体像がはっきりしていく。
やっぱり俺の先生は先生なのだ。
フィッツさんにも教わっているが、何故だが先生から教わった時にしか気がつけないものがある。
…演奏をしたくなってきたなぁ。
蔵にでも行こうか。
夜はなんかこっちで知り合いが出来たとかでまだ帰って来ない。
この先生のピアノに併せてヴァイオリンを弾こう。
あぁ、そういえば、あんなにやりたかった事だった。
先生とのデュオ。
上手くなって、隣に立ってもおかしく無いくらいになってお願いしようと思っていたんだ。
こんな形で叶うなんてね。
◆
やっぱりブランクのある僕の演奏は、それこそ大したことが無いけれど、これ程誠也のヴァイオリンに合う音は世界中のだれにも出せないだろうね。
…良い音だ。
やるじゃないか、生前の僕も。
よくこれを遺しておいてくれたよ。
お陰で夢が叶いました。
そうだよ、僕は誠也と一緒に弾いてみたかったんだ。
もう、思い残すことはないね。




