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名前

「先生の名前はなんていうの。」


危ないことを聞くな、この子は。

こちらは常に通報というリスクを抱えているし、少年が何処かで僕と居るところを見られた時に、あれ誰?なんて聞かれたとして、先生だよって答えるのと、何々さんだよって答えるのとでは、印象が大分違う。


名前を出せば一発で僕の正体が現れて、朝6時頃に二人組の制服の男による訪問に怯えなくてはならない。


「そうだね、名前は大切な物だ。

例えば、単純にトンボだとしても、それがオニヤンマだとか、シオカラトンボだとか、糸トンボだとかで性質が微妙に違うし、概念を表すことさえできる。


テーブルの説明をする時に、板に4つ足を取り付けて上に物を置く家具、と説明をするよりも、単純にテーブルと言った方が短いし各々の想像する余地が生まれる。」


「うん。

先生の名前は?」


「例えばこんな話がある。」


カシマレイコと言う有名な都市伝説がある。

口裂け女の二番煎じということで有名だが、名前がある事でリアリティを産もうとしたのだろう。


パターンはいくつもあるが、大体は陰惨な目にあった女性が手足を失い、代わりの手足を求めて彷徨い歩くといった物だ。


口裂け女のポマードの様に、正確に質問に答えなければ酷い目にあうという内容なのだが、確かに情報を記憶しなければならないと言われると、人は真剣に話を聞くだろうね。


ディティールは違えど様々なパターンがある中で、カシマさんは元々美しかった、という情報が入っているものが多い。


口裂け女は分かる。

私、綺麗?

という、あなたは資生堂の方ですかとでも思わせるような印象的な質問をしてくるのだから。


しかしながらカシマさんには必要な情報では無いのだ。

陰惨な目にあった女性が手足を失う。

だから手足を探して彷徨っている。


この2つにリアリティを足すための肉付けには、美人という設定は要らない。


しかしながら、カシマレイコが広がれば広がる程に、不思議とみんなが想像しているビジュアルが似通っている。


スラっとした体型にワンピース、黒髪の長いストレートヘアだ。

女優帽みたいな物を被っている姿もよく描かれている。


聞いた人は何故かそういうビジュアルイメージを持っているのでは無いだろうか。


もしかしたら逆に、清楚そうな美人を各々が勝手に想像しているので、話す時に美人だという情報を付け足したというところなのだろう。


集合的無意識。

人類が薄っすら全体的に感じている、共通の知識があるという説がある。


レイコという名前は、日本語文化圏の民族の脳に清楚で美人だと刷り込まれているという事なのか。

他の名前を考えても、あまりそんな事はない。


流石に権左衛門と聞くと着物を想像するだろうが、彼がどういうビジュアルイメージだかはっきりする事は無いだろう。


歴史上の人物や有名人のイメージにも引っ張られるかも知れないが、それは視覚情報と耳で聞いた音を勝手に繋げているからに過ぎない。


不気味だ。

誰とも知らない女が、人々の頭に棲みついているのだ。

名前を聞くだけで姿が現れるその女を、怪異と呼ばずしてなんというのか。


「つまりね、僕は君に先生と呼ばれているから、先生で居られるんだ。


分かるかい?」


「わかんない。


でもさ、さっきここにくる前にイッくんって呼ばれてたよね。

いっくーん、今夜はカレーだから、早く帰って来てねって。」


「うっ、あっ、人違いじゃ無い?」


「ううん。

その女の人に名前を聞いたもん。

イッくんは樹君だって。


イツキってカッコいいね。」


「あ、ありがとう。」


「俺はね、誠也って言うんだ。

よろしくね、イッくん。」


「…はぁ、よろしく、セイヤ。

でもこれからも先生と呼んで欲しいんだ。


ね?」


「良いよ。」


「良かった。

じゃあ僕は今日、用事があるから、ちょっと早いけれど帰るね。」


それを聞いた俺はカレーの匂いを嗅いだ気がした。

これが集合的無意識ってやつか。

別れ際、先生にそう伝えると、少し苦笑いをしていた。

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