天才 裏
「へ?
誠也くんはクシュニコフ・ペンドラフィッツに師事してるの!?」
我が家のぬらりひょんことフィッツさんことペンドラフィッツさんは、初めて会ったコンクールではよく分かっていなかったが、近代音楽家として大物だ。
世界中どこでも彼のコンサートが開かれるし、呼ばれる。
俺はそれについて回るため、高校は海外の学校を選んだのだった。
単位のような物が、校外学習で取れる学校を選んだのでその3年半はほとんど校舎というものには縁がなかった。
ヨーロッパやアメリカ、中東、中国、偶に日本。
お陰様で俺のパスポートは身分不相応にスタンプだらけでカラフルになっている。
始めの一年くらいは各々の国でコンクールに出たりしていたが、フィッツさん曰く、俺はコンクールで勝った負けたで成長しないようだから、気が向いたら出る程度でいいかもしれないと言っていた。
地元にいた頃、師匠に言われた出る事でしか得られない経験も、何故か俺には不必要だと感じた様だ。
「そういう訳で、中学3年の9月からヨーロッパの学校に移って、それからフラフラしていたんだよ。
あの人、変な事しかしないからさ、初対面の人の家に転がり込んだりスラムへも平気で入って行くから大変だったよ。」
「じゃあ学校へはほとんど行ってへんねや。」
「うん、そうだね。
入学式と卒業式以外は殆ど。
偶に行ってもレッスンで使うだけだったから、生徒との交流は本当になかったよ。
そのおかげか、差別とか感じる暇もなかったからどの国も良かった思い出が多いね。」
各国を転々とホテルや偉い人の屋敷、フィッツさんが気に入った人の家に泊まる。
そんな生活は楽しかったが、俺の学力は完全に終わった。
英語だけは必要に駆られて上達したのだが、国数社理の4科目は息もしていない。
「なんで日本に帰って来たん?」
「あぁ、なんか子供が出来て、フィッツさんに。
育休取るねんって。
奥さん日本人だからさ。
たまにレッスンで会っているけど、親バカだから旅はもうしないかもね。」
「へぇー、そうなんだ。
でも、初めて聞いたよ、ペンドラフィッツに弟子が居るなんて。
変人過ぎるし、弟子入りどころか客員教授も断り続けてたんでしょ?」
「うん、そうらしいね。
フィッツさんにはフィッツさんのこだわりがあるみたいでね。」
「変人のこだわりとか、めんどそうやなぁ。」
「いや、分かりやすいよ。
だから俺を選んだってのも分かる。」
◆
「ボクな、思うねんな。
芸術ってな、結局天才の天才性を観るものやねんな。
凡人はいらんねん。
本来ならな。
ボクは天才やからええけど、もっと出て来てもええやん。
でもおらん。
なんでか分かる?」
「さっぱり分からないよ。」
「ボクは天才やんか。
世界一やん。
それは良いね。
それでな、他の70億人は凡人やねん。
ボクから見たらな。
下に見ている訳ではないよ。
ボクは世界一だと思って演奏するし、客は世界一だと思って聴きにくる。
それでええねん。
実際には事実かは誰にも分からへんけど、それが芸術やねんな。
でな、これまで世界中周るとやっぱり、ボクでもなかなかやなって思う人達もいる訳。
まぁ、ボクには劣るけど、なかなかやるやんって人。
誠也もなかなかやるやん星人なんやけどな、そういう奴らって、あんまり上手くいかへんねん。
天才…まぁ、ボクより劣るけど彼らも君も天才やねん。
だけどな、潰れよんねんな、皆。
寂しいわ、フィッツさん。
潰れるって分かる?」
「心が病んだり?」
「なんで心が病むと思う?
演奏は完璧、立ち姿や見た目も惹きつけるものを持ってる。
でもおかしなんねん。」
「…運とか…?」
「それもあるかな。
でもな、一番はな、天才は孤独やねん。
ボクもそうよ。
ハニーが居ても、ハニーはボクの理解者にはならへん。
ヴァイオリニストとしてはな。
それはしゃあないやん。
ボクは世界一天才なんだやから、なかなかやるやん星人達も、ちょっとだけ分かってくれるけど、やっぱり分かってくれへんねん。
並ぶ人がおらんのよな。
それに耐えられんみたい、普通は。
そうしたらどうなると思う?」
「心が病む?」
「さっき言った通りそれもあるんよ。
けどな、そんな誠実な奴なんて1割もおらんねん。
そいつらは誠実や。
自分に向き合って潰れたんやから。
大体はな、手を抜くねん。
本気出したら分かってもらえへんから、迎合していくねん。
ダサいやろ?
天才やねんから、腹減っても、一人も友達おらへんくても、授かった才能を炸裂させろやって思わんか?
炸裂させて野垂れ死ぬのが天才の責任や。
ボクは偶然売れたけど、そうなってた可能性だってあるわ。
受け入れとる。
それが、あのアホら、凡人に、合わせて、落ちていくねん。
なかなかやるやん星人から人間もどきのちょっと良い感じのヴァイオリン弾きに成り下がんねん。
そんな奴らに教える事なんてなんもないやろ?
皆ボクが売れて金を稼いだ方法を知りたいだけやからな。
さっきも言ったけど、ボクが売れたんは偶然や。
もっかい人生やり直せたとしたら、ボクはフィッツさんを選ばん。
寂しい、孤独な人生やから勘弁や。
だけど、天才やったから仕方ない。
運命や。
だからそいつらが知りたい事を教える事も出来んし、凡人より人間もどきの方が厄介や。
神が人の地に降りてこんように、天才は凡人に力を見せつけたらあかんねん。
反則や。
天才は天才の位置から凡人に与えるのが役目なのに、あのアホら、人もどきになって凡人を殴り飛ばしに行くのが当たり前やと思っとる。
カスやろ。
だからキミしか弟子がおらんねんな。」
「暴論だけど、フィッツさんの意見はわかるよ。」
「嘘つけ。
分かるか!
お前は誰の気持ちも分からん。
なんでか知らんけど、頑張って人になろうとしたやろ。
キミはもう人もどきなのに、天才やった変な生き物や。
別の所で擬態してしもうたからか、変なままや。
それでええ。
ボクを独りにせんといてな。
キミは独りだろうけどな、それに耐えられるように出来てんねん。
ボクが生きてる内はボクがおるから、今のうちに思い出作っておけな。
それからは独りやぞ。
天才にな、誰が共感すんねん。」
フィッツさんは俺がコンクールで負けた時ににそんな事を言っていた。
変な慰めではなく、ある程度本音だったのだろうと思う。
本来共感能力が低い事はマイナスな面が多いだろう。
むしろそれを補う為に芸術に傾いていく人もいるくらいなのだから。
人として欠けている所に別の何かを入れる行動を非難する事はできない。
だけれど、フィッツさんは師匠としてそれを禁じた。
「それでええ」という事にしてくれた。
俺は誰にも共感出来ない。
そういう能力が著しく欠けているからだ。
そういう風に見える時は、優しい先生の真似をしているだけなのだ。
欠けている部分に入ったものが、ヴァイオリニストだっただけ。
それを、そんな歪さをフィッツさんが気に入ってくれた。
それだけなのだ、ペンドラフィッツが俺を選んだのは。
俺の欠けた人間性の部分には、先生がはまっている。
旅の間にそう自覚したのも、もう一度会いたい気持ちになった理由の一つだ。




