鬼の怪 裏
先生は大きい。
身長が、ではない。
もちろん器でもない。
動きだ。
「なぁ、不思議だろう?」
そう言いながら両手を大きく広げる。
小さい頃、ミュージカルしか見てこなかったのだろうか。
そんな先生の動きを観察して真似をする事で、俺は人らしさを得ている。
小さい頃は自閉傾向が強かった俺は、いまだに表情で相手の感情を読んだりする事を苦手としている。
流石に大学生ともなれば、経験的に相手がどう思っているかは分かっているが、それは国語のテストの様に文脈から答えを導き出しているに過ぎない。
もちろん自分の状態を伝えることは可能だが、自分の感情を表に出すことも苦手としている。
それでも、それらが上手な先生の真似をする事で、これまでなんとかやってきていた。
「なんなん、アンタ、チグハグだな。」
大学のグループ授業で初めて組んだ相手にそう言われた。
あきらという名前で、ジャズ科の生徒だ。
俺はヴァイオリンなのでクラシック科なのだが、グループセッションだと音楽の幅を狭めない為に科を跨ぐ事もあるのだ。
「なんや不躾で悪いな。
なんていうかな、テンションと動きが合ってないねん。」
「あ、そうなんだ、ありがとう。」
「ありがとう?
まぁまぁ失礼な事言った自覚はあるよ。
天然さんなんかな。」
「いや、人に育てられているから、養殖だね。」
「なんでやそれ。
そういうとこやぞ。」
あきらの専攻楽器はドラムなので、ヴァイオリンの俺とはあまりない組み合わせではあったが、R&Bの文脈では昨今ヴァイオリンが編成される可能性があること、野良のヴァイオリン弾きは日本だとレアなことから声を掛けて来たらしかった。
「普段聴くかな、R&B。
チル系のやつになんかよくサンプリングされてるやん。」
「nujabesとか?」
「そうそう。
ちょっとムーディに叩くから、弾いてみてや。」
人の表情を雰囲気で汲み取ることは困難な俺だが、音楽なら大丈夫だ。
型にハマった正解などないし、解釈違いという便利な言葉もある。
「ふんふん。
生音のヴァイオリンってこんな感じなんか。
思ったより強いわ。
ちょ、もうちょい音数減らしてみてや。」
あきらは考えるより先に口から飛び出す様で、わちゃわちゃした動きを交えながら説明をしてくる。
ドラムはやっぱり運動量があるのか、汗だくになりながら叩き続けていたのが、なんとなくキャラクターに合っていて良いなと思った。
◆
「いやぁ、おもろかったな。」
「関西弁。」
「ん?なんか変?」
「いや、新歓の時にも話したけど、あの時はこんなに…なんていうんだっけ。
あぁ、そう、コテコテじゃなかった。」
「あぁ。」
あきらが言うには、スーツ姿の自分を初めて鏡で見た時、これで関西弁を喋る奴がオシャレなジャズなんて出来るわけがないという思ったそうな。
「漫才師にしかみえん。」
それがなんとなく頭の隅にこびりついていて、スーツやジャケットを着ている時には関西弁を抑えようとしてしまうとか。
なので、初めの方のかっちりとした格好が多い時期は、なんとなく標準語で話していたのだとか。
「擬態やないけど、あるよね。
憧れの人の真似をするというか、形から似せていくというか。」
「分かるよ。
俺の動きがチグハグだっていうのは、恐らく俺が自分の先生の動きを真似ているからだ。」
「あぁ、なら余計に悪い事言ったな。
なんなん、カッコいいヴァイオリン弾きやったん?」
「カッコ…いや、小学生の頃だったから、そんな印象はないなぁ。」
「あらそう。
お世辞でもカッコよかったって言ってやれや。
まぁな、小さい頃ってそんなもんか。
音楽教室の先生か?」
「いや、公園で一人で遊んでいる時に、度々話しかけてきた男の人。」
「完全に不審者やん。」
「今思うとね。
まぁ、後で近所のお兄さんだと分かったから、何でもなかったんだけど。
その先生に色々教えてもらったから、俺は先生の真似をして普通の人に擬態してるのさ。」
「そうなん?
ヴァイオリンもその人から?」
「うん。
あと、会うたび怖い話をしたがる人だった。」
「まごう事なき不審者やん。」
「あ、おい、あきら、そこは女子トイレだぞ。
関西人だからって変にボケるな。」
「は?
…お前な…。
おぉ、そうか、売ってるな?
喧嘩を。」
「ん…?
あぁ!
なんでやねん?」
「ちゃうわボケ。
はーん?
成程な、お前な、私は女や。
男や思ってたん?
あきらって名前はどっちもいるもんなぁ。」
「なんでやねん。」
「…チッ。
泣かすぞ。
もうええわ。」
お察しかと思いますが。
裏 がタイトルにつくものに関しましては、先生とのやりとりの結果、誠也の変化に焦点を当てたものになりますので、オカルトの関わりは少なくなりがちになるでしょう。
ある意味では人の出会いの結果で人が変化していく事は怖い話だと思うのですが。