科学館 裏
大学は地方から都会へと出た形になり、年に数度、もしくは一度だけ帰省する程度の頻度に落ち着いた。
初めは先生がいたであろう地元の大学へと進学予定だったが、熱心な推薦があり違う所へと行く事になった。
クリスマスは、音大という特性上あちらこちらでの演奏の披露があり忙しくなるので、今年は年末ギリギリになっての帰省となった。
有志による同窓会が30日に行われる事が前もって決まっており、中の良かった何人かで呑むことになっていた。
初めはそれに間に合うか微妙な所だったが、無事参加する事が出来たので一安心だ。
進学した結果、男女比率が2:8の超女性社会だった。
問題が起きている訳ではないが、男同士の馬鹿話などがし難くなったのは事実で、思いの外今日の事を楽しみにしていた。
久しぶりに帰って来た地元は雪がちらついていて、東京ではとっくに車も人通りも無くなるほどの積雪があった。
慣れた物で人々は普段通り生活を行えている。
その程度の雪国である。
とはいえ久々だと堪える寒さではあるので、コンビニからコンビニへとハシゴをしながら、待ち合わせている呑み屋へと辿り着いた。
実家に寄る前に呑み屋へと向かう息子を、親は何と思うだろうか。
「おう、久しぶり。
なんだよ、トランク持ってるって事は、そのまま来たのか?」
「うん。
こっちに居たら分からなかったけどさ、あっちとこっちで冬休みの期間が違うんだ。
こっちは雪国だからか、冬休みが30日くらいあるだろう?
あっちは10日前後しかないんだよ。
三が日が終わったら冬休み終了なんて学校もあるくらいなんだ。
その代わり、夏休みは長いけどね。」
「はぇー。
じゃあ急いで酔わないとなぁ。」
七人で集まった会は、ゆっくりと進んでいく。
最近何があったとか、あいつはもう結婚したらしいとか、子供ができたらしいとか。
当然昔話にもなるものだし、今いる環境の話にもなるものだろう。
「誠也、今は東京だっけか。
何の大学行ってんの?」
「そう。
音大だよ、音楽大学。
今は、そうだな、本格的にアンサンブル…えーっとチームを組む前だから、色々な人の所で弾いている感じかな。」
「あっ、音大。
はーん…専攻は?」
「作曲とヴァイオリン。」
「音大生ってさ、楽譜読めるし基礎が出来てるから何の楽器でも弾けるもんなの?」
「どうだろ。
アコーディオンみたいな特殊なやつじゃなければある程度はイケるかも。」
実際、楽譜によって道がハッキリと示されていて、そこから大きく外れる事を嫌うクラシック音楽を学んでいると、反抗期の様に自由度を求めてギターやベースをアンプに繋いで弾いたりする奴も多い。
「だからさ、ギターやベースなんかはイケる。
教えてくれる人も沢山いるし、ジャズ科の人達は専門もいるからね。」
「よっしゃ。
好都合過ぎるな!
ちょっと俺たちのバンドに参加してくんない?」
話を聞くと、新春爆音祭りという脳筋ネーミングの小規模なロックイベントが、小さなライブハウスであるらしい。
元々参加することに決まっていたのだが、ギターの人が昨日インフルエンザに罹ってしまったので、どうしようかと悩んでいた。
当日弾き終わった別のバンドに頼んでヘルプを頼んでもいいが、弾けるやつがノコノコやって来たのなら話が早いという訳だ。
「じゃあ、ここの支払いは…。」
「はい、わたくしめが。」
美容学校に行っているやつは、髪を切らされてる。
美大生はポスターを作らされる。
となると音大生は弾かされるわけだ。
友人同士の技術の提供は、飲み代と相場が決まっているのだ。
◆
当日、懐かしの護国神社の近くにあるライブハウス、エレクトリックサンダーキャットへと出向き、イベントに参加していた。
ギターはボーカルの持ち物を借りて、機材はインフルエンザで来られない奴の家まで取りに行って準備してくれたらしい。
シールド、アンプとギターを繋ぐ線は無線型で、昔の様に引っかかった挙句抜けたりする心配はない。
古いものだとラグが酷かったらしいが、今はそんな事はないので、便利なものだ。
無線の受信機をアンプに取り付けた所、アンプからボソボソと音がする。
どこかで出会った現象だ、と思った瞬間に先生と科学館へ行った時のことを思い出した。
よく耳をすませば、やはりタクシーの無線の様だった。
演奏もつつがなく終わり、片付けながらそこの店長と話をしていると、あの時の、タクシー無線を拾ったはずなのに、女性の声がしていた問題が解決した。
「なんか、混線してましたよ。
無線のシールドつけたら、薄っすらタクシーの声がしたんですもん。」
「あっはっは。
あーあー、あるよな。
これでもマシになった方なんだよ。
昔はありとあらゆる電波を拾ってたんだから。
電波法がきちんと守られていなくてね、勝手に設定しまくるもんだからさ、近くにあるラブホに仕掛けられた盗聴器の電波が入る事だってあったんだから。
あとは、そう、これからロックンロールの時間だって時に、公民館で真面目なシンポジウムを開催していてさ。
講義の音が入ったりもあったなぁ。
ラブホはある意味盛り上がるけど、シンポジウムのガチガチな口調のおねーちゃんの声はな、萎えるよなぁ。」
公民館。
あぁ、そうだった。
今は移転してここにはない科学館の隣には、イベントを開催できる結構大きな公民館があったのだった。
ヒーローショーから講義まで様々なものが催されていた。
なるほど、そこのマイクの音が、テレビ電話と混線していたのか。
長年謎のままだった小さな怪異が、ふとした瞬間に解決する事はままある。
先生が話してくれた不思議が、実体験と重なり合ったときに、何気なく現実に降りて来てしまう。
俺はそれを少し寂しいと思った。
ふと、解決した話を先生に語ってみたいなと、そうも思った。
或る日プツリと途切れた交流。
現実的な所だと、飽きたか、就職で地元を離れたとかそんなところだろう。
何となく、何も言わずにいなくなる事をかっこいいと思っていそうだったし。
探してみようか。
敢えて探偵などを使わずに、彼の愛したオカルトの力で。
占いで人探しなんて無数にあるし、願い事をする怪しい所などいくらでもある。
そういうところを回れば、バッタリ出会う可能性もあるだろう。
そこで拾った怪しい話を、今度は俺が先生にしてやるのだ。
どんな顔をするだろうか。