葬式の番
死んだ場合、現在の意識はどこへ行くのだろうか。
誰しも幼少期に一度は考えて、少し怖くなってやめた事だろう。
天国だとか地獄だとか、宗教的な言い回しは色々とあるけども、当然答えは出ない。
結局、自分で体験してみないと納得できないものなのだ。
おじいちゃんが死んだ。
痴呆もなく、大きな病気にも罹らずに亡くなった。
生前は明るい性格で友人も多かったので、盛況な葬式になり、悲しい雰囲気はなかった。
大学生となり二十歳を超えたばかりという事で、火の番、もとい呑みたいし、麻雀も打ちたい親戚のおっちゃん方に引っ張り出されて、俺は夜通し起きていた。
別室で親戚が寝ているので粛々と行われる予定であったが、酒も入り金が掛かっているので声は少しずつ大きくなっていただろう。
「誠也もデカくなったよな、爺さんと一回か呑んだのか?
爺さん、楽しみにしてたからよ。」
「うん。
二十歳になったその日に酒瓶持ってやって来たよ。」
「がはは!
そりゃあ爺さんらしいな。
あ、それポンな。
…しかしなぁ、火の番って今でも必要なもんかね。
ロウソクもなんだったか、AEDみたいな名前の電気を使った偽物だろ?
火事になんてならねぇやな。」
「ん、LEDね。
火の番って、要はさ、昔は死んだかどうだか確かめる方法が不完全だったから、本当に死んだかどうだか見張る役目だったらしいよ。
だから現代じゃ本当に要らない役目なんだって。
だけと、寄り添うって意味ではいいんじゃない?
おじいちゃんを口実に使う訳じゃ無いけど、こんなタイミングじゃなければおっちゃん達と麻雀なんて打つことなんてないでしょ。
あ、ツモ。
ハネった、4000オールね。」
「グエー!
高いわ!
やるな誠也、さては大学で勉強もせずに麻雀ばっかやってんな?」
おっさん達と盛り上がりながらどこかおじいちゃんを感じる。
昔、先生から聞いたが、夜番はもうやらないところはやらないとも聞いた。
だけど、おっちゃん達への社交辞令では無くこの時間は必要なものに思えた。
先生曰く
「幽霊がどうとか、供養がどうとかより、生きている人間の、これからの日々がその人の死により大きく変わることになるだろう?
葬式なんていう境があった方がきっと良いんだ。
僕も参列した事があるけれど、火葬場で骨を壺に入れている時には、なんだか落ち着いた気持ちになったものさ。
現代では不必要になった夜番もね、起きていて誰かと故人の事を話していると、不思議と最後に一緒に過ごしている様な気持ちになれる、良い文化だと思うけどね。
よく、故人の幽霊が現れるなんでいうね。
生前イタズラ好きなら、小さなイタズラを残していったりさ。
ロウソクの火が震えたり、遺影が少しだけ曲がったりなんてね。
数少ない、怖くは無い幽霊騒動だろうね。
不思議なものだよね、知っている人の幽霊というだけで親しみを持つものなんだから。
怪異には違いないのに。」
怪異。
確かにそうだ。
俺の家は共働きなので、稀にじいちゃんの家に預けられる事があった。
毎週の様に会っていたので、他の親戚やその子供達と比べてもかなり交流の多い方だっただろう。
なのでよく可愛がってもらったし、大人になった今でも、じいちゃんとばあちゃんから大量に子供の頃の好物が送られてくるのだ。
大人になってからはあんまり食べなくなったハイチュウだが、そのせいで常に置いてある状態になっている。
減るより来る方が多いからだ。
怪異。
俺は麻雀がそんなに強い方では無いのだが、この日は何故か馬鹿勝ちした。
「爺さん、お前のことを目に入れても痛くないって程に可愛がっていたもんなぁ。
あ、それ、チーな。」
「うん…そうだよ。
寂しくなるなぁ…。
…?」
「どうした?」
「…おじいちゃんってさ、麻雀詳しい?」
「どうだったかなぁ、普通に打つくらいは出来たが、のめり込んじゃいなかったからなぁ。
酒は好きだが博打はやらない主義だったからな。
…女はどうだかな!
がはは!
そう言えば、爺さんの女と言えばヨォ…。
ほい、リーチ。」
「…そっかそっか、じゃあ微妙なところだね。
おっちゃん、それ、ロン。」
「グエー!
…あ?
それって…。」
麻雀には珍しい当たりがある。
その中でも役満という点数も高くて、出辛いなんて手もある。
更にその役満の中にも成立させる難易度に差があり、中々お目にかかれない、人によってはそこそこ打っているのに、生涯出会えないなんて役満もあるのだ。
その難易度の高い手の中でも、ほとんど見ない手がこれ。
「九蓮宝燈…。」
いわゆる曰く付きの手で、出たら死ぬなんて言われている。
それくらい出ない手なのだ。
「おじいちゃん、俺を呼んでいるかもね。
もし、おじいちゃんが九蓮宝燈の謂れを知らなかったとしたら、おっちゃんが変な事を喋らない様に釘でも刺したんじゃない?」
先生は夜番に怖い事は無いなんて言っていたが、おっちゃんの肝は冷えた様だ。
俺は、特に怖がる事はなかった。
何と無く、おじいちゃんがやりそうなイタズラな気がしたのだ。
おっちゃん、いやな麻雀打つ人やね。
鳴きまくるわ、役満振り込むわ。