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それから数週間はなにもなかった。わたしは好きな時に起き、好きなように寝、好きなように過ごした。前言ってたことと違うじゃん!って?あれはあくまでスイッチオンの状態の時の話です。オフの時はなんだっていいの。ジムにだって行くし、瞑想だってしてるもん。
で、数週間経ったある日、仕事用のスマホが鳴った。日向です、と、応答する。
用件は、移動した墓地の跡地を、ホテルとして利用したいのだが問題ないかどうか見てもらいたい、というものだった。問題があれば対処して欲しい。問題が無くても既定の料金を支払う、とのこと。そういう仕事は初めてだった。やることは別に変らない。それに、新しい環境での仕事は、絶対に今後に生きてくる。わたしはその仕事を受けた。
数日後、先方の担当者の車に乗り、二時間かかって小さな山間の村の外れにある墓地跡に辿り着いた。
「この村はあと数年もすれば、廃村になることが決まっています。」
と、担当者は教えてくれた。初老で酷く痩せた、小柄な男性だった。
「わたしの生まれ故郷でもあります。」
そうですか、と、わたしは頷いて、少し高くなっているその場所から村を見下ろした。全部で十五、六軒だろうか、建物の境がよくわからない箇所もあって、正確には把握出来なかったけれど、穏やかでなにもないそんな生活が完全に昔話になってしまうというのは、そこの出身ではないわたしでさえもなにか、胸をチクリと刺されるような思いだった。わたしは両手を合わせ一礼した。担当者は少し嬉しそうな顔をした。それでは…と、わたしたちは墓地跡へと目を向けた。
墓石もなにもすべて撤去されており、不自然にあちこちに長方形の穴が空いた土地だった。見たところなにもない場所に思えた。でもわたしはなにかが気になった。それがなんだったのかなんて、いまは思い出せない。少し時間がかかるかもしれない、と、わたしは担当者に向き直り、言った。
「あなたはここでお帰り下さい。わたしはタクシーを呼んで駅まで行くようにしますから。」
よろしくお願いします、と、彼は丁寧にお辞儀をして帰って行った。彼が車に乗り込み、エンジンをかけて走り去るのを見送ってから、わたしは行動を開始した。
等間隔に空いた穴の上で指を鳴らしながら歩いた。すべての穴を回った時、ゆらゆらと陽炎のように白い影が墓穴の分だけ立ち上った。そんな状態の霊を見るのは初めてのことだった。移設に立ち会った坊主が適当な仕事をしたのか?いや、そうだったら、ここはもっと酷い状態になっているだろう。それはしいて言うなら、輪廻転生の枠から取りこぼされてしまうほどの希薄な存在だった。古過ぎるのか、それとも何かほかの理由があるのか…わたしは霊を前にして初めて戸惑った。どう対処していいのかわからなかった。立ち竦んでいるうちに、彼らは墓石を離れ、わたしの前に一列に並び、呼吸の波を読みながらわたしに吸い込まれて行った。大縄跳びを順番に飛ぶみたいに。静かに、テンポよく―そのたびにその魂の記憶と、安堵感、それから感謝の気持ちがわたしの身体を貫いた。わたしは叫び出しそうになったが、それをすると彼らが終われなくなってしまうと思い、必死の思いで心を静め、されるがままになった。頬が冷たい。わたしは泣いているのだろうか?すべての魂がわたしの中で消滅するまでに長い時間が掛かった。幾つもの人生、感情が、体内で波を打って、わたしは自分が幾度も死んで、産まれたような気がした。すべてが終わった瞬間、わたしは気を失い、湿った土の上に倒れ込んだ。