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特にやることも無かったので動画サイトであれこれ見ているうちに、廃れた温泉地のレポに行き当たった。無性に行きたくなり、あっという間に支度をして、電車に乗った。宿の予約などはしなかった。廃れているならなんとかなるだろう、という考えだった。駅を出てタクシーを拾い、宿の密集する山の中腹まで連れて行ってもらった。女一人で温泉なんて渋い趣味してるね、と気さくなタクシーのおじちゃんはしわがれ声で言った。いやあ、ははは、とわたしは愛想笑いをして
「友達居ないもんで。」と答えた。
運転手さんはあぁー…と言ったまま二の句が継げなくなった。お喋りなタク運を黙らせるには、あえて乗っかって気を遣わせる。これに限る。とはいえあまりに困っている感じになったので、わたしの方から珍しく話を振る形になった。
「最近はあんまりお客さん来ないんですか、このあたりは?」
ああ、うん、と彼はホッとしたようにまた話し始めた。わたしは適当に聞き流しながらほぉ、とか、へぇ、とか、そうなんですね、といった相槌を繰り返した。
お釣りは要りません、ああ、これはどうも、という、観光地特有の気前のいい会話を最後にタクシーを降りた。もう夕暮れが始まっていて、おかげで、やっている宿とそうでない宿の見分けがつきやすかった。密集地のおよそ三分の一程度が、廃業になっているようだ。栄枯衰退。わたしはその両方が見られるこんな景色が好きだ。華やかなだけの温泉地なんて、行きたくもない。
ブラブラと歩いて一通り見て回り、ここかなというところに飛び込んでみた。案の定部屋は取れた。ちょっといい部屋にしてもらった。ひと息ついて、歩き疲れた身体を休めてから温泉に向かった。そこでは奇妙な出会いがあった。
わたしが湯船に浸かって少ししたころ、尖った感じの美人がひとり入ってきた。奇妙だったのはその印象だった。彼女の存在はなぜか強烈に、鹿のイメージを感じさせた。
「鹿…?」
わたしは驚きのあまり、ついそう口に出してしまった。え?と女がこちらを見る。ほんの一瞬だったけれど、その目には確かに鋭い光があった。あ、ごめんなさい、と、わたしはすぐに詫びた。なにか、余計なことに関わってしまったような気がした。いいえ、と女は笑い、わたしの方へやって来た。
「なぜ鹿と…?」
バイオリンの中音あたりの、落ち着いた澄んだ声だった。ええとですね、とわたしはなんと言っていいものか迷った挙句、正直に話すことにした。
「あなたを見た途端に、なんだか強烈な鹿のイメージが飛び込んできまして…なにか、鹿に纏わるお仕事をされてる方ですか?」
あなたは少し変わったアンテナを持ってるみたいね、と女は言った。
「鹿に纏わるお仕事はしていないわ。どちらかというと、鹿が生まれに大きく関わっていると言うか。」
そうなんですね、と、わたしは、わかったようなわかってないような顔をして呟いた。女はふふ、と笑って、
「少し長風呂になるけど、大丈夫ならわたしの身の上話を聞かせてあげるわよ。気になるだろうから。」
有難い、とわたしは正直に答えた。女はフフ、と笑った。わたしはその笑いに吸い込まれるような気がして、湯船の湯で顔を洗った。