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手を取れ、手を離せ。  作者: ホロウ・シカエルボク
終章
30/31

1

拳の痛みと、流れた血のせいで気持ちは少し落ち着いた。ひとつ深呼吸をして、立ち上がり、振り返るとユカさんがわたしを見ていた。

「大丈夫?」

大丈夫です、とわたしは答えた。

「そちらは?」

ユカさんは両腕を広げて無傷をアピールした。わたしは微笑んだ。ランさんもすぐにやって来た。

「あなた、手…。」

大丈夫、とわたしは答えた。

「あと何体か居るんで、ちゃっちゃと片付けて来ますね。」

じゃあ、あとで一階で合流ってことで、とユカさんが言った。わたしは頷いて階段を降りた。


わたしの拳の状態が思ったより酷かったので、打ち上げはまた後日ということになって、わたしは二人に無理矢理救急へと連れて行かれた。人差し指が折れていた。会計までの待ち時間で、ユカさんはこんなことを言った。

「あなたが五階のロビーで見たのは、島田の奥さんだった人よ。新婚旅行中に拉致されたの。わたしはあのホテルで、島田の仇を討ったのよ。」

やっぱり知っていたんですね、とわたしは答えた。ユカさんは微笑んだ。

「彼女を自由にしてくれて、ありがとう。」

わたしは泣いてしまいそうで、上手く笑うことが出来なかった。


右手が治るまで、わたしは仕事を休むことにした。最低限、必要なこと以外は何もしないで、動画サービスで映画をたくさん見たり、一日中寝転んで音楽を聴いて居たりした。わたしはこの仕事を始めた時から、きっと一生こうして生きるのだとなんとなく考えていた。でもそれは、結局のところ、何も考えず、水の向く方へ流されてきただけだったのだ。そうして生きるために何をすればいいかなんてまるで考えたことがなかった。ただ仕事として、死んでなおこの世にしがみついてきたものたちを吸い込んでは消して来ただけだった―それは果たして正しかったのだろうか?答えが出せるわけもなかった。わたしは自分を愚かだと思った。この仕事をずっと続けるつもりなら、あの墓地跡でのことや廃ホテルでのことみたいなケースはまた訪れるだろう。今度あんなことが訪れた時、哀しみに負けることなく、迷うことなく、現在の自分に出来る最善の仕事をするためには、きっとたくさんのことを学ぶ必要がある。


能力だけで出来ることには、限界がある。


それをスタートとして、その先に何を築けるのか、それが生業というものなのだ。いつか、わたしのことをロクな死に方しないと言ったあの霊能者は、そんなことをわたしに教えてくれていたのではなかったか。あの人だってきっと、なんにもなしにただその仕事についたわけではなかったはずだ。


わたしはカレンダーを見た。秋の終わり。季節がまた変わり始めている。指が治ったら真っ先にお寺に行こう。立って行う禅や、歩きながら行う禅のことを住職さんに教えてもらおう。また泊まり込みで行ったって構わない。自分の仕事の為に、いろいろな知識を身に着けよう。この能力に、この運命に、この人生に勝つための武器をたくさん手に入れよう。いくら地力があったからとて、無力なときは無力なのだ。その原因を作るのはきっと怠慢なのだ。


わたしは部屋の電気を消した。廃ホテルに蹲っていた霊のことを思った。墓地跡に彷徨っていた霊のことを思った。愚かな家族に縛られていた家族思いのお兄さんのことを思った。奇妙な家で首を吊った家主のことを思った。それから毛布を頭からかぶってベッドの中に隠れた。

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