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手を取れ、手を離せ。  作者: ホロウ・シカエルボク
departure(逸脱)
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1

なんだかんだと日常を繰り返しているうちに夏が終わり始めていた。入道雲は力こぶのような膨らみを失くし、だんだんと風に流されて薄く細くなった。日中はまだ光の強さを感じるけれど、朝晩はなんだか涼しくなってきたかもしれないという時間も増えてきた。ユカさんとお寺で出会ってからというもの奇妙に忙しく、週一で仕事が入り、あっちに行っては吸い込み、こっちに行っては吸い込んだ。それに関しては特に語ることは無い。ごく普通の仕事以上のことはなにもなかった。そしてある朝、今日はお寺に行こうかなとぼんやり考えていたところ、仕事用のスマホが振動した。わたしはスワイプして、日向です、と告げた。緊急で申し訳ないが今日来ていただけないだろうか、と舞台俳優のようなイケボおじさんが困り果てた調子でそんなことを言った。当日予約なんて初めてのことだった。それでわたしはこれは逆に受けてみようという気になった。

「ありがとうございます。」

志太、と名乗ったイケボさんはとあるファミレスの店舗を運営している方だった。そのファミレスなら利用したことがあった。隣町に何軒かあったはずだ。

「何時ごろお伺いすればいいですか?お昼時は避けたほうがいいですよね?」

問題ありません、と、志太さんは頼むから早く来てくれという感じで早口で答えた。

「今は設備点検を口実に閉めておりますので…何時に来ていただいても大丈夫です。」

それなら…とわたしは時計を見た。まだ八時だった。九時には伺えると思います、とわたしは答えてではよろしくと言い合って電話を切った。余程の事態らしい。


朝の電車は混むんだよな…。


わたしは仕事では使わないようにしようと決めていたはずの自転車に乗ることにした。いや、仕方が無い。緊急事態なのです、込んだ電車で無駄に体力気力を消耗するわけにはいかないのです。


レストランに着いたのは九時に十分前というところだった。わたしが敷地内に入ると店長さんは入口まで出迎えてくれた。どこかの政治家の息子のタレントさんに似ていた。

「助かります。」

「いえ…で、どのような感じなんですか?」

と言いながらわたしは店内を見回し、ああ、と納得した。

「男子高校生が二人、女子高生が二人、おじさんが一人、なんかよくわからないのが一体…で、全部ですかね?」

店長さんはまさに目も飛び出さんばかりに驚いて、その通りです、と、消え入りそうな声で言った。

「時間を問わず現れてはウロウロするので、お客さまどころかバイトの連中まで怖がってしまって…。」

まだ新しいですよね、ここ、とわたしは言った。はい、と店長さんは答えた。

「このまま閉店してしまっては大赤字になるんです…。」

わかりました、とわたしは言った。

「じゃあ、早速やりますか。」

お願いします、と店長さんは九十度に頭を下げた。外に出て、空でも眺めていてください、とわたしは笑顔で言った。

「こっち見ない方がいいですよ、トラウマになりかねないんで。」

店長さんは慌ててでは、お願いしますと言いながら外へ飛び出して行った。わたしは立ち上がり、よくわからないやつと向き合った。問題はこいつだ。他のものはこいつが居なくなればどこかへ去って、勝手に成仏なり消滅なりするだろう。


それにしてもなんていうか大昔たまたまテレビで見たウルトラマンにこんな怪獣出てたような気がする。子供の落書きが本物の怪獣になる、みたいな話だったな。人間だと三人分くらいの大きさ。でもわたしにはサイズは関係ない。霊は基本、軽いのだ。わたしはふぅーっと息を吐き一気に吸い込んだ。わけのわからないものはあっという間にわたしに吸い込まれ、そしてどこにも存在しないものになった。


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