表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手を取れ、手を離せ。  作者: ホロウ・シカエルボク
わたしの仕事
2/31

2

離れたところで待っていた不動産屋の担当者と再会して、仕事完了を報告し、成功報酬を頂いた。その会社とは二度目の仕事なので、数日後の立会いの下での現場確認は必要なしということだ。送ってくれると言ったが丁重にお断りして、電車で帰ることにした。三十くらいの細面のイケメンだったけど、汗臭かった。お金を受け取ってしまえば、もう同じ車に乗るのは御免被りたい、というのが正直なところだった。


初めて訪れた土地をぶらぶらと歩くのは楽しい。時々気になる店を覗いたりして、駅に着くころには夕方に近くなっていた。ところで、心霊否定派の方が冷笑を浮かべながらよく仰るこういう意見がある。


「人が死んだら霊になるのならそこかしこ霊だらけじゃないの?」


もしもわたしがそういう意見を直に貰ったとしたら、「そうですよ」と答える。その通りです。あちこち霊だらけなんですよ。それが見える人と見えない人、感じる人と感じない人が居るというだけの話です。


心霊肯定派の方々がよく仰るこういう意見がある。


「誰も彼もが霊になるわけではない。なにか心残りがあるとか、そういう人たちが霊になる。」


もしもわたしがそういう意見を直に貰ったとしたら、「それ違いますよ」と答える。人は必ず一度は霊になる。死とは、肉体を追い出されるということだもの。ただこの世に居残るか、それともあの世へ行くか…それだけの違い。


わたしにしてみればそれは当り前にあるもの。だから霊魂というのは存在する。お化けなんて嘘さ、というのは、車なんて嘘さ、と言っているのと同じことである。もちろん、だからと言って信じない人に信じてもらおうなどとは思わない。でもね、こうしてぶらぶら歩いているだけでもわたしには、この街の人口の倍以上の人がうろうろしているのを感じることが出来る。だから昔は出歩かなかった。いちいち気にしてどっと疲れていた。そう、自分がそれに対処出来ると知るまではね。だけどきっと、普通に、何も気にしないで歩いている人よりは疲れていることだろう。そんな自分を労わるために早めの夕食を取ることにした。どうせ家に帰ってもだらだらするだけだし。


かつ丼にしよう。


駅の前にある大手チェーンの丼のお店の中では、こまったちゃんが騒いでいた。あまりにうるさかったので、食券売場の前にぼーっと立っていたOLの幽霊の方に協力をお願いして追い出すことにした。どうやら、自分の席の無料福神漬けの容器が空だったことにお怒りなさっていらっしゃるよう。四十過ぎくらいの、どうしたらそんなにお腹だけ大きく出るのかしらという太り方をした男性。わたしは食券を買ってから彼に近付き、お静かにお願いします、と柔らかな口調で言った。関係のないやつは黙ってろ、ともの凄い剣幕。これはどうも、ちっちゃいからって甘く見られたみたい。


「そんなことしてると呪われますよ?」

わたしはいたずらっこみたいな調子で続けた。男は鼻で笑ったあと、やってみろよ、呪ってみろ、と唾を飛ばしながら威嚇をした。わたしが指を一つ鳴らすと、男の頭上の照明だけがひとつ割れた。


「えっ…?」


男は少し気を削がれた。偶然だと思ってます?とわたしはにっこにこで問いかけた。ああ、いや…と男は言い淀んでいたが、急にさっと青褪めて店を飛び出して行った。OL幽霊さんが完璧なタイミングで物騒な言葉を男に囁いたのだ。わたしは近くの席に腰掛け、店員さんが一息ついてから食券を取りに来るのを待った。店内の有線放送ではわたしが生まれる前のヒットソングが流れていた。かつ丼はびっくりするくらい短い時間でやって来た。普通に美味しいカツ丼だった。そんなに混んでいなかったので、わたしは時間をかけて味わった。そして、お冷を一気に飲み干すと美食家気分で店を後にした。


霊って味しないのよ。これ豆ね。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ