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手を取れ、手を離せ。  作者: ホロウ・シカエルボク
たましい
14/31

6

と、わたしにとっては色々有意義なことがあって、一泊二日の座禅体験は終了した。ちなみに、朝食もとても美味しかった。住職さんは、帰り支度をしていたわたしを呼び止めてこんなことを言った。

「あなたさえよければ、月一でここにいらっしゃい。きっとあなたの為になる。なに、数時間でよろしい。お休みの時に、いつでも。」

ありがとうございます、とわたしは頭を下げた。


ちなみに、座禅中にわたしの身体に起こった変化は、「アップデート」に入ったということだった。

「つまり、あなたの精神はより開かれたということです。今後は少し仕事が早くなるでしょうな。」

仕事が早くなる、という表現はピンと来なかったが、アップデートという表現は腑に落ちた。具体的にどういう変化なのか。それは、仕事をするときにわかるだろう。

「ふわふわはじきに落ち着きます。いまは開かれたものに慣れている最中と言ったところですかな。瞑想は普段からされておりますな?」

はい、とわたしは頷いた。

「今夜、いつもより十分ほどその時間を長く取りなさい。それできっと整うでしょう。」

それでは、と住職さんはお寺へと戻っていった。わたしはその背中に頭を下げた。


高岡さんは車に乗り込むや否や、何か食べに行こう、と、鼻息の荒い態度で宣言した。なんのための…という言葉を飲み込んで、そうね、とわたしは賛成した。正直言って、コーヒーが飲みたくて仕方がなかったのだ。スマホには何の連絡もなかった。あれ、と、ふと気づいた。


わたしって、仕事以外でスマホ使うこと、ほとんどないんじゃないの…?


一瞬、今日の内に私用のスマホを解約しようとかと思ったが、高岡さんとメアドを交換したことを思い出して、踏みとどまった。うーん、そのうちネットとか覗いてみようかな。パソコンで出来るけど。


高岡さんにとって、禅寺体験は退屈で空腹なだけだったようだ。

「そう言えば、日向さん一回も叩かれなかった、ずるい。」

「そんなこと言われましても。」

最初に目についたファミレスで軽めの昼食を食べながら、でもなんだかんだ新鮮で面白かった、という結論に行き着いた。まあ楽しければアリだよね。その時、仕事用のスマホが振動した。ごめん、ちょっと仕事の電話、と一言入れてわたしは店の外に出た。わたしは公共の場で堂々と電話の応対をするような真似は絶対にしない。古いと言われてもそれだけは厳守する。小さなマナーの崩壊が、社会全体の低下を招くのだ。


まぁ、ぶっちゃけ、会話の内容が内容だし…。


久しぶりにスタンダードな依頼だった。いわゆる事故物件。自殺。自殺か、とわたしは気を引き締めた。自ら命を絶った魂は余程の例外でない限り、成仏することは出来ない。その分余計な気を使わなくていいけれど、油断していると手こずることがある。この世への執着心が凄いから、姿も現さず逃げ隠れすることがある。仕事を始めたばかりの頃、家中を逃げ回る魂を追いかけてバタバタしたことがある。あんな失態は二度とおかしたくない。


深呼吸をして、気分を変えてから店内に戻った。どこの誰かもわからぬ人の自殺のことを考えながらコーヒーなんか飲みたくない。


「日向さん、なんの仕事してるの?」

席に戻ると、高岡さんは興味津々でそう尋ねてきた。

「わたし、単発契約のフリーランスなのよ。」

と、そう答えておいた。

よくわからないけどなんかカッコいいな、と、高岡さんはひとりで盛り上がっていた。

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