1
その家は、どちらかと言えば裕福層に入るのだろうささやかな豪邸の並ぶ新興住宅地の最奥の角にあった。そこを占拠した、我々の土地だとでも言いたげにほんの少し他の家より高く土台を作ってあった。それはあまりこうした住宅地では見かけない造りだった。まあ、だからこそそうしたのかもしれないが…家はあまり広くなかった。一人で住んでいたということだから、それで充分なのだろう。炭かと見紛うほどの黒い木を組み上げたログハウスだった。背後には、この土地の為に切り開かれた森の残りが広がっていた。持主なりの、追及された美意識の結果なのかもしれないが、わたしにはそれは仏壇にしか見えなかった。まあ、結果として、その印象は正しかったのだと言わざるを得ない。汗を滲ませながら、玄関へと続く十段程度の石段を上る。
依頼内容は、この家で首を吊った家主の幽霊が現れる、このままでは売りにも貸にも使えないので何とかして欲しい、というものだった。この家を買い取った不動産会社からの依頼で、前金と成功報酬で一年は遊べるくらいの稼ぎが約束されていた
…ここまでの話で、わたしのことを霊能者だと思われるかもしれない。まあ、大きな枠で言えばそうなるかもしれない。でもそうじゃない。わたしはそんなに繊細な存在ではない。けれど近頃では、高名な霊能者に頼むよりずっと確実、という有難い評価も多方面から頂いている。有難いのだけど…繊細な存在ではない。優しさとかそういうのもまるでない。心霊現象までを人間の業としてとらえるのならば、わたしはその業をバッサリと切断してしまう罰当たりかもしれない。でもこの仕事を除いて、わたしに出来ることなんてほとんどない。
入口の、これまた真っ黒い玄関ドアの鍵を開ける。一礼して中に入る。不動産屋の人間が一人、ここまでわたしを連れてきてくれたのだけど、この家を見るのも嫌だ、ということでわたしが一人でやって来た。まあ、誰も居ない方が仕事はやりやすい、と事前に伝えておいたし、双方ウィンウィン、ってやつ?玄関は家の右脇についていた。外観は完璧なログハウスだったのに、中に入ってみるとびっくりするくらい普通の平屋住宅の造りだった。まともじゃない、と思った。外観と内装を余所で作って来て、ここで無理矢理一つにしたような感じだった。左奥に伸びる廊下の、右側が二つの部屋、左側がトイレに台所に風呂場、といった配置だった。
「外観を考えた時点で飽きちゃったのかしら。」
思わず口を突いて出た。
家主が首を吊ったのは玄関から二つ目の部屋ということだった。その部屋の一枚板らしい引き戸を動かしてみる。思ったよりも滑らかに滑る。窓が森に面しているので日当たりは適度に制限されている。明るく、暑くない。よく考えられているなと思った。家主の姿は見えなかったが、気配は確かにあった。わたしは指を鳴らしてみた。ぬっと、押し入れのほうから家主が現れた。初老の男性。58歳と聞いていたが、いくらか若く見えた。
「お邪魔しています。」
わたしは一応挨拶した。反応はなかった。僅かな敵意も感じた。でも、こうした存在と相対する時、一番感じるのはいつだって哀しみだ。
「あなたにはなんの恨みもないけれど…これが仕事だからね。勘弁してね。」
わたしは息を限界まで吐き出し、出尽くしたところで一度止め、一気に吸い込んだ。家主はその流れに巻き込まれ、わたしの身体の中へ飛び込み―消滅した。ふう、とわたしは小さなため息をついた。
「無慈悲ったらないわね。」
もう言わなくてもいいのにな、と思いながらもつい口にしてしまう。きっと言わないことにはバランスが取れないのだ。わたしはすべての扉を閉めて、売りにも貸にも使えるようになった奇妙なログハウスを後にした。幽霊が居なくなったとして、ここを買うか借りるかしたい人が居るのかしら、と首を傾げながら。