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最低最悪のプロポーズ⑥

 お慕いしておりましたって……簡単な、単純な言葉だというのに理解に時間がかかった。

 そんな素振りは感じなかったし、無理をさせて取り返しのつかない怪我を負わせて恨まれていると思っていたからだ。


 それに何より……俺は人から好かれるような人間ではない。


 カタリ、と砂時計を横倒ししたシアは先ほどまでナルが座っていた椅子に座って俺を見る。


「あ、あはは。えっと……アルカディアさんも隅に置けませんね。どうするんですか? 女性とは聞いていましたが、あんなに可愛らしい人とは思っていなかったです。羨ましいですねぇ」


 何故かどこか演技めいた話し方をするシアが俺の表情を確かめるように話し、俺の表情を見終えると少し安堵の顔つきをする。


「あー、まぁそうだな。……まぁ、特に拒否する理由もないし、ナルが俺を好いているなら応じようと思うが」

「…………へ? で、でも、アルカディアさんは変わらず僕のことが好きですよね? 気の多い人です。……その、えっと。な、なんでですか?」

「まぁ……そうなんだけどな。そうは言ってもシアと結ばれるなんてことはないし、これから先は死ぬだけの人生なんだから……俺の人生が欲しいと言うやつがいるなら、あげても問題ないと思ってな」

「そ、それはその……えっと……いいんですか?」


 まぁ……働ける場所もない二人が結婚したところでふたりで野垂れ死ぬだけかもしれないが……まぁ、なんでもいいだろう。


「捨てるものを渡すだけのことだしな」

「そうですか。……そ、そんなこと言って、かわいい女の子に言い寄られたからドキドキしてるんじゃないですか?」


 どこか慌てた様子のシアを見てため息を吐く。


「……俺のせいで怪我を負った相棒だぞ。そんな風に思えるわけないだろ。シア……らしくないぞ」

「す、すみません。その、そんな直接的に好意を伝えるとは思っていなかったのと、アルカディアさんが受け入れるとも思っていなかったので」

「……嫌だったか? なら、もう少し考えるが」


 俺が気遣ってそう言うと、シアの取り繕うような笑顔が少し歪む。


「…………すみません。そういうつもりでは、ないです。けど、あまりにも軽く言うものだから……ふわふわ飛んでいきそうで、不安に思って」

「そうか」


 その返答のあと、少しだけ間を置いてからシアは首を横に張る。


「…………すみません。嘘を吐きました。多分、僕はアルカディアさんのことが好きなんだと思います」


 愛の告白……というには、あまりに淡々としたシアの物言い。


「僕は、あなたのことが好きです」


 それを聞く俺も、好いている少女からの好意なのに喜びや驚きではなく、事務処理のような感覚がしていた。

 それはおそらく、この後シアが何を言い出すのかがおおよそ分かっているからだろう。


「ナルさんの告白があまりに突然で、当然のように悲痛で、とても敵わないと思い、とても叶わないと想い。嫉妬が口から突いて出ました」


 シアは、深く深く、頭を俺へと下げる。


「……そんなにおかしなことを言ってないだろ」

「いえ、言いました。アルカディアさんが心配なフリをして、邪魔をしようとしました」

「別に、シアが嫌なら、ちゃんと考えるって」

「……それは、考えた末にナルさんを選ぶだけだと思います」

「そんなこと……まあ、立場が違ってシアとは結ばれないとは分かっているが……」

「そうじゃないです。もしも僕が別の立場でも、ナルさんが腕と目を失っていなくても、アルカディアさんはナルさんを選びます」


 シアは淡々とした口調を崩さずに、けれどもどこか寂しそうに話す。


「アルカディアさんは誇り高い人です」

「そんなことはないだろ」

「あります。……アルカディアさんは、堂々と屑鉄拾いをしていたと話します。剣聖であることと同様のように。……自分という存在を、堂々と胸を張っています。だから……今まで自分を大切にしてくれていた人を大切にします」


 買い被りだ。俺はそんなに義理深くない。

 そんなことを言うことも出来ずに目を逸らす。


「そんな誇り高いところが好きなのかもしれません。僕は貴族のボンボンのボンクラです。生まれにこだわって、それに縋って生きています。剣を手に取っているのもそれを誇るためです。……僕は、その程度の人間で……だからそうではないアルカディアさんに惹かれているのだと思います」

「……そんな、俺にフラれたみたいな顔をするなよ。どちらかというと俺が失恋してるんだから」


 なんで……先程いたナルも含めて三人ともフラれて失恋したみたいな顔をしているのだろうか。

 そう思っていると、シアはきゅっと表情を引き締めて小さな手で拳を握りしめる。


「……アルカディアさんを解放させてみせます」

「えっ、ああ、いや……。なんで、この流れで」

「僕がアルカディアさんを幸せにしたいからです。牢屋を出た後にお仕事がもらえるように、色んな人に聞いてみます。田舎の方なら男手を欲しているところもあるでしょうから、受け入れられるかもしれません。……難しいかもですけど」

「いや……だから……」

「アルカディアさんを、幸せにしたいんです。だから、ナルさんと幸せになれるように……全力を尽くします」


 ……そんな言い方をされて、素直に喜べるほど落ちぶれてはいない。

 けれど、ナルのことを思えばその手を振り払うことも出来ないことが惨めで、俺は逃げるように立ち上がる。


「……やめろよ。お前も、ナルも。俺には……そんな大それた価値はねえよ」


 たかだか人よりも強い程度。人から好かれるような人間じゃない。


「そんなことないです」

「っ……あるだろ。シアはまだしも……ずっと近くにいた聖女の本音も分からず騙されて裏切られて、ナルの気持ちも知れずに怪我を負わせて傷つけて」


 俺は人の気持ちが分からない。俺の話を少し聞いただけのシアでさえナルの気持ちを察せられたのに、俺は言われるまで……泣かせるまで知ることが出来なかった。


「分からないなら教えます。ナルさんは、めちゃくちゃアルカディアさんのことが好きです。泣いていたのは、アルカディアさんが辛い目に遭っていても助けることが出来ない不甲斐なさからです」

「……よく分からない」

「アルカディアさんに幸せになってほしいと、そう願っています」

「……居心地が悪いな」

「そういうものです。人からの好意や優しさは。僕だってアルカディアさんからの好き好きビームを受けて、嬉しくも気まずく思ったりもしたものです」

「そんな変なビーム撃ってないが」

「撃ってましたよ。……この前の刑務作業での報酬が出ますから、それでナルさんとのデートでも楽しんできてください」


 ……楽しめと言われてもなぁ。

 というか、看守やシアなどの職員が一緒ならまだしも一人で外出など許されるのだろうか。



 そんなことを考えてから数日後……ナルとシアに挟まれて監獄の前に立っていた。

 いや……だよな。そりゃそうだよな。流石に一人で外出とか出来たらもはや囚人でもなんでもないよな。


 だからシアがついてくるのはあまりにも当然なのだが……けれども、けれど。


「気まず……」


 二人には聞こえないような小声を、鳥の鳴き声の間に隠しながら呟いた。

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