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短編集「死の物語」

誰かの「さようなら」

作者: 九十九疾風

「私は生きてちゃダメなんだ」


 そう思うようになったのは、一体いつからだったかな。

 朝起きる度、「まだ生きてる」というため息をついてしまうようになったのは、一体いつからだっただろう。

 覚えているようで覚えてない。そんな、はるか昔だったような気がする。





 ・・・





 私を人間として生み出した神は、私に恨みでもあったのだろうか。そう思えるくらい、私の人生はずっと深海にいるようなものだった。


 昔のような純粋な強さを持った人間が弱い人間を淘汰するのではなく、なんの才も持たない人間が、自らの弱さを隠すために多数派を生み出し、少数派となった才を持つ者を淘汰する時代が、現代の現実だ。


 かくいう私も、淘汰された少数派の1人だ。


 少数派とはいえ、私に何か才能があった訳じゃない。むしろ逆。何も無いからこそ少数派になってしまった。悲しきかな、そんな状況から巻き返すなんてことは本当の夢物語で、実際はただ生きた証すら残せず腐るまで取り残され続けるのが運命ってとこ。まるで「生きている」という犯罪で牢獄に入れられてるような感覚だ。


 明かりのない部屋、コンクリのような床、光の届かないこの空間……今生きている私は、そんな部屋の床にちょこんと座っている。ペット用の首輪をつけられ、服を与えられることなく。出入口は目の前にあるのだが、外側から鍵が掛けられているせいで逃げられない。


 そうか。私は、売られたんだった。


 ぼーっとする目で自分の体を眺め、昨日よりも少し細くなっていることを確認してから寝転がる。床の冷たさが体を襲うが、もうこれには慣れた。


 事の経緯なんてものは……わからない。ただ、私は中学に入ると同時に引きこもりになり、そのままその生活から抜け出すことが出来ずに社会から脱落。それからは親に殴られたり暴言を吐かれたりする日々を送っていた。


 そんなある日……確か、17歳かな……その夜、自室で寝てたんだけど、目が覚めたらこの場所にいたの。その時はまだ周りに沢山同じような人がいて、なんとなく「捨てられた」って感じがした。ここにいる人たちがみんな「販売物」って分かったのは、割とすぐだった。


 私以外のみんなは、毎日のように入れ替わり、毎日のように買われて行った。年齢も色々あって、下は10歳に満たない位の子、上は30位の人って感じだった。私は、ちょうど真ん中くらい。


 どうしてか分からないけど、私だけは誰も買わなかった。だから……もう数えるのも飽きるくらい、この場所の質素な食事をした。ただの水少しに、どんぐり大の木の実数個。正直、生きてること自体が不思議。


 だから私は、もう一度眠ることにした。次の瞬間、死んでいることを願って。





 ・・・




 私は目を覚ました。不思議な揺れを体全身で感じたから。


 どこかへ移動しているかのような揺れ。でも、肌に触れる地面は少し凸凹していて、暖かかった。


「────」


 何かを話している。人の話し声をちゃんと聞くのが久しぶりすぎて、なんて言ったのか聞き取れなかった。


 私は、音の正体を確認したくなってゆっくりと目を開けた。あまりの眩しさにやられてとっさに目を閉じたが、ここがあの場所じゃないことだけはわかった。


「────。──?」

「……ぁ…………ぁ……」

「──────……──。────」


 相変わらず何を言っているのか分からなかったけど、少しだけ開く口から返事だけでも返そうと掠れた音を出した。自分でも笑えるくらい、死にかけているような声をしていた。最後に喋った時は、どうやって喋ったっけ?どんな声で喋ったんだっけ?もう、思い出せない。


「────。──────」


 でももういいや。多分、私はあの場所から出られたんだね。それなら、いいや。


「────!──!」


 そう思った時、揺れが止まった。何かを、必死に叫んでる?


「──?」

「────!──────?」

「──。────」

「──!!」


 もう1人?あ、もしかして長く居すぎたから捨てられるんだ。ずっと持ってきてくれていた人から新しい人に渡されて、そのまま殺されるんだ。よかった。これでもう、苦しむ日々とさようならできるんだね。


 手から手へ渡される感覚を微かに背中に感じながら、そんなことを考えていた。


「──。────!」


 もう一度目が覚めた時、それがこの体じゃないことを祈りながら、私はもう一度眠りについた。相変わらず、この場所がどこなのか、今まで話していた言葉がなんだったのか、私自身、本当に誰なのか……死ぬこの瞬間まで、全く分からなかったけど、もう……十分苦しんだよね?



「……さようなら」







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