表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/44

第四十一話 アリア

 仁が家主に自白剤を突っ込んで聞き出した隠し部屋は地下にあった。決まった手順で道を通らねば入れない魔法がかかっているんだとか。

 仁が隠し部屋の扉を開ける。


「それじゃあ、各自散って捜索だ。

 今回のコレクターはそこまで悪質じゃないけど、同じ過ちを繰り返させないように、隣人界のことは綺麗さっぱり忘れてもらわなきゃだからな」


 仁が隊員に指示を出しながら瑞希に説明した。

 中に入るとただの空間に半円状にドアが沢山並んでいた。隊員がそれぞれドアに取り付き、鍵を開けて入っていく。


「間も無く魔法課も到着する。

 俺たちがそれまでにしておく事は隠し部屋の品物の確認と、安全の確保だ。

 罠の解除とかね」


 と言いながら部屋の一つの鍵を開けた。中に小銭を放り投げる。

 何も起こらない。


「とりあえず壁に食われるとかはなさそうだ。

 行こう」


 と瑞希の背を押して中へ入る。ずらりと甲冑の並ぶ廊下を通り抜けながら仁が口を開いた。


「こういうのは行きは良い良い帰りは怖いってね。

 鍵を持ってなかったり、ある手順を踏まなきゃ帰りに襲われるんだ。

 毎回聞き出しはするんだけど、古くから続くコレクターなんかは本人が知らない仕掛けが残ってたりするんだよ」


 説明しながら一番奥の甲冑の持つ槍をひっくり返した。


「今回のはこれで解除されたはずだ。他の魔法的な仕掛けがある時は一旦引いて魔法課に任せる」


 仁は一見ただの壁にしか見えない場所に手を当てるとコンココンッと叩いた。すると壁の一部が四角く飛び出した。

 出っ張りの中心部にある鍵穴に鍵を差し込む。回すと壁の中心に線が一本現れ、光り輝いた。

 光が収まると壁は両開きの扉に変化していた。仁は扉を押し開けた。

 棚がずらりと並び、丸い球体に白いもやが入っているものや、何かの角、牙や骨が置かれていた。

 仁がそれら一つ一つを検分して回る。瑞希は奥へ進んだ。何かに導かれるように惹かれて入り組んだ棚の隙間を進む。

 最後の棚を通り越して瑞希は何に呼ばれたのかがやっと分かった。

 黒い巨大な十字架に腕、首、胸部、腹、そして尾鰭に切り分けられ、鎖と杭で磔にされているのは人魚だった。

 目を閉じた整った顔にそっと触れる。冷たく、固い。まるで剥製か人形のようだった。

 明るい、透けるようなオレンジ色の長い髪がウェーブを描いて豊かな胸を隠していた。


「仁……さん……!」


 瑞希は仁を小さく呼んだ。直ぐに仁が横に現れた。


「これは……」


 仁も言葉を失った。人魚に触れる。


「生きては……いないな。恐らく剥製か何かだろう……。

 驚いたな。古いコレクターとは聞いていたけど受け継がれて来たのか……」


「下ろしてあげられないでしょうか?」


 瑞希は仁に訴えた。

 この人魚がそうして欲しいと訴えているかのように思えて仕方がなかった。

 仁は頷くと十字架を壁から外して床に横たえた。鎖を引きちぎる。

 瑞希は十字架から外されたパーツ順に人魚を傷口が合わさるように横たえていった。

 形だけでも元に戻して上げたかった。

 最後に首が十字架から外された。瑞希はそれを肩の傷口にピッタリ合わせて置いた。

 次の瞬間、何かが動いた気がした。注視すると傷口がみるみる合わさっていく。


「仁さん!!!」


 瑞希は十字架を片付けていた仁を呼んだ。

 その間にも人魚の傷は完全に繋がり、杭が打ち込まれていた穴は塞がった。体からふ、と力が抜ける。胸が大きく上下した。

 仁は人魚の胸に手を当てた。


「まさか……心臓を抜かないでいたのか!?」


 二人が驚く目の前で人魚は瞼を震わせて静かに目を開けた。体を起こす。

 人魚は信じられない物でも見るかのように自身の手を見つめ、明るいエメラルドグリーンの目を上げた。

 瑞希と目が合う。

 瑞希と人魚はお互い言葉もなく見つめ合った。




 (じん)は幾つか現場に指示をして瑞希(みずき)と人魚を本部に連れて帰った。

 夜当番用のお風呂の椅子に人魚がちょこんと座らされた。

 人魚は連れて帰られる間も始終あちこちをキョロキョロと見回していた。

 瑞希は何度か人魚に話しかけたが人魚は首を傾げるのみだった。


 まずどこの国の人なんだろう。


 瑞希は着替えを用意しながら明るいオレンジ色の髪の人魚をチラリと見た。


 歳は瑞希より少し上に見える。


 人魚は手当たり次第物を手に取り、匂いを嗅いでいた。シャンプーのボトルを手に取り開けて飲もうとしたところで瑞希は慌ててボトルを取り上げた。


「飲んじゃダメです!!!」


 瑞希は腕でペケを作った。人魚は不思議そうに首を傾げる。


 このままじゃ埒があかない。


 瑞希はそう思って人魚を先に人間に戻すことにした。シャワーを出すと人魚は飛び上がった。


 冷たかったのだろうか。


 瑞希は温度を確かめた。温かい。

 そもそも人魚は水に冷たさを感じないのだったことを思い出す。

 瑞希はボディランゲージで体を流す事を伝えようとした。人魚は怯えた表情でシャワーを見つめる。

 そこで瑞希はシャワーをやめて湯船のお湯を能力で浮かせた。人魚は目を見開いて手を叩いた。瑞希はお湯を撫でて人魚にかける事をジェスチャーした。

 人魚は浮いたお湯に触れると驚いたようだった。

 足先からから徐々に洗い流す。側に寄ると人魚からは薬品の匂いがつんと漂った。

 瑞希は生きたまま剥製にされた人魚の境遇を思うと涙が出そうだった。


 一体どれほどの苦しみを味わったのだろう。


 瑞希はその想いを一度置いて人魚を洗うことに専念した。

 頭にかける事をボディーランゲージで伝えると伝わったようで頷いた。

 瑞希は人魚に頭からお湯を被せた。

 長い半透明な尾鰭がすうっと溶けるように消えて、つま先になる。髪の色が根本から色を塗るようにオレンジ味を帯びた茶色に染まる。尻尾が二股に分かれて鱗が消えていった。

 人魚は自分の脚を撫でて、角度によって色を変える深い緑色の瞳で瑞希を見上げた


「ワオ!……!」


 人魚は英語らしき言葉でペラペラと話し始めた。


「ま、まって!わたし、えいご、はなせないです!」


 英会話習いたての瑞希には最初の驚きの声以外聞き取れなかった。たどたどしい英語でなんとかストップをかけた。


「フーン?」


 人魚は顎に人差し指を当てて考えるようにすると自身を指して


「ア・リ・ア」


 と発言した。


「アリア……?」


 瑞希は繰り返した。人魚は自分を指してコクコクと頷いた。


「あなたは、アリア?」


 瑞希は英語で話しかけた。


「イエス!」


 人魚は頷いた。次に瑞希を指す。瑞希も自分を指した。


「あなたのなまえは?」


 人魚改めアリアの短い質問を聞き取れた。


「わたしのなまえはみずきです」


 瑞希は英語の教本みたいな自己紹介をした。


「オウ!ミズキ!よろしくね」


 アリアは瑞希と握手した。




 瑞希はアリアを洗ってお風呂に浸けた。アリアをお風呂に入れるのは大変だった。

 アリアは石鹸やシャンプーの泡を食べようとするのだ。

 なんとか止めて頭を流すと今度は目に入って()みたのか大きな声で叫んで首を振り回した。

 極め付けは椅子から立ち上がると、大きくよろめいて、慌てて支えた瑞希と共に湯船にひっくり返った。

 おかげさまで瑞希は自分の着替えも用意する羽目になった。


「あなたもにんぎょね?」


 湯船に浸かって気持ちよさそうにしていたアリアが頭を上げて瑞希に尋ねた。


「はい、そうです」


 瑞希は素直に答えた。アリアは何事か声を上げて嬉しそうに手を打った。

 瑞希はショートパンツに履き替える時に携帯端末を取り出してやっと思いついた。

 翻訳アプリを開く。


「アリアはどこから来たんですか?」


 瑞希が話すと携帯端末が音声で吹き替えた。


「イングランドとアイルランドの間の海よ。

 それは一体なぁに?」


 アリアは興味津々といった様子で端末を見つめた。


「これは携帯端末。いろんなことができる機械です」


 瑞希が説明するも、アリアはよく分からない様子だった。


「フーン?ねぇ、瑞希は人間として暮らしているの?」


 アリアはこちらに向き直って足をチャプチャプと揺らした。


「はい。ずっと人間として暮らしてきました。

 アリアは違うんですか?」


 瑞希が質問を返すとアリアは頷いた。


「私は海で暮らしていたもの。生まれた時からずっと人魚よ」


 瑞希はアリアの答えに目を見開いた。


「私のママは最初、人として暮らしてたそうよ。人と結ばれもしたらしいわ。

 でも、十八になって、人魚の掟を教えられて海で暮らすことにしたんだって。

 ママはあまり私のパパについて話をしたくなかったみたいなの」


 アリアは視線を落とした。


「でも陸の話はよく話してくれたわ。

 動物のこと、植物のこと、人間のこと……。色々ね。

 私は陸に憧れたの。それで時々船を見に行ったり、浜辺に行って人の生活を覗き見たわ」


 アリアは目を上げて教えてもらったことを指おり数えた。瑞希は童話の人魚姫を思い出した。

 のぼせそうなアリアをお風呂から上げて着替えさせた後、仁の元へ連れて行った。仁はどこかへの連絡をちょうど終えたようだった。


「やー、お疲れさん。あれ?着替えたの?」


「アリアを支えたら一緒にひっくり返っちゃって……。

 あ、この方はアリアっていう名前らしいです」


 瑞希はアリアを手のひらで示した。アリアは瑞希と仁を交互に見ていた。


「ねぇ、なんてはなしたの?」


 アリアの質問に仁が英語で答えた。アリアは「なるほど」というように手を打った。


「それじゃ、行こっか」


 とふらふらと危なっかしい足取りのアリアを支えながら、一階の相談室へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ