第四十話 事後処理課
密猟者捕縛の翌日。瑞希が報告書を書いていると叶芽に呼ばれた。
「あなたが関わった捕縛案件です。尋問の様子から押収、投獄までの流れを見ておくといいと思いまして」
叶芽がコツコツとヒールの音を響かせながら説明した。
ネクストドアネイバースは私刑をする。
法のない隣人界に於いて悪事を働いた者を罰するのだ。
罪人は「この世界に居たというありとあらゆる証、記憶がネクストドアネイバースの社員と本人以外から消え去る」という魔法をかけられる。
そして魂を吸い取る。精神を侵すなどの通常、人と共生できないために退治対象となる隣人が特例として看守を務める監獄に入れられるのだ。
罪を償い終えるまで。
悪行にもピンキリあって、比較的軽い場合は数ヶ月投監し、隣人界のことを綺麗さっぱり丸っと忘れさせて、神隠しにあっていたかのように返す場合もある。
「尋問……っていつもはどこの課がやっているんでしたっけ?」
幾つもの部屋が並ぶ長い廊下を叶芽についていきながら瑞希は尋ねた。
「事後処理課です」
叶芽はそう答えて閉ざされた一室の鍵を開けた。
叶芽に手を繋がれて入るとそこは何もない黒い空間だった。
「尋問部屋は万が一の逃亡を防ぐために、鍵を持つ者とその者に触れた者以外はこの黒い空間に取り残されるようになっています」
叶芽の説明に振り返れば、今通った入り口は消えていた。数歩進むと溶け出るように扉が現れた。
叶芽はその扉にも鍵を差し込んで瑞希を連れて潜った。
「おっ。来たきた。
やー、君が今噂のサポート課の新人女の子だね?」
中に入るとこじんまりとした部屋で糸目の男が待っていた。
「初めまして。サポート課の魚住瑞希と申します」
瑞希はペコリとお辞儀した。
「俺は金井仁。事後処理課の課長だ」
仁と瑞希は握手した。
「さ、てと。そろそろ始めようかね」
と仁は前に向き直った。二つ並んだ椅子の一つに叶芽が腰掛ける。
机を挟んだ向かいには拘束された細身の男が石化して突っ立っていた。
仁はノートパソコンをカバンから取り出して叶芽の隣の席へ置き、起動した。
「尋問はね基本、二人一組で行うんだよ。
今回支部長がする訊き出す役と、記録に残す書記ってやつかな。
録音もするよ」
仁は説明しながらカバンを再び漁って、小さな瓶をコトリと机に置いた。黒い液体が入っている。
「それは何ですか?」
瑞希が問うと
「尋問のための魔法薬だよ。自白剤みたいなもんかな。
口にすればぼんやりとなって、ありとあらゆる情報を秘密にしておけなくなる。
質問をしたら持続時間が切れるまでずっとベラベラ喋るよ。今回は隣人用のちょっと強めのやつを使う。
飲んだやつに訊いたら甘ったるいらしい」
と答えて仁は瓶を手に持って細身の男の側に立った。
「それでは始めましょうか」
叶芽がパチンと指を鳴らすと男の石化が解けた。その瞬間、仁が男の顎をガッと引っ掴み、こじ開けて口に瓶を突っ込んだ。
男が目を白黒させながら薬を嚥下すると、仁は瓶を男の口から引っこ抜いて椅子に座らせた。
予想はしていたが中々の荒技だ。
仁はスタスタと戻ってくるとパソコンの前に腰掛けた。
名前を訊くところから始まって男の尋問が進む。
「それではそろそろあなたの雇い主についてお聞かせ願いましょうか」
叶芽が質問を投げかけると目が虚でぼんやりとした細身の男が頷いた。
「長野県〇〇市の豪邸に住む一人暮らしの男だ。結婚する相手を探している。名前は……」
細身の男から喋り出した情報を仁がパソコンに打ち込んでいく。
「……で、代々遺産を受け継いできたコレクターだ。彼で十七代目らしい」
「今回ユニコーンを欲したのは何故ですか?」
叶芽は質問を重ねた。
「本人が病気になったからだ。角を取ってくるように依頼された。
ユニコーンの生息地は以前から目を着けていた」
男はぼんやりとしたまま答えた。叶芽は仁に目配せすると机に肘をついて指を組んだ。
「では、次にお訊きします。あなたは何を通してこの依頼を受けましたか?」
「バックカーディナルという組織の長野支部だ。長野県の都心の空きビルにある。住所は……」
男の答えに瑞希は身構えた。叶芽は振り返って目で瑞希に落ち着くように伝えた。
「バックカーディナルについて知っていることを全てお話しなさい」
叶芽は目を薄くした。
「超能力者の超能力者による、超能力者のための組織だ。
超能力者が隠れ住むこの世界を変え、超能力者が住み良い世界を作るために動いている。
主に超能力者集めと、それに伴う資金集めをしている。そこの女も超能力者だと思って連れて帰ろうとした。
それぞれの支部が競って仕事を取り合う。そのため横の繋がりは浅い。
幾つあるのかは知らない。
支部のある建物には本部にいる結界能力者の結界が張ってあって超能力者以外を弾く」
ここまでは瑞希も知っている。
以前捕らえたバックカーディナルの社員から聞き出された内容を記した報告書で読んだ。
「本部は?」
「知らない」
叶芽が問うも男は首を振った。叶芽は舌打ちした。
「これもハズレですか。
では、質問を変えます。超能力者の募集方法は?」
「俺はスカウトされた。
支部に一人は超能力者が分かる奴がいるらしい。後はテレパシーで超能力者に呼びかけているらしい。
だがそちらは最近敵となる組織らしきものが現れたため休止している」
叶芽は仁に再び目配せした。
「最後に、魔女を知っていますか?」
「知らない」
男は即答した。
「それでは以上ということで」
と言って叶芽はメガネを外して細身の男と目を合わせた。男は再び石化した。
「至急バックカーディナルの支部へサポート課を。襲撃するなら今しかありません。私も向かいます」
仁が素早くどこからともなく現れた内線を繋いで情報を伝える。叶芽は瑞希に向き直った。
「瑞希、あなたは今回、仁について事後処理課の一部隊と共にコレクターの元へと向かってください」
「どうして……」
瑞希は叶芽を見つめ返した。叶芽の目が厳しさを帯びる。
「あなたの戦闘経験はまだ浅い。
敵の、それも隣人の集団を襲撃するにはまだ少々心許ない。
今回の襲撃は絶対に失敗できません。
支部長クラスを確実に捕らえなくてはなりませんから」
そこまで言うと叶芽は目元を和らげた。
「コレクターの方も一筋縄ではいかないでしょう。戦闘がある可能性は少なくありません。
これも一つの経験として積んで来なさい」
「はい」
瑞希は素直に頷いた。
コレクターの押収は支部の襲撃とタイミングを合わせて行うことになった。
コレクターの方にもバックカーディナルの社員が控えていた場合に備えてとのことだった。
瑞希が霊水で広範囲の結界を張る。
「いやー。君がいると結界張るのが楽でいいな。毎回霊水撒くのに苦労してるんだ。助かるよ。
どう?ウチに来ない?」
「ありがとうございます。
でも、今の課にやりがいを感じてますので」
仁の誘いに瑞希は微笑んでやんわりと断った。
「残念無念。まぁ、でもサポート課とウチは一緒に出ることも多いからその内また組ませてもらうよ」
仁と瑞希と共に気配を消した事後処理部隊が配置に着く。瑞希は手足に水を纏った。
「さあ、時間だ。
皆の衆。行こうじゃないか」
仁が指を二本揃えて立てて、振った。
仁の合図と共に一番前、ドアの側に立った男が痛烈な蹴りを放った。入り口周辺が瓦解する。
瓦礫が崩れ落ちている中、速やかに全員が突入した。瑞希は事後処理部隊の統率力に舌を巻いた。
警備だろうか。広いホールに立っていた男が三人、慌てた様子で銃を抜いて構えた。瑞希は事後処理部隊全員の前に水流の壁を張った。
一足遅れて銃が乱射された。弾は全て瑞希の水流に絡めとられ、勢いを殺された。
瑞希はそのまま三人の男達を水球に閉じ込めた。事後処理部隊の面々が散る。
仁が瑞希の横から掻き消え、男達の背後に現れた。激しい水流の中にも関わらず目にも止まらぬ速さで首に次々と手刀を叩き込んで掻き消えた。
男達が意識を完全に失ったのを確認して瑞希は水球を解除した。水を宙に舞わせる。
「上に五人。地下に三人、一階の奥に一人。
おそらく上にいる内の一人がこの家の主だ」
いつの間にか瑞希の横に現れていたびしょ濡れの仁が耳に着けた無線に囁いた。
「瑞希ちゃん。構えて。奥の一人が高速でこちらに動いてる。
恐らく超能力者。バックカーディナルの奴だ」
仁は瑞希に囁いた。瑞希は水の矢を構えた。奥へと続くであろうドアが開いた。
途端、ズンッと瑞希と仁のいる周囲の空気が重たくなった。瑞希の水も形を僅かに崩す。重さが加わり膝が崩れそうになる。仁が瑞希に触れた。
瞬間、視点が切り替わり体が軽くなった。一瞬ままで瑞希達がいた場所が大きく音を立てて窪んだ。
瑞希はゾッとした。あのままあそこにいたら瑞希達は今頃ぺちゃんこだ。
「テレポーターか……」
ドアの前に立つ大柄な男が呟いた。
「そっちは大方重力操作ってとこだろ?」
仁が朗らかに返す。大柄な男はニヤリとした。瑞希は体勢を立て直した水の矢を発射した。
男の周りに到達した矢が一つ残らず歪み、逸れる。男がこちらへ手を翳した。再び重力が加わる。仁が瑞希を連れてテレポートした。
瑞希は水を矢からより細かな大量の弾丸へ変化させて放った。
すると男は突如、掻き消えた。
「複合能力者か!」
仁は瑞希を連れて空中へテレポートした。瑞希達が離れるとほぼ同時に男が現れた。腕が空振る。
仁はそのまま次々とテレポートを繰り返した。瑞希は目まぐるしく変わる視点についていけないでいた。
大柄な男は仁のテレポートから一拍遅れて瑞希達のいた場所へ現れる。
「なかなかの認識力と飛行回数だ!
どうだ!俺たちと共に来ないか!?いい待遇が受けられるぞ!」
男が地表から叫んだ。
「お断りだね」
「ああ、そうかい」
仁の返しに被せるようにに男はそう言うと両手を振り回した。辺りの重力が一段と増して家全体がミシミシと軋んだ音を立てる。
瑞希と仁は地表に落ちた。仁が膝をつき、瑞希はペシャリと地面に伸びた。仁の手が瑞希から離れる。
「ぐっ」
「うぁっ」
二人の周囲の重力が更に増した。男が掻き消えた。
ふ、と重力が弱まり、仁が瑞希に手を伸ばす前に男が背後に現れ、二人の首を掴んだ。吊るし上げられる。
「テレポーターはテレポーターに弱い。接近しちまえば簡単に捕まえられる。能力が互いに干渉しあって上手くテレポートできなくなるからな。
相手が悪かったな」
と男はニヤリと唇を捲り上げた。
ところが仁もニヤリと笑った。
「これを待っていたんだよ」
仁が男の腕に触れた。次の瞬間、仁が触れた男の腕の肘関節が消えた。
「お……あっ!?」
男の手をくっ付けたまま、仁は地に降り立つと同時に男の両膝に触れた。男の膝が消える。
男がバランスを崩すと同時に仁はチョーカーを取り出し、男の首に着けた。
ピーっと音が鳴ってロックがかかる。一拍遅れて男の肘と膝から血が吹き出した。
仁は男の前から掻き消えると背後に現れ、首に手刀を叩き込んだ。男が白目を剥く。
男が崩れ落ちる前に、仁はまたテレポートして瑞希に触れ、二人で男から距離をとって着地した。
「俺をただのテレポーターだと思ってもらっちゃ困るよ」
仁は切長の目を開いてそう言った。
瑞希は一瞬の出来事に目を見開いた。
「な、何をしたんですか?」
訊くと仁は糸目に戻って瑞希を見下ろした。
「ん?ああ。
部分テレポートだよ」
と床を指さした。見ると、血塗れの肉塊が三つ男の側に落ちていた。
「部分テレポートって……そんなことできるんですか?」
瑞希は目を剥いた。仁は笑うと男に歩み寄って応急処置をし始めた。
「テレポーターは自分と、自分が触れたものを別の場所に瞬時に移動させる能力だ。
その仕組みとしては、空間認識で物体の全体の質量と体積を無意識下で把握、計算して移動させてるんだよ。
その計算の早さで飛行回数や飛距離、飛ぶまでの速さが決まる」
仁の説明を聞きながら、瑞希も側へ屈んで男の傷口を縛って血止め薬を塗る。
「全体を無意識に把握してしまうから触れたものは全部くっ付けて移動することになる。
テレポーターに基本、攻撃能力がないとされる所以だよ
さっきコイツが言ってたみたいに、他のテレポーターが近づくとお互いの計算が干渉し合って能力が使えなくなるって弱点もある」
仁は男を階段の側に引きずって行くと手摺りに残った手を手錠で繋いだ。
「だけど、俺の空間認識力はちょっと桁外れでね。
俺は無意識下の自動計算を敢えてしない。だから計算の干渉も受けない。
自分でテレポートする範囲を選択して移動させる。
そこで生まれる部分テレポートだよ」
仁の話に瑞希は頭がくらくらした。
簡単に噛み砕けば、とんでもなく複雑極まる計算を瞬時に行って能力を発動させているということだ。
頭の中を覗いてみたいものだった。
「面倒くさい敵だったもんで、油断を誘うために敢えて能力を食らったんだけど、君にも食らわせることになっちゃってごめんね」
「いえ、気にしてないです」
瑞希は背の高い仁を見上げて首を振った。
「そ。ならよかったよ。
それはさて置き、君がコイツと一人で戦う場合はどうしたら良かったか分かるかな?」
「最初から霧を撒くとかでしょうか?」
仁の問いに瑞希は眉を下げた。
それくらいしか思いつかない。
「君はなんだか雅に似てきたな」
仁が肩を揺らして笑った。瑞希はちょっと赤くなった。
「悪い線じゃないね。霧でとりあえずテレポートは防げる。
それに、こいつの重力操作みたいな周囲に影響を与える能力を持つタイプは、自分の周囲にその能力が働かない、もしくは有利になる空間を持っている。
自分の能力で動けなくなるなんて間抜けだろ?
だからその空間に君の水を潜り込ませるんだ。
さっき君が言ったように最初から霧を撒いたり、足場を水浸しにしておいたりしてね。
相手の能力を即座に予測するのも戦略の一つだよ。
後は敵が現れたと同時に、じゃなくて現れる前から準備してこっちから迎え撃たなきゃね。
これもまあ、経験、経験」
「なるほど……大変勉強になりました。
ありがとうございます!」
瑞希は両手を握って奮起した。
「その意気だ。
さ、それじゃあ制圧も終わったし、俺の空間認識力でも把握できなかった隠し部屋のありかをこの家の主に訊きに行こうか」
仁は瑞希の背を押して二階へと向かった。




