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第三十九話 魔法生物保護区

 会社から帰宅後、(みやび)流衣(るい)とコジローと寛いでいた瑞希(みずき)に一本の電話がかかってきた。


『瑞希、今ちょっといいですか?』


「はい」


 瑞希はソファを立って廊下へ出た。


『現在抱えている案件はありませんね?』


「はい」


 叶芽(かなめ)の言葉に瑞希は頷いた。

 前の案件の報告書を今日課長に上げたばかりだ。


『それでは明日、迎えに行きますので泊まりの用意……それも一週間程の準備をしておいてください。

 食料などはこちらで用意します』


 瑞希は目を見張った。


「何かあったんですか?」


 瑞希が訊くと叶芽は電話の向こうで頷いた。


『ここの数少ない女性の戦闘要員であるあなたにしか頼めない案件があります。

 長期になる可能性がある案件です。

 課長には伝えておきますので。では、それで』


 叶芽はそう言って電話を切った。




 翌日、早朝。叶芽は瑞希の家まで迎えに来た。瑞希の荷物を車に運びながら叶芽が口を開いた。


「ここまで準備をさせといてなんですが……あなたはまだ雅と進展はないですよね?」


「えっ?」


 叶芽の唐突な問いに瑞希は思わず荷物を取り落とした。叶芽が地に着く前にキャッチする。


「ななななななんで……」


 あたふたとする瑞希の目を見る叶芽の目は真剣だ。いつもの愉快そうな様子は微塵もない。


「ない……です」


 瑞希は顔を赤くしながら答えた。

 相変わらず不意打ちは食らうが、そこから先へはまだ進んでいない。


「そうですか。それを聞いて安心しました」


 叶芽は荷物を車に積み込んだ。


「ど、どうしてですか?」


 瑞希は動揺を露わにしながら訊いた。


「車の中でお話ししましょう」


 叶芽は瑞希の背を押して車に乗せた。


「今回の案件は簡潔に言うと怪我をしたユニコーンの保護、治療です」


 叶芽が車を発進させながら言った。


「ユニコーン……」


「ええ。純白の体躯に白金色の立髪、金色の長い角を持つ馬のような隣人界の生き物です。

 別名を一角獣といいます」


 瑞希の頭にうまい具合にイメージが湧いた。


「気高く、美しいユニコーンの脚は疾風の如く。

 角は万病の薬に。

 その血は死の淵にあるものへも生を与えます。

 呪いと引き換えに」


「呪い……どんな呪いなんですか?」


 瑞希は訊いた。


「その血なしでは生きられなくなります。

 絶やすと非常な喉の渇き、血への渇望が深くなり、幻覚、幻聴などに取り憑かれるのです。

 その末路はあまりの喉の乾きに自身の首を掻き切るといったところでしょうか」


 叶芽の説明に瑞希はゾッとした。


「ユニコーンは清らかである反面、警戒心が強く、獰猛な生き物です。

 男が近づくとその角で串刺しにしようとします。

 女性でも簡単には近づくことを許さず、下手すると怪我をしかねません」


「そんなに難しい生き物なら、治療なんて難しいんじゃ……あっ。麻酔銃を使うとか?」


 瑞希が閃くと叶芽は首を振った。


「それではますます警戒心を深め、管理することが難しくなります」


「それじゃぁ……一体どうしたら?」


 瑞希は眉を下げた。


「ユニコーンは唯一清らかな乙女に心を許し、懐きます」


「清らかな乙女?」


 瑞希が首を傾げると叶芽は頷いた。


「つまるところの処女です」


 それで先程の質問になるのか。

 瑞希は赤くなった。


「戦闘要員である必要性は?」


 と瑞希が問うと


「前述した通りユニコーンは警戒心が強く、脚が速い。

 成熟したユニコーンに怪我を負わせるのは並大抵の者には出来ません」


 叶芽は目を鋭くした。


「以前、バイヤーは昔、魔女の他にもいたと言うことを話しましたね?」


 瑞希は頷いた。


「魔女達が来てそれは彼女達の独壇場となったとお話ししましたが、完全にいなくなったわけではありません。

 古くから続くコレクターのお抱えなどのバイヤーは現在も活動を続けています」


 叶芽は真っ直ぐ前を見ながら続けた。


「そういったバイヤーの殆どが隣人であり、密猟をするハンターでもあるのです。それらはもしかするとバックカーディナルの可能性もあります。

 警戒心の強いユニコーンを狩るためには少人数である必要があります。

 そのため大多数と遭遇する可能性はないでしょうが、今回はハンターとの交戦も視野に入れておいてください」


 叶芽の言葉に瑞希はしっかりと頷いた。




 休憩を挟みながら高速道路を使って約四時間。

 二人は長野県の広大な森に着いた。


「ここは魔法生物の保護区となっています。

 人間界から隠され、隣人しか入れない魔法がかけられた土地なのです」


「人避け霊水の結界ですか?」


 瑞希が問うと叶芽は微笑んだ。


「我々がよく使う人避けの蝋燭や、霊水の結界は一時的なものです。

 効果範囲が狭く、時間制限があるという縛りがあるかわりに強力です。魔女の目からも隠します。

 しかしこのような広大な土地の持続する結界魔法は効果が薄く、人間を避ける、人間から隠す程度でしかありません。隣人まで避けられないのです。

 魔法も万能ではないですからね」


 瑞希は驚いた。


 なんでもありだと思っていた。


「この土地一帯の地下数メートルに巨大な魔法陣が描かれています。

 それによってここは保護されているのです」


 そうこうして話している内に木製の小屋に着いた。

 叶芽がノックすると女性の声が答えた。


「どうぞ」


 二人はドアを開けて中へ入った。

 中は住み心地良さそうな部屋で奥にも部屋がありそうだ。

 二人をふくよかな人の良さそうな女性が出迎えた。


「瑞希、こちらはこの保護区の管理者、朝馬久美子(あさまくみこ)です。

 久美子、こちらはサポート課の魚住瑞希(うおずみみずき)。液体を操る能力を持っています」


 叶芽が双方に紹介した。


「よろしくお願いします」


 瑞希は叶芽直伝の綺麗なお辞儀をして名刺を差し出した。

 久美子は頷いて名刺を受け取ると、にっこりと微笑んだ。えくぼが可愛い。


「こちらこそよろしくお願いします。

 今日は来てくださってありがとうございます。

 怪我をしたユニコーンを観測したのは良かったんですが、うっかり逃げられてしまって……」


 久美子はしょぼんとした。


「久美子は既婚者で、今年社会人二年目の息子もいますが動物に好かれ、話せるという能力者です。

 今回はここで宿泊させてもらいながら、ユニコーンを探していきます」


 瑞希はしっかりと頷いた。




 Tシャツにストレッチパンツ、マウンテンパーカーにスニーカーという動きやすい服装に着替えて、瑞希は久美子と叶芽と共に外へ出た。

 久美子が外へ出て両手を広げると鳥が沢山寄って来た。

 頭が二つある鷹、三つ目のフクロウ、尻尾が二股に別れたカラス、普通のスズメやコマドリなどなど……大型の猛禽類から小鳥まで様々な鳥類が仲良く久美子の肩や、腕、頭に乗る。


「いい?皆んな。

 怪我をしたユニコーンを探しているの。

 見つけたら教えに来てくれる?」


 久美子が語りかけると鳥達は一斉に羽ばたいて散った。


「すごい……。これならあっという間に見つかるんじゃないんですか?」


 瑞希が圧倒されていると久美子はちょっと苦笑いした。


「私の能力は好印象を与えて動物が動いてくれるもので、意のままに操れる訳ではないの。

 だから、鳥達の頭で認識できるのが鹿だったり、元気なユニコーンだったり、外れることも多いのよ」


「そうなんですか……」


 でもあんなにあっという間に鳥達が集まってくるのはすごい。

 瑞希は動物全般が好きだ。


 一度は鳥に囲まれてみたいものだ。


「それでは二手に分かれましょう。

 私と久美子。瑞希は一人で。大丈夫ですか?」


 瑞希は頷いた。


「怪我をしたユニコーンを見つけたり、密猟者と交戦になったらこれで連絡してください」


 叶芽にイヤホン型の無線を渡された。


「この森で我々以外に出会うひとは基本密猟者と考えてください。

 密猟者はできるだけ生捕に。

 あなたの能力である水の矢で手足を磔にするのが一番見易いでしょう。もしそれが難しそうなら迷わず殺してください」


 叶芽はメガネの奥の目を光らせた。

 瑞希はごくりと唾を飲み込んで頷いた。




 ひんやりとした森の中を瑞希は手足に水を纏って飛んだ。

 薄暗いけれど所々光が線になって差し込む静かな森の中はなんだか神秘的だ。

 ふと視界に動くものが見えた。そちらへ注意を向ける。

 パカパカと蹄で土を踏みしめて現れたのは純白の馬だった。

 光り輝くように白い体。流衣(るい)の髪のようなプラチナブロンドの立髪と尻尾。優しげな黒い目。薄いグレーの蹄。そして額の中心の特徴的な金色に輝く長い長い角。五十センチくらいある。ユニコーンだ。

 瑞希は手足に纏った水を解除して地に降り立った。

 神々しいほどに美しいユニコーンは瑞希に寄ってきた。鼻面を首元に寄せる。瑞希はその首を撫でてやった。


 この子かな?


 瑞希はユニコーンを撫でながら全身を見て回った。傷一つ無く、綺麗な体だ。どうやら違うらしい。

 ユニコーンは瑞希の首に鼻面を擦り寄せた。


「わ、くすぐったいよ。よしよし」


 ぽんぽんともう一度首を軽く叩いてやる。


「怪我した子を知らないかな?」


 瑞希はダメもとで訊いてみた。

 当然ユニコーンは聞いておらず瑞希に首や鼻を擦り寄せるのに忙しい。

 瑞希は魔法生物ではあるが、馬と触れ合うのは初めてだった。


 大きな顔と目が優しげで可愛い。


「じゃぁ、そろそろ行くね」


 瑞希はユニコーンの首をもう一度軽く叩くと水を手足に纏った。宙に浮く。

 ユニコーンは首を伸ばして瑞希を追っていたが、瑞希が飛んでいくと静かに去っていった。

 木々の間をすり抜け、宙を舞う。森はまるで生き物がいないかのように静かだ。


 みんな隠れているのかな。


 瑞希は抜かり無く、辺りを見回しながら進んだ。

 ふと、一本の木の前に降り立った。木の幹に青みを帯びた銀色の液体が付着していた。

 事前に聞いていたユニコーンの血に違いない。

 瑞希は辺りを見回した。血が付着した木からそう遠く離れていない場所の地面に銀色の血が数滴落ちていた。

 瑞希はその方向へ向かって飛んだ。




 地面に所々落ちている血の跡を辿って瑞希は森を進んだ。途中、何度かまたユニコーンに出会ったがどの子も怪我はしていなかった。

 その時、るとタァンッという音が森に響いた。続いて、馬の(いなな)きも。

 瑞希は馬の声の元に急いだ。

 もう一度タァンッという音が響く。馬が激しく嘶いた。


 近い。


 一本の木の側にユニコーンが一頭横倒しになっていた。瑞希は手足に纏った水を解除して駆け寄った。

 美しいユニコーンは脇と首に怪我を負い、弱々しく動いていた。瑞希が近づくと首をもたげた。


「大丈夫。すぐ治してあげるからね」


 無線のスイッチを押した。


「瑞希です。怪我をしたユニコーンを見つけまし」


 と言ったところで何かを感じて身を引いた。鼻先を何かが掠めて木に突き立った。

 ビイイイインと揺れるのは細い針のついた麻酔弾だ。

 瑞希は弾が来た方向目掛けて水の矢を放った。

 遥か遠方で矢が命中し、ゴーグルとマスクで顔を隠した男が木から落ちた。肩を押さえている。

 瑞希は水を纏って高速で飛び、男へ更に矢を放った。

 男は高く跳躍して矢を躱した。銃を構える。

 瑞希はボトルからドッと水を溢れさせた。激しい水流で男を巻き取る。

 男は水に揉まれて溺れた。瑞希は巨大な水球を木に叩きつけるようにして解除した。水ごと叩きつけられた男の腕と脚に水の矢が突き立った。


「ゲホゲホッ!う、うぐっ」


 木に貼り付けられた男が咳き込んで呻いた。


『瑞希!どうしましたか!』


 無線から叶芽の声が聞こえた。


「あっすいません!」


 瑞希は無線のことをすっかり忘れていた。


「密猟者と思しき男と軽く交戦しました。今、磔にしています。

 無線のことを忘れていました」


 瑞希の答えを聞いて叶芽はほっとしたようだった。


『そうですか。ではその場で待機を。

 密猟者の顔の確認と拘束だけしておいてください』


「はい。分かりました」


 瑞希は無線を切ると男に近づいた。手足の水を解除してゴーグルとマスクを剥ぎ取る。五十代くらいの髭面が現れた。


「じょ……嬢ちゃん……やるな……もう逃げやしねぇよ。

 この矢を解除してくんねえか……痛くてたまんねぇんだよ」


 男が顔を歪めてそう言った。瑞希はキッと男を睨んだ。


「なんの罪もないユニコーンを酷い目に遭わせたんです。

 あの子の痛みはそれくらいの痛みじゃすみません!

 甘んじて受け入れるべきでしょう?一体なんの目的があってあの子にあんなことをしたんですか?」


「俺もやりたくてこんなことしてる訳じゃねえんだ。

 妻と子供を人質に取られて無理矢理やらされてる!見逃してくれよ!なっ?」


 瑞希の瞳が微かに揺れた。すると男がニヤリと唇を(まく)れ上がらせた。瑞希は直感に従って真横に跳んだ。

 瞬間、瑞希の首があった位置に男の手が通り過ぎた。瑞希は地面を転がって膝立ちになった。

 髭面の男とは別の細身の男だ。こちらもゴーグルとマスクで顔を隠している。


 二人目!!!


 瑞希は手足に水を纏った。水の矢を音速を超えて放つ。すると細身の男は掻き消えた。

 瑞希はまたしても直感に従って前へ跳んだ。細身の男が瑞希が直前にいた位置に現れ手が通り過ぎた。


「……勘がいいな……」


 細身の男が呟いた。


「どうも!」


 瑞希は眉を吊り上げながら言った。

 瑞希は手に持っていたボトルから水を溢れ出させた。

 そして超広範囲に細かな霧を発生させた。

 瑞希の周辺の霧を矢に変えて放つ。細身の男は掻き消えて瑞希のすぐ側へ現れた。

 それを読んでいた瑞希は宙へ飛んで手を躱し、水の弾丸で細身の男の肩、肘、膝の関節を撃ち抜いた。


「ぐっ!」


 続けて固めた水の矢で男を捕らえようとする。細身の男はまた掻き消えた。


「逃しませんよ!」


 瑞希はわざと霧を動かして作っておいた、空いた空間を矢で包囲し、男が現れると同時に刺し貫いた。




 重傷を負った細身の男が倒れる。瑞希は男の側へ飛来してカバンから細い金属製のチョーカーを取り出した。男の首に着ける。

 ピーっと音がしてチョーカーにロックがかかった。

 超能力者は人間が進化した隣人だ。

 脳が発達し、本来、人間が抑制している自身の身体能力を底上げし、それに耐えられる体の作りになっている。

 加えてそれぞれ特殊な脳波が発生してさまざまな能力を発現しているという仕組みだ。

 このチョーカーはその脳波を乱し、能力を抑制する装置が内蔵されている。

 ネクストドアネイバースは隣人に対しても刑罰を執行することがあるため、こういった装置や魔法具が開発されているのだ。

 もちろん、対隣人の戦闘訓練も受ける。今回の行動は事前に習った対テレポーター用の戦い方だった。

 テレポーターは空間を認識、計算して移動するため霧や雨、花粉などの細かい粒子の空間ノイズを避けなければ、上手く瞬間移動が出来ないのだとか。

 テキパキと細身の男が死なない程度に応急処置をして、瑞希は髭面の男にもチョーカーを着けた。


「何故、このようなことをしたのか。

 洗いざらい吐いてもらいますから!」


 まだ、他にも仲間がいるかもしれない。


 瑞希は油断なく辺りを見回しながら男達を睨んだ。




 間も無く、叶芽と久美子が到着した。


「二人いましたか」


 叶芽が地面と木にそれぞれ磔にされた男達を睥睨(へいげい)した。


「瑞希、よくできましたね」


 と目元を和らげて瑞希の頭を撫でる。


「ありがとうございます」


 瑞希は少し照れた。

 叶芽が男達を拘束し、瑞希は久美子をユニコーンの元へ案内した。

 ユニコーンは荒い息を繰り返し、胸を激しく上下させていた。瑞希と久美子が近寄ると首をもたげた。

 瑞希はユニコーンの頭側に回ると地面に腰を下ろし、頭を膝に乗せてやった。ユニコーンが安心したように目を閉じる。


「ユニコーンがここまで気を許すのも珍しいわ。

 瑞希さんはもしかしたら経験してもユニコーンに好かれる体質なのかもしれないわね」


 久美子がユニコーンの腹と首から弾丸を取り除きながら言った。


「そんなことがあるんですか?」


 瑞希は驚いた。


「ええ。ごく稀にだけど、そういう素質を持ったひとはいるわ。

 森の中でユニコーンが自分から寄って来なかった?」


 久美子の問いに瑞希は頷いた。森で出会ったユニコーンはどの子も自分の方から駆け寄ってきた。


「ユニコーンはその人の心の匂いを嗅ぎ取るの。あなたの心はよっぽど清らかなのね。

 貴重な人材だわ」


 久美子はそう言いながらテキパキとユニコーンに血止め薬を塗って包帯を巻いた。瑞希は頬を軽く染めた。


「はい。おしまい。

 後は家まで連れて帰って治るまで安静ね」


 とユニコーンの腹を軽く叩くと、ヒョイっと抱き上げた。

 瑞希は驚いて目を丸くした。


「超能力者は力持ちだからね」


 久美子はウインクした。

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