第三十八話 ダブルデート(下)
三人が帰ると健二は交代でお風呂に行った。三人で残りの洗い物などをゆうなの指示でこなす。
それが終わるとゆうなはパンッと手を打った。
「先に焚き火始めちゃお。すぐ戻ってくるし」
とランタンの灯りの下、荷物を漁る。
松ぼっくりと細めの小枝がこんもり出てきた。
瑞希も雅も興味深く見つめた。
「松ぼっくりでどうするんですか?」
「天然の着火剤だよ。燃えやすくて薪に火を移せるの」
瑞希が訊くと夕㮈は薪を取り出しながら答えた。太い薪と細い薪がある。
「これは?」
瑞希はふわふわしたものを指した。
「麻ヒモをほぐしたやつ。これも着火剤」
瑞希はほーっと感心のため息を吐いた。
夕㮈はグローブをして、麻ヒモと松ぼっくりと茶色くなった松の葉を焚き火台に置いた。火ばさみを持つ。
「いざ。着火〜!」
瑞希と雅が覗き込む目の前でマッチを擦って麻ヒモを燃やした。麻ヒモは大きく燃え上がった。
火バサミで松ぼっくりに火を移す。松ぼっくりも燃える。次に夕㮈は小枝と毛羽立ったような薪に火を移した。
炎が大きくなると細い薪から順にふんわりと組んでいく。
「わぁ……夕㮈、上手ですね」
瑞希は感嘆した。
「ふっふっふ。私は焚き火のためにキャンプするからね」
夕㮈は得意気に笑った。
日が暮れて肌寒くなってきたのでダウンベストとマウンテンパーカーを羽織って焚き火を囲んだ。
薪がぱちぱち爆ぜる音、ゆらゆらと揺らめく大きな炎は見ていて飽きない。
明と軽くキャンプしたこともあるがあの時の炎とは大きく違う。瑞希もこの大きな焚き火に強く惹かれた。
夕㮈は大きなマシュマロの袋と串を四本取り出した。マシュマロを三つ横に串に刺して瑞希と雅に渡すと三人でマシュマロを焼いた。
「焚き火でマシュマロは定番だよね」
夕㮈は嬉しそうに笑った。
「私も一回だけマシュマロ焚き火で焼いたことあります。
美味しかったのでまた出来て嬉しいです!」
瑞希もにこにこした。
「初めてやる」
雅は興味深々の顔で瑞希達の真似をして焼いた。
そうこうしている内に健二が帰ってきた。
「おーやってるな。
夕㮈、おれにもマシュマロくれ」
健二は何やら棒をカバンから取り出しながら言った。手早く組み立てて焚き火の上にあっという間に鍋が吊るされた。
「これはなんですか?」
「ダッチオーブンだよ。中身は後のお楽しみ」
健二はにっこり笑った。
しばし雑談しながらマシュマロを焼いて食べた。
「それじゃあ、夕㮈は大学に行くんですね?」
「そ。推薦で行くから今小論文の練習中。
民俗学を取りたいなって思ってるんだ」
「民俗学?」
瑞希は首を傾げた。
「うん。伝承を学べる学科だよ。
将来ネクストドアネイバースに入社するつもりだから」
「えっ?そうなんですか?」
瑞希は手を合わせて喜んだ。
夕㮈が一緒の会社にいるなんて想像するだけで嬉しくなる。
「隣人の中にはおれみたいに人間とパートナーになる奴もいるからな。
そういう奴には二種類いる。隣人であることを隠し続けるか、バラすか、だ」
健二が熱々のマシュマロを齧りながら口を挟んだ。
「バラした後、パートナーの隣人と同じ世界を共有したがる人間は多い。
そういう奴のためにネクストドアには人間雇用枠があるんだよ。
海の奥さんもそうだったぜ」
「そうだったんですか!」
瑞希は感心した。
「そろそろいいかなっと」
健二がグローブをしてダッチオーブンを開けた。りんごとシナモンのいい香りが立ち上がる。
中にはアルミホイルに巻かれた丸い何かが四つ入っていた。
「わぁ!焼きリンゴですか?」
瑞希はワクワクした。
「いんや。もうひと手間加えてある。
りんごとサツマイモのホイル焼きだよ。
美味いぞ」
健二が取り出しながらニヤリとした。
聞いただけで美味しそうだ。
一人に一個ずつ。皿に取り分けられて、いざ、開封。
「わぁ……!」
りんごとサツマイモ、シナモンとバターの香りに包まれて瑞希は思わず声を上げた。
「瑞希、食べる前からそんなじゃ食べたら大変だよ」
夕㮈が笑った。
瑞希はフォークを使って一口食べた。少し歯応えの残るシャクショワな食感のりんごと、ホクホクの焼き芋。バターとシナモンの香りと甘みが口いっぱいに広がった。
絶品スイーツだ。
瑞希は感動に目を輝かせた。雅も目をキラキラさせている。
「とっっっっっっても美味しいです!!!」
お腹いっぱいまで食べたはずだがデザートは別腹というやつだろうか。
ぺろりと食べてしまった。
ランタンと焚き火の灯りの下でのお喋りはとても楽しかった。
夕㮈と喋っていると雅が背後に立った。
「?どうしましたか?」
瑞希は振り返った。雅は目がとろんとして心なしか赤い顔をしているような気がする。
「みずき……」
と言って雅は瑞希を背後からもたれかかるようにして抱き締め、頬擦りした。瑞希の心臓が跳ね上がった。
「ど、どうしたんです?雅……?」
普段の雅なら人前でこんなことをしない。
健二がゲラゲラ笑った。手に何かの瓶を持っている。
「わははははは。雅にこれ飲ませたんだ」
と瓶を見せた。
『狼殺し』※ストレートで飲まないでください。と書いてある。
その間も雅はふにゃふにゃ何やら言いながら瑞希に頬擦りを続けていた。
「雅ってお酒弱いんですか?」
瑞希が問うと
「いんや。ストレートで飲ませた」
健二はヒーヒー言いながら答えた。
「雅、雅。しっかりしてください」
「うん……」
瑞希が首に回された腕をトントンと叩くと雅はふらふらしながら立ち上がった。
「瑞希、いつもの仕返し出来るチャンスなんじゃないの?」
夕㮈がニヤニヤした。瑞希はハッとして立ち上がった。
「雅、ちょっと屈んでください」
「うん?」
瑞希が言うと雅は不思議そうな顔をしながらも素直に屈んだ。
瑞希は雅の頬を両手で包むと、とろんとした金色の瞳を見つめた。
これは確かにチャンスだ。何をしよう?
「自分の方からキスしてみたら?」
夕㮈が笑みを深くした。
瑞希はちょっと赤くなると、ドキドキしながら雅の顔を引き寄せてキスをした。
いつも雅がするように唇を舐めて舌をちょっと入れてみる。甘いりんごとシナモンの味がする。
瞬間、雅は苦しくなるくらい瑞希を抱きしめた。瑞希が入れた舌を甘噛みする。
瑞希は目を白黒させた。慌てて舌を引っ込める。すると雅はそのまま瑞希の唇を甘噛みした。瑞希の心臓が一拍すっ飛んだ。
「ひゃ……んむ!!!」
瑞希がゾクゾクして声を上げると雅は今度は自分から瑞希の口を唇で塞いだ。優しい甘噛みを交えながら激しいキスをする。
「むーーっ!みや……!!うーーーっ!!!」
瑞希が肩をバシバシ叩くが雅は止まらない。今度は瑞希から力が抜ける。
「み……みや……きゃぅっ!!!」
瑞希は悲鳴を上げた。雅がようやく唇を離したと思ったら、頬からなぞって耳を舐めたからだ。
雅は段々エスカレートとしていき瑞希の首筋から耳にかけて舐め上げて噛んだ。
「みやび!みやび!!みやび……!!!す、ストっ……!!!
きゃぁぅっっ!!!」」
瑞希の制止も虚しく、雅は耳を責めながら服の中に手を入れて腰から背中まで撫で上げた。
「はい、ストップ!酒の勢いで、はあんまりだからな」
健二が雅の首にチョップを落とした。くてんくてんの瑞希とオチた雅を受け止める。
夕㮈はゲラゲラと爆笑していた。
「は〜ぁ面白かった。いつもこうやって為て遣られてんだね」
夕㮈が滲んだ涙を拭いながら言った。
「ゆ、ゆうな!さては、こうなるのわかってて言いましたね!?」
ちょっと力を取り戻して、椅子に座らされた瑞希が夕㮈をじとりと睨んだ。
「うちの夕㮈はドSな女王様だからな」
健二が雅をテントに転がしながら言った。
「どえすって何ですか!」
瑞希はちょっとぷりぷり怒りながら訊いた。
「相手の困った姿を見るのが好きで意地悪なことする性格のことだよ」
健二が笑いながら答える。夕㮈は余裕の微笑みを湛えた。
瑞希は夕㮈の言動を振り返った。
うん。確かにちょっと意地悪することが多かったかもしれない。でも、そんなに人を傷つけるような意地悪ではない気がする。
「聞いた話じゃ雅さんもちょいSだよね。
困る瑞希を翻弄してさ、楽しんでるんじゃない?」
瑞希はちょっと赤くなった。
瑞希と夕㮈が仲良くすやすやと寝た頃にやっと雅が目を覚ました。
「何を飲ませた」
雅はじとりと健二を睨んだ。健二が肩を揺らして笑う。
「これだよ」
と瓶を放った。雅は空中でキャッチするとまじまじと見た。
じとりと健二をまた睨む。
「楽しかったぜ。何したか覚えてるか?」
「覚えてない」
雅は即答した。
「瑞希に齧り付いて後一歩まで迫ってたぜ」
雅は健二の言葉にサッと青くなった。続いて眉を吊り上げてツカツカと健二に歩み寄る。
雅は爆笑する健二の頭を思い切り叩いた。
コンロでお湯を沸かしてレトルトの朝食を摂って一行は帰路に着いた。
後部座席で瑞希と夕㮈が頭を寄せ合って寝ている。
雅はそれを振り返ってじっと見ていた。
前に向き直って口を開く。
「感謝する」
「ん?何をだ?」
健二が訊き返した。
「あいつに、同年代の友達が出来た」
チラリと後ろを見る雅の目は優しい。
「ああ、それな。
瑞希と夕㮈の相性は悪くなさそうだったし、誘って正解だったよ。
瑞希にとっちゃ何もかもが初めてだし、二人とも楽しそうだったからな」
健二が言うと雅は頷いた。
「また行こうぜ。今度は遊園地もいいな」
健二の言葉に雅は再び頷いた。




