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第三十七話 ダブルデート(中)

 瑞希(みずき)の前を夕㮈(ゆうな)がひょいひょいと歩いていく。


「わ、わ、わ」


 瑞希はグラグラ揺れる丸太の吊り橋をロープに捕まりながらジリジリと進んだ。(みやび)がその後に続く。みんなTシャツ一枚姿だ。


「ほら、頑張れ、頑張れ」


 健二(けんじ)がその様子を見て笑いながら橋の向こう側からエールを送った。

 瑞希は運動音痴だが、体を動かす事が嫌いな訳ではない。

 最後の数歩を夕㮈に手を引かれながら渡り切った。


「あははは。瑞希ってほんとに運痴なんだね」


 夕㮈に笑われてしまった。


 確かにこれまではボヨンボヨンと不安定な足場ではすっ転んで下のロープネットに落ちたし、ロープネットを渡る場所では手足四本ともロープを突き抜けてハマってしまって救出され、一本の丸太橋からは転がり落ち、助走をつけて登る坂では助走の段階で転けた。

 なんとか坂に足をかけた時も勢いが足りず、下までまた滑り落ちていった。結局、雅に抱えてもらって上がった始末だ。


 対して夕㮈の運動能力は素晴らしかった。バランス、スピード、瞬発力、ジャンプ力。どれをとっても素晴らしい。


 羨ましい限りである。


 夕㮈は陸上の走り高跳びの選手なんだとか。インターハイの二位にもなったらしい。


「一位まで後一センチだったのに!」と、悔しそうにしていたが羨ましい限りである。羨ましい限りである。


「瑞希の運動音痴は筋金入りだな」


 健二が螺旋状の緩い坂を登りならまた笑った。


「これでも一生懸命なんあっ!」


 瑞希が坂で足を滑らせてズベリと転んだ。滑りおちる所を雅に受け止めてもらって抱き起こされた。

 夕㮈が坂の頂上で爆笑している。


「お次はこれなんだけどこの調子で大丈夫かな?」


 健二が片眉を上げて指したのは木の幹に括り付けられた鉄線に滑車が通され、その下にロープの下がった遊具だった。下がったロープの一番下には人が腰掛けられそうな大きさの玉が付いている。


「これはどうやって遊ぶんですか?」


「まあ見てなって」


 瑞希が尋ねると健二は玉に跨った。足場を蹴る。

 すると滑車が動き出し、あっという間に向こう側の足場に着いた。健二がすかさず飛び降りると滑車が自動的に戻ってくる。


「楽しそう!」


 瑞希は目を輝かせた。

 次に夕㮈が続いた。滑車が戻ってくる。

 瑞希はロープを手に取った。またがって足場を蹴る。滑車が滑りだした。風が吹き抜け景色が流れる。


 爽快だ。


 瑞希は歓声を上げた。対岸に着いて降りようと、もたもたしていると滑車が戻り始めた。慌ててしがみついて瑞希は雅の待つ元の位置まで戻ってきてしまった。


「あれぇ?」


 瑞希は雅に受け止めてもらいながら首を傾げた。向こう岸で健二と夕㮈が手を振っている。

 瑞希はもう一度足場を蹴って発車した。また降りられずに戻る。三度の挑戦。

 結局向こう岸の夕㮈と健二がロープを捕まえてくれている間にやっと降りる事ができた。

 夕㮈と健二は爆笑していた。

 梯子(はしご)を登り、ブランコのような足場を渡り、トンネルを潜って、階段を登り、徐々に徐々に斜面を上がっていく。

 皆んなの協力あって瑞希はなんとか頂上に着いた。


「わぁ……!」


 山の中腹辺りだろうか。開けた場所から見える景色は紅葉づいた山だった。長い長いローラー滑り台がくねくねと下へ続いている。

 瑞希はワクワクした。


「それじゃ、お先に」


 そう言って健二は夕㮈を膝の間に抱えるようにして滑り出した。二人の歓声が響き渡る。


「雅、雅!行きましょう!」


 瑞希が目をキラキラさせながら言うと雅は瑞希を膝に抱えて滑り出した。

 爽やかな風が吹き抜け猛スピードで下る。

 瑞希は歓声を上げた。


「はー!楽しかった!!!」


 下まで着くと瑞希は息を切らしながら目を輝かせた。


 やり切った感がある。


「瑞希かなり頑張ったよね」


 夕㮈も楽しそうに笑った。


「だな。瑞希のおかげで協力した感があったな」


 健二も笑う。瑞希はちょっと頬を赤らめた。


「健二さんと雅だけだったらあっ言うまに着いちゃうでしょうね」


 瑞希が言うと夕㮈がニヤリとした。


「どっちが速いんだろうねぇ」


 雅と健二が顔を見合わせた。


「「やるか」」


 声を揃える。雅は瑞希を抱えて、健二は夕㮈を抱え上げて走り出した。

 あっという間に入り口に着く。健二は夕㮈を下ろした。

 ところが雅は瑞希を下ろさない。片腕に抱え直す。


「ハンデをやる」


 雅はニヤリとちょっと不気味な笑い方をした。


「言ったな」


 健二が腕を回した。


「え?え??」


 瑞希は何が起きているのか分からなかった。


「それではよーい」


 夕㮈が手を上げた。


「どん!」


 夕㮈の手が振り下ろされると共に健二と雅が駆け出した。瑞希は慌てて雅にしがみついた。

 ハンデってそう言うこと……!!!

 景色が霞んで後ろに流れる。雅はぶっちぎりだった。

 階段を駆け抜け、瑞希が苦戦したボヨンボヨンなる足場はほとんど揺らしもせずに通り抜け、ロープネットを片手でひょいひょいと器用に上がり、一本橋では一足で飛び越えた。

 助走をつける坂も駆け上り、丸太の吊り橋も揺れもせず走り、螺旋の坂を駆け上り、滑車に飛び乗った。滑車が止まる前に勢いそのまま飛び降りた。

 梯子は手を使わず駆け上り、不安定なブランコ橋を駆け抜け、障害物をものともせずに、あっという間に頂上の滑り台にたどり着いた。瑞希を膝の間に抱えて滑り降りる。


 ジェットコースターとはこう言うものなのかもしれない。


 と瑞希は思った。




 あっという間に下へ辿り着き夕㮈の元へ戻った。


「はっや!もう着いたの!?」


 夕㮈が目を丸くする。間も無く健二が帰ってきた。


「くっそー!負けたぁ!速すぎるんだよ」


 健二は膝を折った。雅が口角をちょっと上げる。


「まだ、本気では、ない」


 雅は満足そうに言った。


「健二かっこ悪ーい」


 夕㮈はぷぷぷと笑った。


「そうだよ。

 おれはハンデがあっても負けるカッコ悪い男だ」


 健二がいじけた。


「はいはい。頑張った、頑張った」


 夕㮈は自分が落としといて慰めた。健二はちょっと元気を取り戻した。


「さ、て。もう結構いい時間だな。

 帰ってテントとバーベキューの準備をしよう」


 瑞希も結構動いたのでお腹が空いてきた。

 雅に抱えられたまま四人で仲良く車まで戻った。

 雅と健二が荷下ろしする。夕㮈は手早くテントを組み立てた。瑞希はクーラーボックスから肉類や野菜、サンドイッチを取り出して、その後は軽い荷物や小さな荷物を持たされた。


「なんか……すいません」


 瑞希は自分の非力さにちょっと情けなくなった。


「適材適所だよ」


 健二は朗らか笑った。瑞希は頷いた。


「こっちの背の高い台はなんですか?」


 瑞希は金網の乗った足の付け根いくらいの高さの台を指した。


「バーベキューコンロだよ」


「じゃあ、こっちの小さいのは?」


「焚き火台だよ。草地で直火するのは禁止だからな。

 こっちは温泉の後に使おうな」


 瑞希はほーっと感心した。

 みるみる内にテントが完成し、ジープの中に心地良さそうな寝床が出来た。

 健二が炭で火を起こしてコンロの周りに椅子と一つのテーブルを置いた。

 ここからが瑞希の出番だ。


 予習はバッチリ。


 火の通り易い牛肉から焼いていく。端の方で豚串も焼く。

 焼けた端から皆んなで取ってもらった。続いて豚、や鳥などを焼いた。

 瑞希も途中で肉をひっくり返したりしながら腰掛けてお肉を食べた。その内、皆んなで焼き始めた。


「外で食べるお肉って、なんだか格別の美味しさです!」


 瑞希は肉を頬張ってにこにこした。


 おばあちゃん達とお家焼肉はしたことがあるが、あれとはまた違ったワクワク感がプラスされたお肉は別格の味だった。


「ね。だからバーベキューはやめられないんだよね」


 夕㮈が賛同した。


「バーベキューの空気があればいつもの数倍食べれるからな」


 健二も串を齧りながら言った。雅はもくもくと食べている。だがサングラスの奥の目が輝いているのが分かった。

 中盤くらいで瑞希はステーキを焼いた。雅と健二には二枚ずつ。瑞希と夕㮈は半分こだ。


「んん〜!!!このミディアムレアたまんない!

 瑞希ってすごく料理上手なんだ!」


「えへへ。ありがとうございます」


 夕㮈が歓声を上げた。瑞希は照れた。


「こいつの作る、食事はいつも美味い」


 雅がボソリと言った。瑞希は赤くなった。


「あ、ありがとうございます」


 その様子を見て夕㮈はニヤニヤした。

 野菜も焼いてサンドイッチや焼きおにぎりも食べながらバーベキューの時間は楽しく過ぎていった。

 食材は綺麗に無くなって、皆んなのお腹が満たされた。

 瑞希もお腹パンパンだ。


「こんなに食べたの初めてです」


 瑞希はお腹をさすった。


「お前はいつもが、少食過ぎる」


 雅がちょっと眉を下げた。瑞希もちょっと眉を下げた。


 この二月まで食費にかけられるお金が碌になかったから胃が小さいのかも。


「さ、それじゃ、俺が後片付けと番をしとくから女の子達と雅で温泉に行ってきな」


「そんな、悪いですよ」


 瑞希は気が引けた。


「いいのいいの。気にしない。行こ行こ」


 夕㮈が瑞希の背中を押した。




 着替えを持って三人で温泉までゆっくり歩いて行った。夕日に照らされた山々が綺麗だ。

 料金を支払い、女湯と男湯に分かれる。


「広いですね!」


 瑞希は脱衣所で先ずびっくりした。


「ここ、土日とか、シーズンは混むからね。

 温泉だけ入りに来る人もいるんだよ」


 夕㮈が服を脱ぎながら言った。言われて見ればちらほら人影が見える。瑞希も脱ぐ。


「温泉と銭湯ってどう違うんですか?」


 お風呂セットとタオルを持ち込みながら瑞希は訊いた。

 昔おばあちゃん達と行った銭湯を思い出しながら。


「んー。お湯の成分とか、自然に湧いたお湯だとか色々あるらしいよ。

 ここのお湯は美肌効果があるんだ」


 夕㮈は嬉しそうに言った。瑞希も楽しみになってきた。

 シャワー台の前に椅子を持っていきながら夕㮈が瑞希の腕に腕を並べた。


「瑞希って白いよね」


 瑞希の生っ白い腕と比べて夕㮈の腕は健康的な肌色だ。


「お散歩には出てるんですけど、なかなか焼けなくて……」


「白いのもいいじゃん!瑞希のパーソナルカラーってブルベなんじゃない?」


 瑞希は聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「パーソナルカラー?」


「生まれ持った肌や、髪、目とかの色で分けたものだよ。

 イエベとブルベってあってね。それぞれ黄色味と青みって感じかな。

 それによって似合う服とかコスメの色が変わるの」


 夕㮈が説明した。


「私はイエベ。黄色とかオレンジとか暖色系のビビッドな色とか、緑も似合うんだな」


 二人揃って頭を洗いながら夕㮈は説明を続けた。


「対してブルベさんにはブルーとかグレーとか、寒色系の色が似合うの。

 ラベンダーとかローズピンク、ボルドーも似合うよ」


 瑞希は叶芽が選んだ服がその系統の色だったことを思い出した。

 体を丁寧に洗って顔も洗う。

 棚にお風呂セットを置いて、いざ、入浴だ。


「「ほわぁ〜」」


 二人で並んで揃って声を上げた。


 普段のお湯よりとろとろの感触でこっくりしている気がする。気持ちがいい。


 そこで瑞希はふと、気が付いた。


 浮いてる。


 瑞希は思わず夕㮈のボリューミーな胸をガン見してしまった。


「ん?どしたの?」


 夕㮈が瑞希の視線に気づいた。


「夕㮈のおっきな胸が羨ましいんです」


 すると夕㮈はニヤリとしてワシっと瑞希の両胸を掴んだ。


「ひゃっ!!!」


「B……いや、Cあるじゃん。そんな気にすることないって」


 夕㮈は手をワキワキさせながら言った。


「なななななにをしたのかと思いましたよ!」


 瑞希は真っ赤になった。それから口を少し尖らせた。


「夕㮈は……健二さんと……エッチしたことはあるんですか」


「うん。あるよ」


 瑞希が訊くと夕㮈はさらりと答えた。


「え、逆に瑞希はないの?一緒に住んでるのに??」


 夕㮈が目を丸くした。瑞希は顔を赤くしながら頷いた。


「私、恋愛にかなり(うと)くてつい最近エッチのこと知ったんです」


 瑞希は肩まで沈みながら答えた。


「あっらーそうなのね。これは教育しがいがありそうだわ」


 夕㮈は口に手を当てて嬉しそうに叶芽(かなめ)のようなことを言い出した。


「いい?瑞希。

 雅さんは絶対、胸の大きさなんて気にしない。

 どんな瑞希でもありのままぜーんぶ受け止めてくれるから安心しなよ」


「ほんとですか?」


 瑞希はほんのり頬を赤く染めた。


「あとはねぇ……狼人間はぁ……」


 と夕㮈は瑞希の耳に口を寄せてゴニョゴニョ囁いた。瑞希が真っ赤になる。


「……だからヘトヘトになるから覚悟しときなよ」


 夕㮈は満面の笑みでそう言った。

 二人は軽くのぼせるまで温泉に浸かって話をしていた。脱衣所から出ると雅はマッサージチェアで気持ち良さそうに伸びていた。


「雅、お待たせしました」


 瑞希はさっきの話を思い出してちょっと赤くなりながら呼びかけた。


「ん」


 雅がサングラス越しに目を開けたのが分かった。体を起こす。目が合うと心臓が跳ね上がった。

 三人で並んで帰る時も瑞希はちょっとドキドキしていた。

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