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第三十五話 からだ探し

 それは瑞希(みずき)が夜当番の日のことだった。


「ごめんください」


 午後六時ちょうど。夕飯の買い出しから帰って自動ドアをくぐった瑞希の背後で声がした。

 振り返って見ると血の抜けたように真っ白な肌をした、明るい茶髪を巻いた可愛らしいひとが立っていた。レトロな感じの小花柄模様のワンピースは今の時期には少し寒そうだ。


「はい。どうされましたか?」


 瑞希が微笑むと、その人はおずおずと目を上げた。


「ここがネクストドアネイバースで合っていますか?」


 女性は自動ドアの間で佇む。


「はい!合っています!

 何かお困りごとがありますか?」


 瑞希はにこやかに訊いた。女性は頷いた。


「では、こちらへどうぞ……」


 瑞希が女性の背を押そうとすると、その手は女性をすり抜けた。冷水に手を突っ込んだみたいな感覚に驚く。


「すいません。私の体はもう、ないんです。

 ここなら幽霊の困りごとも訊いてくださるとお聞きして……」


 女性は悲しげに目を伏せた。




「どうぞ」


 瑞希は女性の前に紅茶のカップを差し出した。

 ネクストドアネイバースの物は幽霊も触ることのできる特別性だ。

 女性はおずおずとティーカップに手を伸ばした。そっと触れる。


「久しぶりに物に触れました……」


 女性は感動したように言った。瑞希はその姿を見て少し痛ましい気持ちになった。

 女性はカップを傾けて紅茶を一口飲んだ。


「美味しい……」


 と呟いて目から一粒。真珠色の涙を溢した。


「おかわりあるので沢山飲んでくださいね。

 もう一人来るまで少々お待ちください」


 瑞希が話しかけると女性は微笑んで頷いた。

 間も無く、ドアがノックされて長身痩躯の男が入ってきた。黒い小さな丸サングラスで目を隠している。

 幽谷零夜(ゆうこくれいや)。サポート課の霊能力者の隣人の一人だ。

 サポート課の夜番には霊能力者が必ず一人は付くことになっている。逢魔(おうま)(どき)から夜にかけてに幽霊のお客様が来ることが多いから、らしい。


「大変お待たせいたしましたぁ。幽谷零夜と申します。よろしくお願いします〜」


 と間延びした声で名刺を片手で差し出した。

 女性は少しびっくりしたように受け取った。


「それではお客様。お話をお聴かせくださぁい」


 椅子に脚を開いてドカッと座った。


「初めまして。私は園田美鈴(そのだみすず)と申します。

 あの、十年前、この県でバラバラ殺人事件が報道されたことを知っていらっしゃいますか?」


 美鈴はおずおずと切り出した。


「あ〜はいはい。知ってますよぉ。

 瑞希ちゃんは知らないよねぇ?」


 零夜が問うと瑞希は頷いた。


「十年とちょっと前。〇〇区の山で人の手の骨を野良犬が咥えてたのが見つかったんだよぉ」


 零夜は説明しだした。


「その後、その山が捜索されて腕と足が見つかったんだけどぉ、誰のものかは分からない。

 わかっているのはその体が同一人物のもので、かなり古いものだってことだけなんだよぉ。

 犯人も分からない。迷宮入りしてる事件なのさぁ」


 瑞希はゾッとした。


「その手足は……おそらく私のものです」


 美鈴が悲しげに目を伏せた。瑞希はパッと美鈴を見た。


「両親は早くに他界していたので一人暮らしでした。

 ある時から、ふとした拍子に視線を感じるような気がしたんです。

 でも、気のせいだって思っていました」


 美鈴は紅茶を一口飲んだ。


「でも、ある日の帰り道。私は突然後ろから口を覆われました。必死で抵抗したけど、びくともしなくて……。

 気がついたら青いビニールシートに覆われた広い部屋に居たんです。手足を椅子に括り付けられて。

 二十年前の夏のことでした」


 瑞希は胸が酷く痛くなった。


 どれ程恐ろしかったのだろう。


「間も無く仮面をつけた男が現れました。

 男は私を見つめて言いました。

「君の顔は美しい。これからもっと美しくなれる」と。

 男は一度部屋を出て様々な道具を持ってきました。ノコギリ、鉈、包丁……」


 瑞希はその先を聞くのが恐ろしかった。


「手、足、太腿、腕、男は私をバラバラにしました。切る度に手当をして、水を与え、生きたまま」


 瑞希は悪魔の所業に吐き気がした。


「私はダルマのようになりました。最後に残った首に、ノコギリが当たって……。

「美しい、美しい、美しい。今の君の顔は最高だ」

 そう言って男は私の首を切り落としました。

 あの声が耳から離れない。

 今回お願いしたいのは、残りのからだ探し。

 それと、出来れば男を捕まえてほしいんです」


「うっ」


 瑞希は我慢しきれずシンクまで駆けて行った。




 ぜいぜいとシンクの前でえずく瑞希の背にひんやりとした何かが触れた。

 見ると美鈴が側に立って、心配そうに瑞希の背に手を当てていた。


「す、すいませんでした」


 瑞希が言葉を詰まらせながら謝ると美鈴は首を振った。


「いえ、私の方こそ……。こんな詳しい話、しなければ良かったのです。

 あなたはまだ私よりも遥かにお若いのに……」


 瑞希は口を濯いでシンクを流すと、振り向いて美鈴を抱きしめた。


 体は突き抜けてしまったけど、心だけでも届けたかった。


 美鈴は驚いたような表情をして微笑んだ。


「瑞希ちゃんがすいませんねぇ。

 この子まだ慣れてないんで。

 それでぇ……体の位置はぁ分かりますかぁ?」


 零夜が椅子から振り向いた。美鈴は頷いた。


「はい……微かに。強く引かれる方と、弱く引かれる方があります」


「それじゃぁ弱い方から当たりましょぉかぁ。

 あ、美鈴さん紅茶飲んで。飲んでぇ」


 零夜は美鈴に紅茶を勧めた。瑞希も椅子に戻った。


「そういえば……美鈴さんがネクストドアネイバースをお知りになったのって最近なんですか?」


 二十年の間一人でずっと悩んでいたのだろうか。


「はい……というより、意識がはっきりしたのは割と最近なんです。

 それまで死んだ直前の記憶で混乱して、痛くて……」


 瑞希はまた胸が痛くなった。


「それでよぉく悪霊化しなかったですよぉ〜。

 大したもんですねぇ〜。だぁっはっは〜」


 零夜は空気の読めない感じで笑った。




 瑞希達はすぐに動き出した。美鈴の案内でランタンの灯りを下に、大きなショベルを持って山道を進む。瑞希はややプルプルした。


「そういえばなんで弱い方から当たるんですか?」


 瑞希は零夜に訊いた。


「瑞希ちゃんいい質問だねぇ〜。

 それはね、強い方は頭。敵の本拠地の可能性があるからさぁ〜」


 瑞希は思わず足を滑らせた。零夜がすかさず支える。


「犯人はおそらくだけどぉ。美鈴さんの顔に執着してるんだよぉ。

 だから今も保存してる可能性があるのさぁ」


 軽薄な口調とは裏腹に、横から見える零夜の目は鋭い。

 瑞希達はやがて、森の中の一本の木に案内された。


「ここです。ここに引かれます」


 美鈴は木の根元を指した。瑞希と零夜はショベルで掘り始めた。瑞希はすぐ腕がプルプルなりだしたが、一生懸命掘り進めた。

 間も無く、何かがショベルの先に当たった。

 零夜が屈んで丁寧に土を払う。

 そこには土に汚れた骨があった。瑞希は手を合わせると、そっと骨を持ち上げた。


「美鈴さん……」


 瑞希は骨を見て呟いた。瑞希と零夜は美鈴の遺骨を丁寧に遺体袋に収めた。


「さぁて……本拠地にぃ行くのは明日の昼間にしますかぁ」


「どうしてですか?」


 零夜の言葉に瑞希は首を傾げた。


「夜は犯人と鉢合わせするかもしれないからだよぉ」


 零夜はサングラスの奥の目を光らせた。




 翌日の昼まで仮眠をとって瑞希と零夜は再び美鈴の案内に従った。昼間の光の元で見る美鈴の姿は薄く透け、儚げだった。

 進むにつれ段々と美鈴の表情が固く、恐怖の影を見せ始めた。

 とうとう美鈴は立ち止まってしまった。


「怖い……」


 瑞希は美鈴の気持ちが痛いほど分かった気がした。


「だぁいじょうぶ。僕らがついてますよぉ。

 さ、行きましょ、行きましょ」


 と言ってなんと美鈴の背を押して歩き始めた。


「さ、触れるんですか?」


 瑞希は思わず訊いた。美鈴も、信じられないと言った表情をしている。


「じゃなきゃぁ霊能力者やってないよぉ〜。

 だぁっはっはっは〜」


 零夜はそう言って大笑いした。

 間も無く都内の小さな一軒家に辿り着いた。


「それじゃぁ美鈴さんはここで待っててくださいねぇ〜」


 と美鈴を外で待たせて、零夜は素早く辺りを見回し、人がいないことを確かめてから瑞希を連れて門をから中へ入った。

 裏口へ回る。零夜はピタリと壁にくっついて耳を当てた。


「うん。今は居なさそうだねぇ。

 それじゃぁ瑞希ちゃんのピッキングの練習しよっかぁ〜」


 瑞希は頷いた。

 霊能力者は自身の魂の力を引き出して、身体能力を格段に上げられるらしい。


 羨ましい限りである。


 瑞希はカバンから細い細い棒を取り出した。一つは真っ直ぐ。もう一つ鉤状に曲がっている。

 二つの棒を鍵穴に差し込む。真っ直ぐな方の棒を上下に細かく動かし、奥へと差し込んでいく。最深部まで到達したら鉤状の棒を左右に動かした。

 カチリと手応えがあった。


「よぉく出来ましたぁ」


 零夜が瑞希の頭を撫でた。

 ドアを開ける。二人は靴を脱いで手に持ち、そっと上り込んだ。

 なんてことはない一人暮らしの人の家に見える。

 零夜は壁を指で叩いて回った。


「いいかぃ?隠し部屋はこうやって壁の音を叩いて探すんだよぉ。後は床かなぁ。

 響く音が違う。そこに部屋がある証なんだなぁ」


 瑞希も零夜の壁を叩く音に耳を澄ませた。音が変わった。


「あったあったぁ。さぁて仕掛けはっとぉ。

 分かりやすいな」


 零夜は壁に掛かった時計を指さした。そっと外すと、後ろの壁にレバーが隠されていた。

 零夜はレバーを引いた。壁が回転ドアのように開いた。二人は隠し部屋に踏み入った。

 何もないただの壁と床のある空間を通り過ぎて角を曲がった途端、瑞希は両手で口を覆った。


「こぉれはちょっと予想外だねぇ……」


 壁の備え付けのような棚に人の首、首、首、首、首。恐怖、苦痛で歪み切った今にも絶叫が聞こえてきそうな形相の首が五つ。ホルマリンに漬けられて並んでいた。その中に美鈴の面影を残すものもあった。

 他にも誰のものか分からない腕や脚、大きな水槽に入った胴が幾つも部屋中に置かれていた。

 瑞希は最早吐き気すら忘れた。




 隠し部屋を元通り閉めて、二人は外へ出た。

 瑞希はあまりのことに言葉を失っていた。

 零夜はドアを閉めると手を振った。シャンっという音がして半透明な鍵が現れる。


「霊錠っていうんだよぉ」


 零夜は説明して鍵を差し込んだ。カチリと音がして鍵が閉まった。


「霊能力者の能力の一つでね。自由に鍵が作れちゃうの。

 便利でしょぉ?」


 零夜の言葉に瑞希は頷いた。零夜は微笑むと瑞希の背を押して外へ出た。家を離れる。


「どう……でしたか?」


 外で待っていた美鈴が訊いた。


「ありましたよぉ。ただ、他にも被害者がいた」


 零夜の目が鋭くなった。美鈴は手で口を覆った。


「この案件はちょっと大掛かりになりそうだ。

 ちょっと課長に電話してくるよぉ」


 零夜はそう言ってその場を離れて行った。

 瑞希は隣に立つ美鈴に向き直った。だがなんと言葉をかけていいのか分からなかった。

 その時後ろから声がかけられた。


「ちょっとそこの君、道を尋ねたいんだけど……」


「あ、すいません。私、通りすがりで、この辺に詳しくなくて……」


 美鈴が凍りついたような顔をした。


「逃げて!!!」


 瞬間、瑞希の口に布が押し当てられた。瑞希は咄嗟に後ろに飛び退いて、カバンを漁った。

 水のボトルを取り出して、栓を抜いて水を操る。

 圧縮した水の弾丸を瑞希に声をかけた男に放った。その時、瑞希の視界がぐらりと揺れた。弾が逸れ、男の肩と頬を掠める。


「君、君君君君はなんて不思議な人なんだ。

 昨日、林の中で見かけた時、掴みどころのない君の雰囲気にとても惹かれたんだ!

 僕は君の美しい顔が見たい!!!!」


 こいつが美鈴を襲った張本人に違いない!


 瑞希は水を纏って宙を飛んだ。揺れる視界の中、弾丸を放つ。弾が男を逸れてコンクリートに穴が空く。


「なんて幻想的なんだ!!!」


 男が叫んだ。

 男の膝の関節を狙った弾が逸れて太腿を傷つけた。


「美しい……美しい顔が見たい!!!

 僕は僕は僕は僕は!!!どうすればより美しい顔が作れるか研究した!!!成果を上げたんだ!!!」


 この男は狂ってる。


 瑞希は男をキッと見据えた。

 だがそこで瑞希の視界が一際(ひときわ)大きく揺れてとうとう落ちた。地面に膝をつく。それでも水の弾丸を放った。弾が男の腹を突き抜けたが、男は気にせず歩み寄ってくる。


「薬が効いてきたんだね。

 大丈夫。君は誰よりも美しくなれる」


 男の距離が瑞希の手前、あと一歩となったその時、男の側頭部に誰かの足がめり込んだ。

 男が吹き飛び、壁に激突する。零夜だった。


「いやぁ瑞希ちゃんごめんねぇ。怖い思いをさせちゃってぇ。

 こぉれは(みやび)くんに怒られちゃうなぁ」


 零夜はそう言いながら男にツカツカと近寄った。

 片腕で胸ぐらを掴み上げる。男は血まみれになっていた。


「おい、この最低最悪のくそ野郎。

 お前、簡単に楽になれると思うなよ。被害者と同じ痛みを、苦しみを、命を吸われながら未来永劫味わい続けろ」


 いつもの声の調子を数段低くしてサングラスの上から睨みつけた。





 眩暈の落ち着いた瑞希が霊水を張り巡らせ、魔法課と事後処理課の到着を待った。


『縛』


 零夜が男の胸に札を貼り、短く唱えた。男がピンっと気をつけの姿勢になって固まった。そのまま地面に転がされる。


「本当に……本当にありがとうございました……!!」


 美鈴が真珠色の涙を零しながら零夜の手を握った。零夜は美鈴に抱擁(ほうよう)した。


「温かい……」


 美鈴がうっとりと目を細めた。涙がまたひとつ零れる。


「いやぁ終わり良ければ全てよしってねぇ。

 無事になんとかなりましたよぉ。体の方は僕らが責任持って弔いますからねぇ。

 安心して成仏してください」


 零夜の言葉に美鈴はコクコクと頷いた。美鈴は抱擁を解くと瑞希に向き直った。


「瑞希さん……あなたも本当にありがとう……。

 私の気持ちに寄り添ってくれて嬉しかった……」


 美鈴の体が淡く光り始める。美鈴はひんやりした体で瑞希を包むようにした。


「あなたの淹れてくれた美味しい紅茶、忘れません。

 ありがとう……」


 そう言って美鈴の体が光になって弾けた。

 空へと昇っていく。


「今度は幸せになりなよ……」


 零夜がそっと呟いた。


「……天国ってあるんですか?」


 瑞希は涙を拭いながら零夜に尋ねた。


「あるよ。天国ってよりは待合所みたいな感じかなぁ。

 たまに前世の記憶がある人に出会うんだよねぇ。

 結構快適みたいだよぉ」


 そう言って零夜は丸サングラスを外して赤い瞳でにっこり笑った。

『逢魔が刻』って文字を打とうとすると、変換の一番上が『お馬がドキドキ』になります。解せぬ。

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