第二十四話 もう一つの世界
瑞希は魔女が死んだと同時に再び意識を失い、数十分後に目を覚ました。
雅が元に戻った瑞希を抱きしめる。
「雅……今回のこと……」
ことの経緯を聞いた瑞希が口ごもった。雅は何も答えず抱き締め続ける。
しばらく二人で抱き合っているとようやく雅が口を開いた。
「俺は長く生きてきた。生身でも殆どの場合が傷も残らないような体質だ。
だがお前は違う。まだ十七年しか生きていない。人魚の姿でないお前は普通に死ぬ。
今回のことも魔女の能力を考えれば、後一瞬でも触れる時間が長ければ、お前は消滅していたかも知れない」
「……はい」
雅はギュウッと瑞希を抱く力を強めた。
「今回は危機に陥った俺に全面的に責がある。
だが、これからも戦うつもりなら、お前はお前自身のことを一番に考えてくれ。
俺を囮にして好機を掴むくらいに」
「でも……」
そんなこと出来ない。
瑞希はそう口にしかけた。
雅はそっと瑞希から体を離すと、肩に手を置いて大きな金色の瞳でじっと見つめた。
「そうしてくれなければ、俺はお前と共に戦えなくなる」
いつも以上に真剣な眼差しに瑞希は言葉を詰まらせた。
「俺のことより、お前自身の身を一番に守りながら戦う。
そう約束してくれ」
「……はい」
瑞希が戦う上で雅が譲歩できる上限がここなのだ。
瑞希は頷いた。
すると雅はもう一度瑞希を抱き締めた。瑞希の首元に頬擦りをする。雅のふわふわな髪が頬に当たった。
「お前が倒れた時、世界が終わったかのようだった。
お前が記憶を失って、俺を忘れた時、気が狂いそうだった。
お前を失う。それが俺の命を奪うと考えてくれ」
「はい。ごめんなさい」
瑞希は目を潤ませた。雅は再び体を離すと瑞希にそっと顔を近づけた。
「お二人さーん。そろそろこっちの世界に戻って来てもらえませんかね?」
大勢のギャラリーの内の一人。明が声を掛けた。瑞希は頬を赤らめた。
雅が眉を下げ、顔を真っ赤にして背ける。叶芽がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「いやあ……すいませんねぇ。
後処理やらなんやらしてもらわなくてはなりませんからねぇ」
叶芽はたっぷり含みを持たせてそう言った。
何日間か掛けて報告書を上げた後、瑞希は叶芽に相談室へ呼び出された。
「お忙しい所すいませんね」
遅れてやって来た瑞希にアイスティーを差し出しながら叶芽が言った。
「いえ、そんな……叶芽さんの方こそお忙しいのに……」
瑞希がアイスティーを受け取りながらそう言うと
「なんの。皆さんが優秀なのでそんな事はありませんよ」
とアイスティーを一口飲みながら話した。
「さて……今日ここにお呼びしたのは、ある事をお話しするためです」
アイスティーを飲んでいた瑞希は居住まいを正した。
「サポート課に異動したあなたにも知っておいてもらわなければならない話です」
叶芽はスラリと長い脚を組んだ。
「それでは一つ。昔話をしましょう」
叶芽の切長の目が瑞希の目を捉えた。
「昔々。遠い昔のことです。
魔女達の故郷の異世界と我々の住む現実世界は一つでした。」
叶芽はそっと目を閉じた。
「エルフ、ドラゴン、狼人間、人魚やその他沢山の隣人達が二つの世界に共通しているのはそのためです」
アイスティーを手に取って一口飲む。
「こちらの世界は別れた時、一番多かったのが人間だと言われています。
その内、こちらの現実世界では人間と科学が栄え、それに合わせるようにして隣人達は姿を隠し、溶け込んで行きました」
叶芽が訥々と語る。瑞希はその話に引き込まれていった。
「それによって我々は昔の、世界が一つだった頃の物の見方を忘れてしまいました。
突如先祖返りした者達や太古より生きるドラゴンや、エルフなど以外は。でも、それだけです。
それぞれの種族に細々と、受け継がれる伝承や、習わし、魔法の名残はあるものの、隣人の世界のことの多くを忘れてしまったのです……。
精霊、幽霊が見えなくなったのもそのせいだと言われています。
入社の儀式で掛けられる魔法はそれを思い出すためのものでもあります」
叶芽はアイスティーをまた一口飲んだ。
「それでは向こうの、異世界はどうでしょう?
向こうの世界は別れた時、隣人を多く引き継ぎました。
向こうの世界の人間と隣人は常に隣にあるもの。切っても切り離せぬ存在でした。それぞれの種族が独立して生態系を作りながらも、隣人は人に魔法を与え、人は器用な手先で、知恵で、隣人と助け合う。そんな世界。
太古にあったものの見方を忘れることもありませんでした」
叶芽は目を開けるとアイスティーを置いた。
「隣人と隣にある、常に魔法に触れていた人間達の中に、ある時から強靭な肉体と、高い魔力、そして永遠の若さを持つ者が現れるようになりました」
アイスティーに目を落としたまま叶芽は続ける。
「人間の中に生まれるその存在は不思議と女だけ。他の人間と交わってもできる子は必ず女でした」
叶芽は膝の上で指を組んだ。
「高い魔力で魔法を扱う彼女達は人間達の中心的存在となりました。人は増えやすい。あちらの世界でも人間の数が次第に増しました。
彼女達の存在によって、増え続ける人間にとって、隣人はいらない、邪魔な存在となりました。
彼女達を先頭に、隣人と人間の生存戦争が始まりました。
勝ったのは数の圧倒的に多かった人間。彼女達を王とした。人間の支配する世界が出来上がりました。
隣人は殺戮され、虐げられ、滅亡寸前となりました」
叶芽は脚を組み替えた。
「しかし世界にとって隣人はなくてはならないもの。あちらの世界はパワーバランスが崩れ、滅びようとしています」
そこで叶芽は目を上げ、真っ直ぐ瑞希を見つめた。
「それが魔女のルーツ。箱庭で繋がった、滅びゆくその世界を我々は箱架界と呼んでいます」
瑞希は目を瞬かせた。
しばらくして呆然としたまま瑞希は口を開いた。
「それじゃあ……魔女の世界征服の目的って……」
叶芽は静かに頷いた。
「彼女達の目的は人類の滅亡。
こちらの世界の人間を選民的に殺戮して、空いた所に箱架界の人間を移そうという腹づもりです」
「隣人を売り捌くのは……?」
瑞希が問うと叶芽は目を落とした。
「資金稼ぎと隣人の確保のためです。
一見矛盾しているように思えますが、彼女達はコレクターに隣人を売り付けながらも、殺せなくなるよう、次第に洗脳していきます。
時にはコレクターを殺して人形とすり替えて、売りつけた隣人を回収することもあります。
彼女達は隣人との共生ではなく、捕らえて支配することによって、世界のバランスを保とうとしています。
同じ過ちを繰り返すということにも気付かずに」
「資金稼ぎをするのは?」
瑞希の問いに叶芽はまた一つ頷いた。
「箱架界と現実世界をつなぐためのゲートと器作りのためです」
「器……?」
叶芽はアイスティーを取り上げると弄んだ。
「魔女達以外の人間は彼女達ほど強靭ではありません。
強靭な肉体と魔力を持つ魔女達ですらこちらに渡るとその能力を半減させる。
あちらの普通の人間は異世界への移動に耐えられない」
「半減……」
こちらでの魔女の能力が半減した状態であることが瑞希には信じられなかった。
「そこで編み出したのが魂だけをこちらへ連れてくるという方法。その魂の器、肉体作りをするのです。
ここで人魚が必要となります」
「何故ですか?」
叶芽は瑞希を流し目で見た。
「あちらとこちらは時間軸が違う。
魂を移すためには時間の流れに影響されない肉体が必要となります。
そのための研究、肉体作りの材料として彼女達は血の濃い、完全な人魚を切望しています。
完全な人魚でなくても、目の色を変えて収集しようとします」
瑞希は吐き気がした。
「精霊達を狩るのも彼らが持つ膨大なエネルギーをゲートの作成、維持に用いるためです」
叶芽は瑞希の視線を捉えると真っ直ぐ見つめた。
「あちらの世界とこちらの世界の生き物は相容れない。互いが互いに毒となります。
魔女達は現実世界の私たち全ての敵となる者です」
瑞希も叶芽の銀色の瞳を見つめ返した。
「箱庭の魔女を倒してゲートを閉じる。
彼女達にこの世界で同じ過ちを繰り返させない。
それが我々ネクストドアネイバースの使命です」
瑞希は力強く頷いた。
「もう一つお話ししておくことがあります」
叶芽がアイスティーに口を付けながらそう言い出した。
「なんですか?」
瑞希は飲んでいたアイスティーを下ろした。
「魔女の特性についてです」
瑞希はまた居住まいを正した。
「今回我々を誘き出すような手を使った魔女が、なぜ、大勢でやって来なかったか分かりますか?」
「全然気が付きませんでした。一対三でもあんなに苦戦するのに……」
瑞希は首を振った。
「魔女は近くで複数戦えません。
彼女達の能力は異世界のもの。この世界にはないものです。
いわば世界の異物である彼女達が近くで複数戦えば排除しようとする世界の意思が働きます」
「世界の意思……」
叶芽は頷いた。
「世界には意思があります。気まぐれですけどね。
この世界に盛える者がいなくなって、彼女達が異物だろうがなんだろうが、こちらの世界で覇権をとってしまえば、世界は彼女達を認め、それもなくなることでしょう」
「そんなことがあるんですか……」
瑞希は途方もない話にくらくらしそうだった。
「後はそうですね……。魔女は機械に弱い」
「はい?」
瑞希は世界の意思という壮大なものから、突如矮小なものへと成り下がった魔女の特性に思わず耳を疑った。
「弱いと言いますか、相性が悪いと言いますか……。
魔女はこちらの世界でで生まれた機械という物との相性が悪いんです。
カメラや携帯端末、車でも自分が動かすと壊れるし、それらが出す電磁波を魔法で遮ることも出来ません」
「だから携帯端末の位置情報が結界の中でも拾えるんですね……」
瑞希は半分納得したようなしてないような気分だった。
「それだけではありません。
魔女が機械を扱えないおかげで我々の顔も割れにくいですし、情報も伝わりにくい。
数々恩恵に預かっています」
「そうだったんですか」
思い返せば確かに、どの魔女も時間があっても、情報を共有している様子がなかった。
「まあ逆に魔女を写真や映像で移すことも出来ないんですけどね」
瑞希は吸血鬼か何かにそんな逸話があったことを思い出した。
「魔女と戦う時には杖をまず狙いなさい」
叶芽の言葉に瑞希は物思いから覚めた。
「どうしてですか?」
「魔女達は杖に頼る者が多いのです。
楔の一種である杖を媒介して術の発動時間を短縮したり、大幅に威力を増幅させたりします。
何より杖がないと魔女は箱庭に出入り出来なくなります。
しかし魔女が手にしている時は強化されて破壊しにくいのも確か。短時間で同じ箇所を数回狙わなければなりません。
それよりかはもぎ取って杖だけ破壊した方が見易いですよ」
そう言って叶芽はアイスティーを飲み干した。
「とれた?」
「見れた?」
「どうなったかしら?」
「時の魔女は……どうなったかしら?」
一人を囲むように金髪碧眼の仲間達が思うように腰掛けている。
「やられたわ」
足跡の魔女が口を開いた。仲間達がざわついた。
「時の魔女が?」
「信じられないわ!」
「彼女は強かったのに」
「彼女の死を……無駄にはしない。
しばし祈りましょう……」
中心の一人がそう言うと仲間達は目を閉じて胸の前で手を組んだ。
しばらく黙祷した後、一人が目を開いた。
「さあ……敵の情報を聞かせて……。足跡の魔女」
足跡の魔女は頷いた。
「今回確認できたのは二人。
風の魔女の時の狼と女だと思う。
狼は漆黒。人型の姿は見れなかったわ。
女は緑がかった黒髪に銀色の瞳よ。
狼はそれほど脅威を感じなかったけど、女の方はかなり危険。
時の魔女は何度も何かの拍子に動きが止まって体が灰色になりかけたわ。
近接戦闘もかなりできる感じ。
銃とナイフを使って戦ってた。戦いの後、カバンから蝋燭を取り出して火を灯すと、姿が見えなくなったわ」
そう言って足跡の魔女は杖を片手に持ち、両手を前に翳した。
金色の粉がどこからともなく現れ、舞い上がり、女の顔を象る。
陰影のみで描かれた顔はどこか見えにくいが、涼しげな目元のほくろと、高く真っ直ぐ通った鼻筋、三つ編みを後ろで丸く纏めた髪型などは見てとれた。
「黒い狼」
「女」
「銃」
「結界?」
仲間達が口々に感想を述べる。
「足跡の魔女……ありがとう。
女から……情報を辿りましょう……。
人形とこちらの人を使って……できるでしょう?洗脳の魔女?」
洗脳の魔女と呼ばれたベリーショートヘアの魔女が唸った。
「出来る……とは思わないで。
こちらの人は電磁波をすごく出す機械に頻繁に触れる。洗脳が解けやすいの。コレクターみたいにするならまだしも、敵にバレないように広く浅く洗脳をかけるのが難しいわ。
街に出た変化の魔女に「写真」ってやつを見せて。くらいならかけられるかもしれないけど」
中心の一人は仲間達を見回した。
「それじゃあ……変化の魔女と……洗脳の魔女でそちらはお願い……」
一人は変化の魔女と洗脳の魔女に頷くと前に視線を戻した。
「風の魔女の箱庭があった場所と……今回の場所は……離れているにも関わらず敵は現れたわ……。
敵の規模は全国に及ぶか……何かの移動魔法を持ってるのかもしれない……。
引き続き……情報を集めていきましょう……。
私は……ゲートの方をするわ。
皆んな……お願いね……」
一人の言葉に仲間達は頷いた。




