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第二十二話 出会い

 それはサポート課の夜当番の夕食を買い出しに行った時のことだった。


「遅くなちゃった。急がなきゃ」


 瑞希(みずき)はのたのたと駆けていた。

 その時、ふと、音楽が耳に届いた。見れば暗めの赤い髪の青年が弾き語りをしていた。

 切ないメロディーの恋の歌を透き通るような声で歌う。


「わぁ……綺麗な声……」


 瑞希は急いでいたにも関わらず思わず足を止めて聴き入った。

 曲が終わり、辺りを囲んでいた人たちから拍手が起こる。瑞希も心を込めて拍手した。青年と目が合った。

 青年は悲しげに微笑むと辺りに一礼して、片付け始めた。人だかりがバラバラと散っていった。


「はっ!

 こんな場合じゃなかった!行かなきゃ!」


 瑞希は急ごうと、振り返って人にぶつかった。


「す、すいません」


 瑞希は地面に転がって謝った。


「いってー!人にぶつかっといてそれだけかよ!」


 相手は倒れていないが不服そうに声を上げた。見ればガラの悪そうな男だった。


「ぶつかちゃってすいませんでした!」


 瑞希は立ち上がってペコリとお辞儀をして謝った。

 相手は顔を上げた瑞希をジロジロと上から下まで眺め回した。ズイと瑞希に詰め寄る。


「めちゃくちゃ痛かったんだけど。

 なんかお詫びしてもらわねーとなー」


 瑞希は困った。


「じゃ、じゃあそこのコンビニのアイスでも……」


「そんなんいらねーよ」


 男はズイズイ詰め寄ってくる。瑞希はジリジリ後ろに下がり、とうとう街路樹と生垣を後ろに挟まれて追い詰められた。


「コーヒーは……」


「だからいらねーって。

 それよりちょっとこっち来いよ」


 と瑞希の腕を掴んだ。引き摺られる。


「な、なんですか?困ります!

 あの、急がなくちゃいけなくて」


「うるせーなー。ごちゃごちゃ言ってねーで着いて来いって!」


 掴まれた腕が痛い。


と、男の腕に手がかけられた。


「やめなよ」


 ギターケースを背負った先程の青年だった。


「ああ?なんだよ。こっちの問題だっつーの!

 口出しすんなや」


 男が苛立った。


「見てたけど、前を見てなかったのはお互い様だよ。この子だけが悪いんじゃない。

 困ってるし取り()えず手を離してあげたら?」


「黙れって!」


 男が青年に向かって拳を振り上げた。


 危ない!


 瑞希が目を見開いたその時、青年が口を薄く開いた。

 不思議な響きを纏った音が響いた。歌詞はないけどそれは確かに歌だった。

 すると男の目がとろんとして、瑞希から手を離した。


「ああ、俺も前を見てなかったし、悪かったな」


 男は先程からの態度を(ひるがえ)して夢見心地な足取りで立ち去っていった。


「大丈夫?」


 瑞希が呆気に取られていると、青年が声をかけた。


「あっ……はい。ありがとうございました。

 今の……」


 瑞希の前に青年の細い指が立てられた。


「僕は何もしてないよ」


 そう言って青年は悲しげに微笑んだ。


「おいで。僕もこっちに用があるんだ。

 送ってあげよう」


 と瑞希の背中を押して歩き出した。

 しばらく並んで歩いてネクストドアネイバースが見えてきた。


「あの、ここで大丈夫です。

 もうすぐそこなので。ありがとうございました」


 瑞希が頭を下げると青年は手を振った。


「いいよ。気にしないで」


 そこで別れようとして青年と瑞希はまた同じ方向に歩き出した。


「あれ?こっちなの?」


 青年がきょとんとする。


「はい。こっちなんです」


 二人でそのまま歩いていく。まだ一緒だ。

 そして二人は並んだままネクストドアネイバースに入った。


「「あれ?」」


 二人で顔を見合わせる。受付で双子の妖狐のリコ、ルコが驚いた顔をしていた。


「「ただいま」です」


 青年と瑞希の声が揃った。


「「え?」」


 二人は顔を見合わせた。




 リコが素早く内線を繋ぎ何事か囁く。ルコが受付から出てきて青年の前に立った。

 二人が別々の動きをしているのなんて滅多に見ない。


「あ、あなたは……」


 ルコが言葉を詰まらせる。


「うん。ただいま」


 青年はルコに言いながらチラリと瑞希を見た。


「取り敢えずこちらへ……」


 ルコが青年を先導して入り口に暗証番号を打ち込み、社員証を翳して中へと消えていった。

 リコが電話を終える。


「何事ですか?」


 呆気に取られていた瑞希はリコに訊いた。


「今はまだ……なんとも……」


 リコは答えにくそうだった。


「瑞希さん。夕食はいいんですか?」


「はっ!」


 リコに言われて瑞希は自身の使命を思い出し、のたのた駆けてサポート課へ向かった。


「腹減ったよ〜」


「遅かった。何かあったのか」


 今日の夜当番の(あきら)(みやび)が口々に述べた。

 ネクストドアネイバースには夜当番というものがある。それぞれの課に最低三人。夜間の緊急案件に対応するためだ。

 瑞希は今日初めて夜当番をする。


「それが……」


 瑞希が説明しようとした時、サポート課のドアが開いて叶芽(かなめ)が入ってきた。

 叶芽はネクストドアネイバース日本支部の支部長。つまり日本に於いてネクストドアネイバースで一番高い権限を持つひとだ。

瑞希が雅の次に出会った社員であり、今の瑞希の保護者でもある。出会った当初からずっと瑞希に良くしてくれているメデューサの隣人だ。


「瑞希。ちょっと一緒に来て下さい」


「はい?」


 瑞希は夕食を雅に託すと叶芽に着いて行った。エレベーターを降りて、一階の相談室へ向かう。


「どうしたんですか?」


 瑞希が問うと叶芽はチラリと瑞希を振り返った。


「あなたにも彼に会って欲しいのです」


「彼?」


 瑞希が首を傾げると同時に叶芽が相談室のドアを開けた。

 そこには先程の青年がソファに腰掛け、冷たい麦茶を飲んでいた。ギターケースは後ろに立てかけてある。


「やあ」


 青年が手を挙げた。


「既に対面済みと言うことですか」


 叶芽が厳しい目を青年へ向ける。


「先程助けて頂いたんです。どういう事ですか?」


 問うと叶芽は瑞希に向き直った。


「瑞希。こちらは水音海(みずねかい)

 十年前、ここから姿を消した、現在あなた以外で唯一生存が確認されている人魚です」


 叶芽の紹介に青年、海は悲しげに微笑んだ。




 瑞希は目を見張った。


「あなたが……」


 ネクストドアネイバースには以前、瑞希以外にも一人、人魚が居たと聞いていた。配偶者を亡くした悲しみで姿を眩ませていたとも……。


 それが、彼なのか。


「やっぱり君がそうだったんだね」


 海は明るい不思議な色の瞳で瑞希を見つめた。


「社員証と書き置きを残しただけで退職の儀もせずに、十年間も姿を眩ませていたのに、一体どういう風の吹き回しですか?」


 叶芽の目は厳しい。

 海は悲しげに目を伏せた。


「水の精霊に聞いたんだ。

 僕以来初めての人魚がネクストドアネイバースに入ったって……。

 だから会いに来た」


 海の言葉に叶芽は腕を組んでため息を吐いた。


「こちらがどれほど探したと……」


「うん。ごめん。

 でもいずれ戻ってこようとは思ってたんだ」


 海は目を伏せたままそう言った。


「心配したのですよ。今までどうしていたのですか?」


 叶芽の目が少し優しくなった。


「最初は泳いで逃げてごめん。雅に追いかけられるのが分かってたから。

 あの人の思い出を辿って、全国を弾き語りしながら回ってきた」


 瑞希はその心中を思って胸を痛めた。


「気は済んだのですか」


 叶芽が訊くと海は床を見つめたまま頷いた。


「少し。まだ傷は完全には癒えてないけど」


「戦えますか」


 叶芽は質問を重ねた。


「僕は魔女を許さない。戦う」


 海の目が上がった。強い光を宿している。

 叶芽はもう一度ため息を吐くと、腕を解いて海に近づいた。


「社員証の再携帯を許しましょう。

 ですがくれぐれも復讐に囚われないように」


 そう言って(いたわ)るように海の肩に手を置いた。




 海がサポート課のドアを潜ると雅と明は驚いた。


「海!」


「……戻ってきたのか」


「うん。ただいま」


 海は小さく手を挙げた。

 一緒に入り口を通った叶芽が口を開く。


「課長には私の方から連絡しておきます。

 海、あなたは明日から来て下さい。

 今日のところは社員寮にお戻りなさい。あなた達の部屋はあのままです」


 海は悲しげに目を伏せた。


「うん。分かった。

 でも今日はもう少しここにいるよ。

 この子と少し、話したいからね」


 海は瑞希を見た。瑞希は自分を指してきょとんとしてしまった。

 海は空いてるデスクの椅子を引っ張ってくると瑞希の横に腰掛けた。


「何か訊きたいことはあるかい?」


 優しい目で聞いてくる。

 雅はデスクに瑞希の分の夕食を置くと、ちらちらとこちらを気にしながらも仕事に戻った。

 瑞希は少し考えた。


 訊きたいことはたくさんある。


「海さんの能力って何ですか?」


 瑞希は○ットモットののり弁当を頬張りながら、一番に気になったことを訊いてみた。


「僕の能力は歌だよ。

 歌でひとの潜在能力を引き出したり、逆に落としたり、意思をある程度操れたりするんだ。

 ひとの声の調子から心もある程度読める。

 後は歌を通して音波攻撃が出来るかな」


 瑞希は目を見張った。


「だからサポート課にいたんだ。結構補助的な要素の多い能力だから、常に誰かといなきゃだったんだけどね。

 次の質問をどうぞ」


 瑞希は考えた。


「人魚ってどうして十八になると掟を教えてもらえるんですか?」


 瑞希の質問に海は頷いた。


「それくらいになったらひととしてある程度落ち着く歳だってこともあるけど、十八歳というのは隣人の世界では一つの節目なんだよ」


「節目?」


 海はもう一度頷いた。


「隣人の世界では十八は成熟する歳。

姿を留める系譜の隣人はそこで成長を止めることが多いんだ。

 他にも、今まで普通の人間として生きてきた隣人が、突如能力に目覚めることもある歳なんだよ」


 瑞希はごくんと飲み込んだ。


「私の家系ではみんな人間として、ずっと生きてきたみたいなんですけど……」


 瑞希の言葉に海は優しい視線を返した。


「長いこと力を封印してきた家系ではそういうこともある。

 君の家系は代々言いつけをずっと守ってきたんだね」


 瑞希は納得した。次の質問に移る。


「人魚の掟ってどんなものなんですか?」


「そういえば君は……掟を知らないまま人魚になったんだね?」


 瑞希は頷いた。


「両親は生まれて直ぐに。母方の祖母にそれから育ててもらいましたが、十の時に事故で亡くしました」


「辛い思いを沢山したんだね」


 海は悲しげに目を伏せた。長いまつ毛が頬にかかりそうだ。


「人魚の掟はね、その家系の人魚のルーツや、能力について。人魚とはどんなものなのかという事を代々伝えるものなんだよ。

 他の家系の人魚の能力や、変身の条件、人魚の不死性についてや人魚の見分け方。

 人魚の血、肉、心臓についてや、人魚になった時の危険性について。

 人魚というものは、ということを語り継いでるんだ」


 瑞希はほーっと息を吐いた。


「知ってるかい?人魚と人魚は相性がいいんだよ」


 海はそう言って角度によってうっすらと赤みを帯びる、不思議な色の瞳で瑞希を覗き込んだ。

 雅がガタリと立ち上がり、ツカツカ近寄ってきて、海の椅子を思い切り引いて引き離した。

 海は少しきょとんとして、それから思い当たったように微笑んだ。


「そうか……。瑞希は雅の運命の人なんだね。

 やっと見つかったのか。よかったね。

 大丈夫そんな気はないよ」


 と言って雅を(なだ)めた。

 雅はしばらくじっと海を見ていたが自分のデスクに戻って行った。

 狼人間には長い人生に一人だけ。自分の全てを捧げる程に狂おしく愛しい、運命の相手が現れる。

 それは普通の人間であったり、瑞希のように隣人であったりする。


「さあ、他にも質問はあるかい?」


 海は瑞希に視線を戻すと膝の上で指を組んだ。




「海さんはどうやって人魚が発現したんですか?」


 瑞希が問うと海は微笑んだ。


「僕は十八の時。お風呂に入ってて能力が発現したんだ。

 僕の場合は塩水じゃなくてただの水でも変身するから。量も少しで済む。

 僕の一族の血は限りなく薄くて足に鱗が生えるくらいで済むんだ。陸で声も出るんだよ。

 僕は家系能力がかなり強く発現したんだけどね」


 そうだったのか。


「意図せず人魚になったなんて……大変じゃなかったですか……?」


「そうでもないよ。ネクストドアネイバースの事をすぐに知ったからね。

 僕も両親を事故で亡くしたんだ。掟を教えてもらった直後にね。

 だからネクストドアネイバースを頼った。

 ここなら十八のまま姿を変えられなくても何とかしてくれるからね」


 海は先程叶芽から渡された社員証を撫でた。


「あとは……そうだね……。

 家系能力は人魚の姿になった時の方が威力が絶大に上がるって知ってるかい?」


 瑞希はぶんぶん首を振った。

 人魚になった時、能力を使った事がない。というより人魚になった事自体が数少ない。


「いつか試してみるといいよ。

 でも、魔女の前ではやらない方がいい。

 魔女は人魚となると目の色を変えてかかってくるから」


「どうしてですか?」


 瑞希が問うと、海は微笑んだ。


「叶芽さんはまだ君には話してないんだね。

 でも、サポート課に入ったならもうじき教えてもらえるはずだよ」


「そうですか……」


 ネクストドアネイバースには中々謎が多いところがある。魔女にとっての人魚についてもその秘密の一つらしい。


「さて、今日はこれくらいにしようか。

 これからよろしくね」


 海はそう言ってギターケースを背負い直すと立ち上がった。

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