第十八話 能力テストII
水龍の案件を終えて瑞希は覚えたてのワードで報告書を上げた。瑞希は今度ワードとエクセルの二級検定を受けることになっている。
今までは精々掃除の日誌を書くくらいで、報告書を書くなんて初めてだった。なので少々たどたどしい感じになったがそこは大目に見てもらえるだろう。
報告書を上げて数日後、コーヒーを淹れていた瑞希は叶芽に呼ばれた。
支部長室へ行くと先に明が到着していた。叶芽が二人に椅子を勧める。
二人が腰掛けると叶芽は口を開いた。
「先ずは今回の案件ご苦労様でした。
無事に収めて下さってありがとうございます。
ただ、瑞希。もう少し危険を顧みたほうが良いでしょう。水龍が本気になっていたら命を落としていた可能性があります。」
「はい」
瑞希は少し俯いた。確かに無鉄砲だったかもしれない。
「ですが、よく頑張りましたね。
あなたが説得を続けて、水龍の本音を引き出したおかげで解決した。
明の報告書にそう書いてありましたよ。
初めて案件に関わったのに素晴らしい成功を納めましたね」
叶芽の言葉に瑞希は顔を上げて、頬を染めた。
仕事でこんなに褒められたのは初めてだ。嬉しい。
「他にも、あなたの能力についても驚きました。
かなりの深さの湖を割るほどの操作。
あなたには驚かされてばっかりですね」
叶芽は瑞希ににっこりした。
「あなたがどこまでの水を操れるのか、またテストしてみなければ……」
叶芽は紙に何やらメモをした。
「支部長。瑞希に俺が推薦した話はしないんすか?」
「推薦?」
瑞希は首を傾げた。
叶芽は流し目で明を見ると瑞希に視線を戻した。
「明はあなたのサポート課への異動を推薦しています」
瑞希は思わず明を見て自分を指さした。
「あなたの強大な能力と細かな心配り、水中での素晴らしい身体能力、諦めない精神が是非ともサポート課に欲しいとのことです」
叶芽はチラリと明に目をやった。
瑞希はまた頬を染めた。
そんなことを言ってもらえるなんて初めてだ。
「確かにサポート課には女性が少ない。
強力な能力を持ちながら、女性ならではの細かな気遣いの出来る人材が是非とも欲しい所。と、私も思うのですが……」
そこで叶芽は口を引き攣らせた。
「何せ、瑞希……あなたの陸での運動能力があまりにもあまりで……」
叶芽は瑞希の体力テスト表を明に見せた。
見せないで欲しい。
「酷え……」
明が憐れみを込めた目で瑞希を見た。
そんな目で見ないで欲しい。
瑞希だって精一杯頑張ったのだ。
「サポート課はある意味我が社の精鋭部隊です。
一人一人が高い戦闘力と身体能力を持っています。
そこにあなたが加わるとなると……ちょっと心配過ぎます」
叶芽はちょっと眉を下げた。
それを言われると瑞希も頷けなかった。陸でのポンコツ具合には瑞希自身も閉口だ。
「それについてちょっと思ったんすけど……」
明が手を上げた。
瑞希は再び水着姿でプールサイドに立った。叶芽と、明も一緒だ。
通りすがりに気が付いた雅も着いて来たがったが、叶芽に怒られてとぼとぼとデスクに戻って行った。
「先ずはこのプールの水、全てくらいをどの程度操れるのか。から見てみましょう」
叶芽の言葉に瑞希は頷いて、プールに向き直った。
ザザ、と音を立ててプールの水が持ち上がる。
瑞希は広い広いプールの水を全て、一滴も残さず掬い上げた。
「すげ……」
「圧巻ですね」
明と叶芽が思わずと言った様子で感想を漏らす。
瑞希は水を軽く撫でると細かに散らした。プール場全体の空気中に水の球体が浮かぶ。
叶芽が自分の近くに浮く球体に指を突っ込んだ。
瑞希は少し手を振ると水の球体の形を変えた。鋭い矢、球体、四角柱に三角錐。少量の水を液体に戻して瑞希の回りを舞わせながら、他の水を集めて狼の形にして群れで走らせたりした。
毎日コツコツコツコツと水を操る能力を使って来たので、扱いはかなり上達した。
「幻想的ですね……それに素晴らしい操作力です」
叶芽が褒めてくれて瑞希は頬を染めて顔を綻ばせた。
「でも、水を生み出す方はさっぱりなんです」
未だに一滴も生み出せない。
「うーん……あなたは目で視認できる液体しか操れないタイプなのかもしれませんね。
人の体内の血液も操れないでしょう?」
瑞希は頷いた。
叶芽の要請で雅に協力してもらって一度だけ試したことがあるがちっとも操れなった。
瑞希は狼の一匹を側に座らせて他を液体に戻して三人を中心として円を描くように宙を舞わせた。
水の操作はもうほとんど無意識下でできる。
「素晴らしい……これは明の案も期待できますね」
瑞希は頷いて水を静かにプールに戻した。
「俺の能力は念力で体を包むようにして持ち上げる。
強過ぎず、弱過ぎずするのがちょっとコツがいるところだが、慣れれば自由自在に空を飛べるようになる。
どんくせえお前でも水に乗って空を飛べりゃちょっとは機動力上がんじゃねえか?」
と言うのが明の言い分だった。
「でも、私以前に雅にカレーうどんのうどんをぶっかけちゃって……」
カレーの出汁は宙に浮かして難を逃れたが、固形のうどんはそのまま雅にかかってしまったのだ。
「んでも表面張力ってあんだろ。
あれを操ってその上に乗れたら出来んじゃね?
湖の魚は飛び出してこなかったじゃねえか」
「たまたまかも知れませんよ」
瑞希はちょっと自信が無かった。瑞希の液体は悉く固形物を突き抜けてきた。
「まあまあ。物は試しです。
先ずはやってみましょう。
魔女の体に穴を空ける物理攻撃が出来るのですから」
叶芽の言葉に励まされて瑞希はプールから水を汲み上げた。
足元に浮遊させる。
そっと足を乗せると突き抜けた。
「もっと水を圧縮してみたらどうだ?」
「表面だけ濃くするのもありですね」
明と叶芽が口々に提案する。
瑞希は先ず水を圧縮して小さな球体を作った。足を乗せる。
水は少しの抵抗を感じさせて足を通り過ぎた。
さっきより手応えが見えた。
瑞希は水の量を増やして更に圧縮して、両足が乗せられる程度の広さの水溜りを宙に浮かせた。
足を乗せる。今度は突き抜けることなく乗れた。が、少し動かしてみると滑ってすっ転んだ。
明の能力に助けられて頭は打たずに済んだ。
「もう少し大きくしてみるとか?」
「箱状にしたらどうだ?」
叶芽と明がそれぞれまた提案した。
瑞希はもう少し水を汲み上げると、足場を広くして箱状にした。
乗るとまたしても滑ってすっ転んだ。
「いっそのことブーツにして纏うとか!」
「それだ!」
叶芽の案に明が賛同した。
瑞希は水を足に纏わせて脚を潰さないように圧縮した。
動かすと今度は滑ることなく宙に浮いた。
「やったぁ!!」
瑞希は嬉しくなって水のブーツで宙を舞った。
自分の能力で空を飛べるなんて夢のようだ。
と、一回転しようと上下逆さまになったところで脚がブーツからすっぽ抜けて真っ逆さまに落っこちた。
「危っねえ!」
明の能力にまたしても助けられて地上へ下ろしてもらった。
ちょっと調子に乗り過ぎた。
ドキドキした心臓を宥めながら瑞希は反省した。
「うーん……上に支えになるものが欲しいな。頭に水纏うか」
「ちょっとそれではあまりに可愛くありません。腕に纏ってはどうですか?」
明の提案に叶芽が突っ込んで代案を出した。
可愛くない、かぁ……。
瑞希も頭の方を思い浮かべていたので叶芽の突っ込みで、あまりにカッコ悪いことが分かった。
瑞希は水を圧縮して脚と腕に纏わせた。宙を舞う。
今度は落ちてもいいようにプールの上で一回転してみた。
落ちない。
瑞希は宙をくるくると舞い飛んだ。
「水の妖精みたいで美しいですね……。
瑞希、降りて来てください」
叶芽に言われて地上に降りて能力を解除するとふらふら揺れてすっ転んだ。
「何だか以前より運動音痴感が増した気がするぜ」
「船揺れと一緒でしょうね。慣れです。慣れ」
明と叶芽が感想を漏らした。
瑞希が宙を舞いながら水の狼の群れを操る。
「同時に能力を使っても問題なし……っと」
叶芽がクリップボードにメモをした。
「これは本当にサポート課への異動を考えましょうかね……」
「だろ!?めちゃくちゃ良いじゃねえですか!!ウチに欲しい!!!」
叶芽の呟きに明はガッツポーズをした。
瑞希は頬を染めながら狼を二人の周りに走らせた。
「では最後に海に行きましょう」
「海に?」
瑞希は首を傾げた。
「ええ。水を操る能力の限界を図りましょう。プールの水じゃ足りないようですから」
叶芽は瑞希と明を乗せて海へと車を走らせた。
人気のない海の浜辺で叶芽がタンクから何やら透明な液体を撒いて回った。
「それは何ですか?」
瑞希が問うと、
「人避けの霊水です。蝋燭より広範囲の人避けの結界を張ります」
と説明した。
「人避けってどんな感じなんですか?」
「うーん……辿り着けないって感じでしょうか。
結界の辺りに来たら急に用事を思い出したり、方向を逸れてしまったり……。人によります。
他の効能と言えば霊水の外からは景色はそのまま中の様子が見えなくなりますし、音も出ません。ひとの意識から外れる。そんな感じです」
面白い。
と瑞希は思った。
「さあ、それでは瑞希。いよいよ本番です。
操れる限界まで海の水を持ち上げてください」
叶芽の言葉に瑞希は力強く頷いた。
ザザザと音を響かせて海の水を汲み上げる。
まだ行ける。まだまだまだまだまだ……
三人の前に山のように盛り上がった波が立ち上がった。
まだ行ける。
「ストップ!瑞希!!ストップです!!!
結界の範囲を超えます!!!」
叶芽が叫んで瑞希は海水を持ち上げるのを止めた。
まだ行けそうだ。
「瑞希……あなたって子は……」
叶芽が口を開けたまま呟く。
「島沈められんじゃね?
恐ろしい子!!」
明が茶化した。
瑞希は海水を手足に纏うと、宙を舞いながら持ち上げた海水をばらけさせた。
空中に散らせた球体が太陽の光を受けてきらきら光る。海水を操って狼の大群を走らせる。液体に戻した海水を踊らせた。
ああ、なんて気持ちいいんだろう!!!
瑞希は声を立てて笑った。
散々遊んで瑞希は地上に呼び戻された。
「俺も初めて飛んだ時そんなだったぜ」
明が「分かる分かる」と頷いた。
「海水を纏っても変身しないのは表面張力で弾かれて、塩水が直接体に着く訳ではないからでしょうね」
叶芽がメモを取りながら言った。
瑞希は頬を上気させながら頷いた。
「水のある所では無敵だな。あとは持ち運びか。
ポリタンク持って歩くのもなあ……」
明がそう言ってぼやいた。
「そちらは何とかなるでしょう。考えがあります。
さて……ここまで準備が整ってから言うのもなんですが、瑞希。あなたはサポート課への異動をしたいですか?」
明が固唾を飲んで瑞希を見た。
「もちろん異動後もあなたの教育は続くことをお約束します。
そのことを踏まえてよく考えてみてください」
「異動……したいです!」
瑞希はしっかりと叶芽を見つめた。
「今の……総務課も大好きです!
でも、せっかく持った自分の能力を最大限活かしたいんです!」
仕事にこんなにやりがいを感じるのは初めてだった。
「サポート課に異動するということは、魔女と戦うことも、討伐や、悪質なコレクターと対峙することも、残酷な場面に遭遇することも格段に増えるということです。
その覚悟がおありですか?」
叶芽は瑞希を見つめ返した。
瑞希はしっかりと頷いた。
「はい。まだまだ未熟な所も多くて足を引っ張っちゃうこともあるかも知れません。
でも、覚悟は今、出来ました」
叶芽はしばらくじっと瑞希を見つめたが、瑞希の意思が変わらないことを確認すると微笑んだ。
「それでは少し準備の手続きを終えたらあなたに辞令をお出しします。
検定の後になるでしょう。それまでしっかり総務で働いて、能力も伸ばしていってください」
「はい!」
瑞希は顔を綻ばせた。




