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第十七話 水龍の村(下)

 土砂降りの雨の中。二人と龍が対峙する。


「 ヴルルルルルルル……貴様ら……儂がが見えるな……隣人の世界の者か……」


「初めまして。

 ネクストドアネイバースのサポート課の動力明(どうりきあきら)と申します」


「初めまして。

 同じく総務課の魚住瑞希(うおずみみずき)と申します」


 白い鱗に覆われた長い長い体に、水色の瞳に、薄水色の立髪。立髪と揃いの長い髭に、口には牙がびっしりと並んでいる。角は茶色で、鉤爪も同じ色だ。

 神々しいまでの龍は二人を睥睨(へいげい)した。


「何の用だ。儂は今気が立っておる!!!!!」


 龍の瞳がビカリと危険な光を帯びた。


「あなたのお悩みをお聴かせください!」


 (あきら)が叫んだ。


「悩みなど無いわ小童が!!!!儂に……儂にあるのは怒りのみだ!!!!!!!!

 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」


 龍は再び咆哮を上げると、ザバアッと大きな水音を立てて空を駆け雲の間に消えていった。


「行っちゃった……」


「ん?」


 瑞希(みずき)が呟くと明が何かに気が付いた。見れば先程の龍が急降下してくる。


「やばいやばいやばいやばい!!逃げろ!!!」


 明が叫んだ。

 龍は明が叫ぶとほぼ同時にそのまま水面に突っ込んだ。

 ッザッッパーーーーーーーーーーンン!!!!

 と、とてつもない水柱が上がり辺りを押し流す。当然、瑞希も明も巻き込まれた。


 これは溺れるしかない。


 流石の瑞希でも、あまりに突然のことで何も準備が出来なかった。すると体が持ち上がり水面から引っ張り出された。


「ぶはっ!!!生きてるか!?」


「は、はい。何とか。ありがとうございます」


 瑞希は明の力で空を飛んでいた。


 いつか空を飛んでみたい。


 そんな願いが叶った訳だがそんな余韻に浸る余裕は無かった。断じて、今はない。


「あんのクソ龍!!殺す気か!!」


 明が悪態を吐くのを他所に瑞希は眼下の景色を見て顔を青くした。


「明さん!!」


 湖から溢れた水が鉄砲水となって下流の家々へ押し寄せていった。


「危ない……!!!」


 瑞希は目を覆いそうになった。

 鉄砲水は堤防をちょっとだけ乗り越えて家には被らずそのまま川を下っていった。


「よかった……」


「あの龍……危なねえな」


 明が眉を顰めた。


「危なかったらどうなるんですか?」


 瑞希が問うと


「討伐対象になる」


 明が顰めっ面のまま答えた。


「そんな……」


 瑞希が目を潤ませた。


「まあ、そうならねえように何とかするのが俺らサポート課だ。

 まだ何とかなる範囲だろ」


 そう言って明は笑った。




 村長に連絡を取って、二人は一番近くのネクストドアネイバースの子会社へ、ひいては統括本部を通って寮に着替えと荷物を取りに帰った。


「ひどい有り様ですね……何とかなりそうですか?」


 途中経過を報告しに行くと、びしょ濡れの二人を見て叶芽(かなめ)は眉を顰めた。


「ん。まだ何とも」


「とにかく怒ってる事だけしか分かりませんでした」


 渡されたタオルで顔や頭を拭き拭き、明と瑞希は各々答えた。


「怒れる水龍……危険と判断したら直ぐに連絡して下さい」


「無理はしません」


 明が答えた。


「水龍さんはなんであんなに怒っているのでしょう……」


 瑞希は深く考えた。


「間違いなく工事がトリガーだな」


「ですね」


 明と叶芽が頷いた。


「工事?」


 瑞希が問うと、


「工事で何かをどかした。何かを壊した。そう言ったことでトラブルを起こす隣人は多い」


「その何かを戻す、修復する、他所に安全に移すなどで納得すればよしです」


 明の説明を叶芽が引き継いだ。


「それでも納得しなかったらどうするんですか?」


 瑞希は質問を重ねた。


「その時はとっちめて弱らせて契約書を書かせた後解放か、討伐対象として対処します」


「そうならないように何とか頑張ります!」


 叶芽の答えに瑞希はふんすと鼻息を荒くした。




 水竜の湖の前で瑞希と明はキャンプすることになった。水龍がいつ現れてもいいように。

 湿気たこの地でも、きちんと燃える魔法の薪の炎でマシュマロを焼きながら、瑞希は考えた。


「あんなに怒って、危ない事をしてるのに被害者がゼロ。ここに何かあるんじゃないでしょうか」


「ん?どうしてだ?」


 明もマシュマロを二個一辺に焼きながら訊く。


「だってあんな鉄砲水を飛び込むだけで起こせるなら、こんなちっちゃな村あっという間に滅ぼせちゃいます。

 許せないけど滅ぼしたくはない。何かがあるんじゃないでしょうか」


 こんがり焼けてとろけたマシュマロを少し冷ましながら瑞希はじっと湖を見つめた。


「ん。確かにな。

 まあとにかく明日だ。お前はもう寝ろ。交代で番するぞ」


「はい」


 瑞希は返事してマシュマロを頬張った。




 翌日。瑞希と明は四月だというのに水着で湖の縁に立った。


「おい……本当に……」


「来ないのなら行くまで!です!」


 明の言葉に瑞希はふんすと鼻を鳴らした。


「深さも分かんねえのに……」


「明さんの能力があれば大丈夫です!水中の空気を集めて泡を作れるんでしょう?」


 明はそのことを言ったことを後悔したような顔をした。

 二人で準備運動をして、充分体を温めた後、いざ、水の中へ。


「冷てえよ」


 体半分浸かって明がぼやいた。


「そうですか?」


 対して瑞希はこれくらいの冷たさならへっちゃらだった。


「一人で行きます?」


 瑞希が自分を指さして訊くと明は諦めモードに入った。


「行かせられるか!(みやび)に殺されるわ!」


 言い過ぎじゃなかろうか。


 二人で水の中へ潜った。

 瑞希は人魚になる以前から、水の中でも目が良く見えていたが、人魚になってからはその鮮明度が上がった気がする。

 こぽこぽと泡が水面に向かって上がって行く。少し明るくなった髪が揺らいだ。脚を動かしてスイッと湖の底を目指して泳いでいく。

 明が遅れてついてくる。空気を集めて二人の顔の周りに泡の膜を張った。

 人魚の時に経験したことではあるが、水の中でも呼吸ができるのは不思議な気持ちだった。

 太陽が水面に揺れて水紋を作る。水草が揺れて泡が上がっていく。魚の群れがキラキラと光りながら通り過ぎていった。

 湖の中は美しかった。




 湖はかなりの深さで泳いでも泳いでも底につかない。段々と光が遠くなり、暗くなってゆく。

 と、その時。瑞希は水龍を見つけた。明を振り返る。明は頷いた。

 湖の底はまだ遠いが龍はとぐろを巻いて目を閉じていた。

 瑞希はスイッと龍に近寄ってそっと体に触れた。龍は跳ね起きた。

 瑞希と明を見てギョッとする。


「何の用だ!!!」


 龍の声が水の中に響き渡り、瑞希達の体に振動が通り抜けた。


「は・な・し・を・き・か・せ・て・く・だ・さ・い」


 瑞希は口の動きで言葉を伝えた。


「ふん!話など無いわ小娘!」


 ちゃんと伝わったようだ。


 瑞希は引かなかった。


「怒る理由は?」、「怒りの矛先は?」、「吐き出してみるのは?」「村を滅ぼすつもりですか?」などなど。


 質問するたび龍は鬱陶(うっとう)しそうに尻尾を振って、巻き起こした水流で瑞希達を追いやろうとした。

 それでも瑞希は水の中を舞うように泳いで戻り、言葉をかけ続けた。


「あなたは本当は村を滅ぼすつもりがないんじゃないですか?」


 その時龍が牙を剥いた。明が瑞希を引っ張って後ろにやった。


(やかま)しいわ小娘が!!!儂の怒りを理解しようなど千年早いわ!!!!」


 ビリビリと振動が体を通り抜ける。

 瑞希はそれでも前に出た。


「許せないけど、滅ぼしたくない何かがあるんじゃないですか?」


「うるっさいっわ!!!!お前なんぞに何が分かる!!!!!!!!

 湧き上がるこの怒りをぶつけて何が悪い!!!!

 約束を忘れ去り、破ったのは彼奴(あやつ)らだ!!!!!ああ、思い返しただけで(はらわた)が煮え繰り返るわ!!!!!」


 龍は一際大きく二人を追い払うとグングン上へ昇っていった。瑞希も後を追う。明が引き止めようとしたが置いていった。

 途中から明の作ってくれた泡がなくなったが、瑞希の肺活量を舐めてもらっては困る。

 水面から顔を出す。

 見上げれば遠くから龍がグングンと迫ってきていた。


「頭を……!!!」


 瑞希の周りの水がさざめく。


「冷やして……!!!」


 水が瑞希の周りを舞う。


「くだ!さい!!!」


 次の瞬間、湖がばっくり割れて両側に立ち上がった。湖の底まで。

 龍は突然のことに急停止し損ねて、湖の底へペシャンコにぶつかった。




 水を割ったまま瑞希は湖の底へ降りた。側にいつの間にか明がやって来ていた。


「すげ……。ところでお前……減圧症になるぞ?」


「減圧症ってなんですかっ?」


 瑞希はズンズンとペシャンコの龍に向かって歩いていく。


「水圧の高いとこから急上昇したらなる、痺れや痒み、極度の疲労感を伴う病気だ」


「明さんはならないんですか?」


 瑞希は巻き込んだかとちょっと不安になった。


「俺は大丈夫だ。自分の周りの空気に圧力かけて酸素集めてるから」


「そういえば……水は捉え所が無くて操りにくいのにどうして空気はできるんですか?」


 瑞希は気になったことを質問した。


「空気と液体じゃ感覚が違うんだよ。念力的な感触がな……」


「そうですか……あっ!」


 つるりと滑って転けかけて明の能力に支えられた。それでも水の制御は失わない。

 水龍の元へ辿り着いた。


「お、おっ前……おっそろしい事を……」


 ヨレヨレになった水龍が首を上げた。


「ショック療法です。頭は冷えましたか?

 お話を聴かせて下さい」


 瑞希がふんすと鼻を鳴らすと水龍は少し怯えた様子で頷いた。




「あった……」


 着替えた瑞希と明、水龍の三人は河川工事のあった場所からそう遠く離れていない山へ来ていた。


「これが……?」


 瑞希が問うと、水龍は頷いた。


「儂の恋石だ」


 瑞希達の目の前には巨大な岩があった。苔むした岩の下側には優しい面影の女性像が彫ってあった。

 龍はペシャンコになった後、少し素直になった。


「彼奴らは……約束を忘れ去り、儂の恋石を川から引き抜き、この山へ捨てた!

 古よりの約束を破ったのだ!!!」


 龍が吠えた。怒りがまた湧き上がって来たようだった。

 龍の抱える事情はこうだった。


 その昔。湖に棲む水龍は人の姿を取ってよく山を歩いていた。

 そこである日、足を捻った娘を助けた。

 娘はそれから山へよく来て水龍と話すようになった。

 水龍は娘の優しい温かな心に惹かれた。

 村へ降りて娘と娘の家族と暮らし始めた。娘と娘の家族達は心優しく温かく、水龍は幸せを感じた。

 水龍はやがて娘と結ばれて仲睦まじく暮らした。娘が寿命を終えるまで。

 娘が亡くなった後、水龍は湖から流れる川の中の岩に娘の姿を刻んだ。

 水龍と娘に子供はできなかった。だが娘の家族達には子孫ができた。

 その彼らを水災から守り、豊穣を約束して水龍は湖へと帰っていった。彼らが水龍の恋石を守り、(まつ)り、娘が寂しい思いをしないようにすることを引き換えに。

 だが時代が変わり、恋石に毎年できた米の酒を捧げるしきたりは忘れられ、水龍が村にいた頃の家を神社に建て変えてそこで祭りは行われるようになった。

 やがて恋石のことは忘れ去られ、去年の十月前。とうとう河川工事で引き抜かれ、山に捨てられた。

 ということだった。


「あなたのお怒りはごもっともです。恋石を湖に戻す。あなたの側にずっといる。祭りの由来を村人へ伝え、受け継いでゆく。

 その方法はどうでしょうか?」


 明が宥めるも水龍の怒りは収まらない。


「だが儂の怒りはどうなる!!!

 奴らは人間だ!!!忘れる生き物だ!!!

 また繰り返すに決まっている!!!

 儂には奴らを許す道はない!!!」


「じゃあどうするんですか?

 怒りをこのままぶつけ続けるんですか?

 いつか手元が狂ってあなたの大好きな人の家族の子孫を傷つけるかもしれないのに?

 村が滅びるまで続けるんですか?

 許せない所とあなたの大好きだった人の家族の子孫を守るって所の落とし所は見つけられないのですか?」


 瑞希の問いに水龍は唸った。


「確かに人は忘れる生き物です。

 このままでは同じことの繰り返しになるでしょう。

 でも、今回私達があなたのことを知った。

 私達の会社は隣人だらけです。受け継ぐことができます。

 あの村の人達が忘れそうになったらずっとずっと伝え続けられます。

 祭りの由来も、恋石のことも……。

 それができます。

 そうですよね?明さん?」


「おう」


 短く返事して明は微笑んだ。




 明の能力で運ばれた恋石が湖の側へ置かれた。少しだけ湖に浸かった女性像が微笑んでいる。


心なしか嬉しそうだ。


「これでもう、寂しくないですね。

 だってあなたがずっとそばにいるんですもの」


 瑞希の言葉に水龍は牙を剥き出して笑った。


「ああ、儂には重くて運べなかったから助かった。礼を言う」


 瑞希もにっこりした。


「恋石の由来も、あなたとの約束も、村の祭りの由来も受け継いでいきます。

 我が社が責任を持って」


 明がそう言うと龍は頷いた。




 湖から引き返しながら瑞希はふとした疑問を口に出すことにした。


「明さん。どうしてあんなに細かに写真を撮ったんですか?」


「証拠だ。今回は村からの依頼という形だからな。

 金をもらうことだし、きちんと残しとかねえとな」


 明はカメラを翳した。


「でも、岩が浮いてる写真なんて見せたら大変なことになるんじゃ……」


 そこで明はニヤリとした。


「そこは魔法でちょちょいのちょい、だ。

 重機が入って運んだような写真に出来上がる。

 重機が入ったという記憶と証拠を作るから問題なし」


「なるほど……そんなことが……。

 こういうことよくするんですか?」


 瑞希が問うと


「必要とあらばな」


 と答えた。瑞希は以前ピッキングした雅が同じことを言っていたことを思い出した。


「今回お前は良くやったと思うぜ。

 龍を激怒させた時にゃどうしようかと思ったけどな。

 結局、(かたく)なな龍を頷かせて、話を聴き出して、納得させた。契約書で縛るよりずっと良い。

 お前どんくせえけど案外サポート課向きなんじゃねえか」


 瑞希は「えへへ」と照れた。


「そういえば……契約書って何ですか?」


「ん。契約書はな、魔法の用紙に真名を刻ませて、悪さをもうしないって内容の契約を結ぶものだ。

 この縛りを破ると契約破棄となってこちらが契約書を処分することになる」


 明は少し顔を正した。


「処分するとどうなるんですか?」


「死ぬ」


 明の答えに瑞希は息を飲んだ。


「もうどうにもならねえ時の手段だ。

 それすらも出来ねえとそのまま討伐することになる。

 なるべく使いたくねえけどな」


 明は伸びをした。


「やーれやれ。今回の龍は頑固もいいとこだったけど一先ず片付いて良かったぜ」


 瑞希も頷いた。

 湖で恋石に寄り添う水龍の姿を思い出すと気分は晴れやかだった。




 数日後。現像した写真を持って、魔法課の人に同行してもらい、村長にことの経緯と、水神の伝承、恋石の由来、祭りの意味、怒りの理由を話すと驚かれたが無事納得してもらえた。

 村長は村人に伝統を伝え、守ることを約束した。代替わりの時にはネクストドアネイバースの職員を派遣する事も。

 彼らはこれからは平穏に暮らせるだろう。

 水龍の守る実り豊かなこの村で。

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