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第十五話 初任給でプレゼント

瑞希(みずき)さんの頼みとあっては仕方ないっすねーー!」


「お手数お掛けしてしまってすいません。

 今日はよろしくお願いします」


 今日もニコニコの又吉(またきち)に瑞希はペコリと頭を下げた。

 瑞希は仕事に復帰した。それから間も無く戸籍の用意ができたので、銀行口座もできた。

 銀行口座が出来たということは……


「いやー!初任給でみんなにプレゼント!

 いいっすねー!」


「いつもお世話になってるので」


 瑞希はにっこりした。


 先月は色々あって出社したのがほんのわずかだったので、お給料をもらうのがなんだか心苦しいくらいだった。

 それでも初任給は初任給だ。


 瑞希と又吉は車に乗り込んだ。


「それでは隣人のお店と人間のお店の入り乱れる街へレッツゴーっす!」


 そう言って又吉は車を急発進させた。

 カーブの連なる山道を猛スピードで降っていく。


「又吉さんっ!対向車が来たらこれっ」


「あっはっはっはー!爽快っすねー!」


 又吉は瑞希の言葉を聞いていなかった。

 瑞希は悲鳴を上げた。




 瑞希はよろよろと車を降りた。


「あれー?瑞希さん大丈夫っすか?酔っちゃいました?」


「大、丈夫、です」


 死ぬかと思った。


 又吉の運転はとんでもなかった。


 カーブは車が傾くほどのスピードで曲がり、並行く車はごぼう抜き。対向車や看板等とと何度ぶつかると思ったことか。


 いつも叶芽(かなめ)の安全運転に慣れていたから尚更だ。


 よく警察に捕まらなかったものだ。


「ほらほらこっちっすよ!」


 当の本人は呑気なものだ。


 絶叫マシンとはこういうものなのだろうか。


 それなら絶対乗りたくないと瑞希は思った。


「やーおいらもね、妹連れてよくここに来るんっす!

 だからちょっと詳しいっすよ!何が買いたいっすか?」


 又吉の妹はここに来るたびあの運転で車に乗らなければならないのか。


 そう思うとちょっと可哀想だった。


「それが……まだちょっとよく分からなくて。色々見て回れる所ってありますか?」


 瑞希が問うと、又吉はにっこにこになった。


「あるっすあるっす!人のも隣人のも一辺に見れるとこ!」


 そう言って又吉は瑞希をデパートに連れて行った。中に入ると人でごった返していた。

 又吉は瑞希の歩調に合わせて逸れないように先に立って歩く。

 人の間を歩くのが上手い。


「なるべく、自然に。立ち止まらず歩いてくださいっす」


 人がばらけて来たところで又吉が耳に寄せてそう言った。


「どういうことですか?」


「こういうことっす!」


 瑞希が訊くと又吉は瑞希の背中を押して柱に向かってズンズン進んでいく。


「ぶつか……!」


「らないっすよ!」


 瑞希と又吉は何もなかったかのように柱を通り抜けた。


「え?えっ?」


 瑞希が何度も柱を振り返ると又吉は楽しそうに笑った。


「あっはっはっは驚いたっすか?無理もないっす!」


 柱の向こう側は一見表のデパートと変わらなかった。

 でもいるひとが違う。一見して隣人と分かる格好のひと達が店を見たり、レジに立ってたりした。


「隣人デパートにようこそっす!」


 又吉はそう言って手を広げた。




 二人であちこち見て回って何がいいかを吟味した。

 総務課の皆んなには『地獄の(煮えたぎる)釜湯!!!』と書いてあった可愛い飴のように包まれた入浴剤と、美味しそうなフィナンシェを買った。総務部は全員が甘党なのだ。


「これ……なんだろう」


 瑞希は大きな瓶に入った沢山の艶々したビー玉みたいなものを覗き込んだ。

 飴だろうか。


「それはお酒ですよぉ。

 グラスに幾つか入れて水を注ぐと泡立ってお酒に早変わり。

 甘めでフルーティーな味なので美味しいですよぉ。女性に人気です」


 瑞希の呟きに、全身毛むくじゃらな隣人店員が答えた。


「すごいですね!」


 こんなお酒わくわくする。まだ飲めないけど。飲んでみたい。


「叶芽さんのこれにしようかな……又吉さんどう思います?……又吉さん?」


 そう言って振り返ると又吉は店の奥で何やらじっと見ていた。

 そっと側に寄ると『超濃縮!またたび酒※決してロックでは飲まないでください』と書かれた小さな瓶をじっと見ていた。お値段は手頃だ。


「ん?どうしたっすか?」


 又吉は瑞希に気付くとくるりと振り向いた。瑞希は又吉の背中を押して店外まで連れていくと


「ちょっとだけ待っててください。店内から絶対出ませんから!」


 と言って又吉を待たせた。

 引き返して小さなまたたび酒を買おうとレジへ向かった。


「お客さん何歳です?」


 店員がじっと瑞希を見つめる。毛で目は見えないけど。


「十七です」


 瑞希は素直に答えた。


「ご自分で飲むんじゃないですよね?」


「はい。プレゼントに……」


 隣人の世界でもお酒は二十歳からなのだろうか。


「なら大丈夫ですよぉ。ほら、若いうちって酔うと大変な事になりますから。ほら、尻尾出しちゃったりとか」


 店員は毛の上からでも分かるくらいににっこりした。


「いいものあったっすか?」


 又吉がにこにこして訊く。


「はい。とっても」


 瑞希もにっこり頷いた。




 大きな雑貨屋を見て回る。


「これ……叶芽さんにいいかもしれない」


 瑞希はマグカップを手に取った。又吉が覗き込む。

 白いシンプルなマグカップ。だが持ち手がユーモラスな可愛い蛇だった。


「ああーいいっすかもねー!」


 叶芽は瑞希が割ってしまってからというもの会社の据え置きのマグカップを使っていた。

 瑞希はマグカップの会計を済ますと雑貨屋を出た。

 残るは(みやび)の分だ。


 香水は鼻がいい雅からしたらとんでもないことになるし、マフラーはちょっと時期がズレている。

 お酒は飲まないと言っていたし、コーヒーはいつも真っ黒なタンブラーで飲んでいる。お気に入りかもしれない。

 ブランケットに、抱き枕……うーん……。

 タバコも吸わないしなあ……鼻にキツそうだ。


 瑞希は悩みに悩んだ。

 ケーキやお菓子なども悩んだがどうせなら消耗品よりずっと使ってもらえる物が良かった。


「雅さんの生態は謎めいてるっすからねー!普段からあんまり喋らないし。

 好きなもので一番に出てくるのはは瑞希さんで間違いないっすけど!」


 又吉の言葉に瑞希は少し照れて赤くなった。


「どうせならずっと使ってもらえるものがいいなって思うんですけど……」


 予算の問題もある。本当のところはいくらでも()ぎ込みたいところだが。


「それなら一旦ここを出るっすよ!」


 そう言って又吉は瑞希を隣人デパートに入って来た柱へ導いた。


 一人で来たら絶対迷う。


 瑞希には帰りつける自信がなかった。




 デパートを出ると二人でちょっと遅めの昼食を摂る事にした。


「やー雅さんのプレゼント迷うっすねー!」


 おしゃれなカフェで大盛りガパオライスとジンジャーエールを頬張りながら又吉が言う。

 瑞希はベーコンの大きなBLTサンドとカフェオレだ。又吉が奢ってくれた。


「本当に……何が欲しいのかな……」


 こんな事ならもっと訊いておけばよかった。


「プレゼントはこっちの気持ちっすよ!何をあげたいか、使ってる所が思い浮かぶか、相手の喜ぶ顔が見たいって気持ちで選ぶっす!」


 又吉の言葉に瑞希は微笑んだ。

 昼食後二人は街路樹の並ぶ道を歩いた。


「次行くところはアンティークショップっす!」


 又吉は道の角を折れて裏道に入った。


「お値段のお手頃でいい物があるかもしれないっす!掘り出し物ってやつっすね!

 おいらの妹もちょくちょくそんなのがないか見に来るっす!」


 そう言うと木造の小さな店に入って行った。瑞希も着いて中に入る。

 おばあちゃんの家みたいな古い木の香りに包まれた。


「わぁ……」


 不思議な形のランプが並んだテーブルに、凝った意匠の傘立て。ケースに入れられた様々な小物に、沢山の絵や、置き物。天井にはシャンデリア。

 なんだかファンタジーの世界に飛び込んだみたいだった。


「ここは普通に人間の店っす」


 又吉が瑞希に囁いた。


「いらっしゃい」


 入り口脇のレジに老人が座っていた。

 瑞希はペコリと頭を下げると店内を見て回った。ふと、ケースの前で足を止める。腕時計やアクセサリーの並ぶケースの中の万年筆が気になった。


「これ、見てもいいですか?」


「ああ、自由に見てくれていいよ」


 店主の言葉に瑞希はケースを開けて万年筆を繁々と見た。

 漆黒の本体に不思議な金色の装飾の万年筆は自然と雅を思い出させた。値段も手頃だ。


「ああーいいっすねー!雅さんぽいっす!」


「これください」


 瑞希がレジへ持っていくと、


「誰かへの贈り物かい?」


 店主が訊いてきた。瑞希は頷いた。


「じゃあ少し待っておくれ。これは箱に入れてあげよう」


 そう言って店の奥に引っ込んでいった。




「いやーいい物見つかってよかったっすねー!」


 寮まで送ってもらった帰り、シートにへばりついた瑞希に又吉が言った。


「瑞希さん、楽しかったっすか?」


 又吉の問いに瑞希は頷いた。


「とっても楽しかったです。

 誰かのためにプレゼントを考えるのって、こんなに楽しいんだなって思いました」


 瑞希の言葉に又吉はにっこにこになった。


「今日はありがとうございました」


 車を出て瑞希は又吉にまたたび酒を差し出した。


「えっ?おいらにっすか?」


 又吉は驚いた。瑞希は頷いた。


「今日のお礼と、日頃のお礼の気持ちを込めて。ほんの少しですが」


 瑞希がそう言うと、又吉は嬉しそうに受け取った。


「おいらもバスボールとフィナンシェと思ってたんっすけどね!嬉しいっす!ありがとうっす!」


 又吉が帰った後、瑞希は雅に電話した。


『どうした』


「お仕事お疲れ様です。ちょっとお渡ししたいものがあるのですが、出て来れますか?」


『行く』


 雅は短く返事すると電話を切った。間も無く駐車場に現れる。


「あの、これ……」


 と瑞希が黒い箱を差し出すと雅はそっと受け取った。


「初任給でプレゼントを買ってみました。開けてみて下さい」


 瑞希がそう言うと、雅は黙って箱を開けた。万年筆を手に取り、繁々と眺めた後、瑞希を抱き締めた。


「ありがとう。大事に使う」


 雅の言葉に瑞希は顔を綻ばせた。

 と、そこで雅が瑞希の髪に鼻をつけてすんすんと匂いを嗅いだ。


 くすぐったい。


「又吉の、匂いがする」


「雅をびっくりさせたくて、今日は又吉さんに連れて行ってもらったんです」


 瑞希が説明する間にも雅は瑞希の頭にぐりぐり頭を擦り付けた。


「何をしてるんですか?」


 瑞希が問うと、


「上書き」


 と雅は短く答えた。瑞希は近所の可愛がっていた猫が他の猫を触った後、必ずぐりぐりと頭を押し付けてきていたことを思い出した。


 猫みたいなとこもあるんだ。


 瑞希はそのままなすがままになっていた。


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