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第十三話 オークション

 花の香りがする。


 瑞希(みずき)の意識はふ、と浮上した。


 私……何してたんだっけ……。


 瑞希はぼーっとした頭で顔にかかった髪を払おうと、手を動かそうとしてガチャリという音とともに引き戻された。

 見れば、手首には厚い枷が嵌められて、鎖が透明なケースの上部へと繋がっていた。右手も、左手もだ。瑞希の頭に急速に記憶が蘇った。

 瑞希はガバリと立ち上がろうとして、足が尾鰭に変化していることに気がついた。足元のケースの底には青い花が散らされていた。


「ーー」


 瑞希は歯がゆい思いで呻こうとして、それもできないんだったと思い出す。

 水の精霊のこと、風の魔女、応戦しても遠く及ばなかったことを思い返して瑞希は唇を噛み締めた。


 あの水の精霊は無事だろうか。


 瑞希は自分の体を見下ろした。服は無く、胸に白い布が巻かれて、芸術的に青い花が飾られている。

 ケースの天井には照明がついて眩しく、前後左右の四方が透明で、外は暗く灯りが落とされていてよく見えなかった。左右の壁には下の方に空気穴と思しき穴が開いている。

 瑞希は無駄と知りながらもガチャガチャと鎖を引っ張った。


「あらあ?目が覚めたかしら?」


 魔女がコツコツとブーツを響かせながら、人形(ひとがた)を連れて歩いてきた。瑞希は魔女をキッと睨んだ。


 最初に出会った催眠の魔女より若い感じがする。


「今からね、始まるのはあなたのオークションよ」


 魔女がケースの周りをコツコツ歩く。


「完全な、生きてる人魚。莫大な価値が付くわ。私たちにとっても」


 どう言う意味だろう。


 魔女はまた瑞希の目の前に来ると立ち止まった。


「あなたの荷物を改めさせてもらったけど、それらしい情報がないのよね……。

 どう?自分から話したらあまり苦しませないようにしてあげるけど」


 それはそうだろう。社員証は本人が持たなければただのプラスチックカードなのだ。


 瑞希はバシンと尾鰭でケースの底を叩いて、魔女を睨みつけた。


「ちょっと!止めてよ。せっかく芸術的に置いた花が散っちゃうじゃない!繋ぐわよ!」


 瑞希は魔女の言葉にニヤリとしてもっと尾鰭で暴れた。


「止めなさいって!ちょっと、枷を持って来て!長いやつよ!」


 そうして暴れる瑞希は人形達に取り押さえられ、尾鰭も鎖に繋がれて身動きが取れなくなった。


 ちょっと体勢が苦しい。


「全く。やれやれだわ」


 ケースの前側を開けて魔女が丁寧に花を置き直しながら呟いた。


「本当に気が変わらない?」


 魔女がため息を吐きながら訊く。瑞希は思い切り睨んだ。


「そう……。後悔しないようにね。キャハッ」


 魔女はそう言って口の端を吊り上げた。




 瑞希の入ったケースが人形四人に抱えられてステージの台座に乗せられた。目の前は幕が降りていて見えない。スピーカーから拡大された魔女の声が聞こえてきた。


『本日突然の呼びかけにも関わらずお集まりいただいた、皆々様にお礼申し上げます。

 この度お目にかかりますは世にも珍しい、見目麗しき人魚でございます。

 先ずはその目で、しかとご覧ください』


 瑞希は絶対顔をあげてやるもんかと強く俯いた。

 幕が上がって辺りがどよめいた。ザワザワとさざめきが広がっていく。


『生きている、完全な人魚です。塩を流せば人の姿も取れます。

 血、肉を取るも良し、愛玩用にするも良し、心臓を取って食すも良し、でございます』


 魔女が解説しながら歩み寄ってきて、ケースの前側を開けると、瑞希の顎を掴んで顔を上げさせた。振り解こうとしてもびくともしない。

「おお」とどよめく声が大きくなる。ステージの下からは仮面をつけた大勢の人々が見上げていた。


 気分が悪い。


 欲望に満ちた視線に晒されて吐きそうだった。


『それではコレが本物であるか、の証明に入りましょう』


 魔女が合図すると同時に人形が何かを持ってくる。長い刃のナイフだ。瑞希は猛烈に嫌な予感がした。

 魔女がナイフを手に取り、瑞希の頬に滑らせた。鋭い痛みとともに血が流れる。人形が血を拭うと傷一つない肌に戻っていた。


『例えばこんな傷でも』


 魔女はそう言うと瑞希の脇に深々と刃を突き立てた。


「ーーッ!!!」


 瑞希は思わず出ない声を上げて叫んだ。

 魔女は刃を突き入れたまま腹の中心へ向かって滑らせていく。

 皮膚が、肉が、内臓が切り裂かれる、想像を絶する痛みに瑞希は苦悶して血を吐いた。体が痙攣する。

 魔女は反対の脇まで刃を通すと引き抜いた。刃に付いた血を舐めとる。


『この通り』


 人形が瑞希の腹の血をタオルで拭うと、傷は嘘のように治っていた。魔女は人形が次に運んできた斧を取り上げた。


『例え腕を』


 肩で息をする瑞希に向かって斧を振り上げる。


『切り落としても』


 言葉と同時に魔女が斧を瑞希の腕に振り下ろした。激しい衝撃とともに骨が砕け、肉を断たれた痛みが脳を焼き切る。


「ーーーーーッッ!!!!」


 瑞希は絶叫した。

 悶絶しそうな瑞希を人形が持ち上げ、切り離された腕の傷口を合わせた。悍ましい感覚とともに肉が、肌が合わさり、骨の位置が戻った。


『元通り。で、ございます』


 狂ってる。


 瑞希は気を失いそうな痛みの中思った。

 ひとを、痛みを感じる者にこんな仕打ちができるなんて、とてもじゃないが正気だとは信じられなかった。


『それでは皆様。お一人ずつ。ステージへお上がりください。直にお試しになってご検証ください』


 そう言って魔女は人形で客を案内した。

 指、尻尾、腕、首、目。

 客達は手渡されたナイフや斧で恐る恐る、あるいは嬉々として、瑞希の肌という肌を切り刻んだ。

 あまりの苦痛に失神することも出来ず、瑞希は気が狂いそうだった。




 人形が身動き一つしなくなった瑞希の体と、ケース、床に落ちた血を拭き取って、ケースをぱたりと閉めた。


『それでは皆様ご納得頂けました所でオークションの方へ入らせていただきま』


 そこで魔女はハッと顔を上げた。パキパキと辺りの景色が崩れていく。客達も不審そうに辺りを見回した。


「箱庭が……何事?」


 瞬間、黒い巨大な狼が崩れゆく垂れ幕から飛び出して魔女に噛みついた。魔女が即座に心臓を取り出し、宙に投げてジワリと体を再生する。


「なに?狼?」


 狼は勢いそのまま客席へ飛び込んで客達を蹂躙し始めた。絶叫が上がり、客達が逃げ惑う。


「ちょっと!止めなさいよ!!」


 魔女が宙に浮いたまま手を振って客達の前に微かに光る緑の膜を張ると、反対の手で風の刃を放った。

 狼は見えないはずの刃を避けると、溶けるように人へと姿を変え、両手で銃を構えて、撃った。


「狼人間!!!」


 魔女は手で銃弾を受けて防ぐと、上から下まで真っ黒な男へ憎悪にも似た視線をぶつけた。

 と、その時、魔女は風の制御力を失って落ちた。すかさず狼が迫る。


「くっ!これは……!?」


 魔女はその身体能力を劇的に低下させ、狼の歯をギリギリで躱した。肩ごと腕が食いちぎられる。

 カシャンと音を立てて辺りの景色が砕け散った。何もない黒い空間にひと達のみが取り残される。客達は狼狽え、逃げ惑った。人形達が狼に向かって銃を乱射する。

 狼は再び黒い男に姿を変え、魔女の体に銃弾を撃ち込んだ。よろめく魔女に狼の牙が迫る。

 魔女は最後の力を振り絞って胸に手刀を突き立て、心臓を逃した。狼が急旋回してまた姿を変え、心臓に向かって銃弾を放った。

 魔女は体を半分も再生させないうちに風を操って急降下して弾から逃れた。その隙に狼は人形に襲いかかり片づけた。


「能力が使える……原因はその弾ね」


 魔女は自身の能力が突然使えなくなった原因を悟った。


「だからどうした。お得意の杖は、使わないのか」


 黒い男が銃を構えて金色の目をギラリと光らせながら訊いた。


「あたし杖嫌いなの。そうね。例えば弾が尽きるのを待つ、とか、ねっ!!」


 そう言って魔女は幾つもの風の刃を放った。黒い男が狼へと姿を変えて、左右に跳ね飛び刃を躱す。


「弾を、節約、してるん、でしょう!?

 牙だけじゃ、敵わないから!キャハハッ!こちらの狼人間は鈍いもの!!」


 魔女は勝ち誇ったように笑いながら次々に刃を放った。黒い男は人と、狼の姿を繰り返し行き来しながら魔女に銃弾を撃ち込もうとする。

 弾が頬を掠めて流れ出た血を舐め取りながら魔女は竜巻を放った。黒い男は狼へと姿を変えて幾つもの竜巻の間を突っ切り、魔女へと迫った。

 魔女はその先を読んで狼へ巨大な刃を放った竜巻に挟まれた狼にもう逃げ場はない。


 勝った……!!!


 刃が狼を切り裂いたその時、魔女の胸に狼の牙が食い込んだ。


「え……?」


 心臓ごと噛み砕かれる。切り裂いたはずの狼の姿が揺らいで落ち、小さな水たまりになった。


「きゃあああああああああああああああああああぁああぁぁぁぁぁ……」


 どこからともなく響いた魔女の悲鳴が尾を引いて消えたと同時に、黒い景色が塗り替わった。




 色を塗るように辺りは黒い何もない空間からどこかの寂れた劇場へと姿を変えた。一つだけの出入口に客が殺到する。

 その時、バーーーーンッと大きな音を立てて扉が外から開いた。その場に居た二人を除いた全員が入り口に立つ人物と目が合い、体が硬直してみるみる灰色の石像へと姿を変えた。


(みやび)!!!!おすわ……!!!!!」


 雅は辺りの景色が変わったことにも気付いていなかった。劇場のステージの上。ケースに取り残された瑞希の元へ一直線に駆けて行った。


「瑞希!!」


 雅はケースに取り付くと名を呼んだ。ケースの前側を引き千切るようにして取り払う。


「瑞希……!!!」


 雅は鎖に繋がれたまま動かない瑞希を抱き締めた。猛烈な血の匂いが鼻を突く。

 瑞希の肌には傷一つ無い。だが、胸に巻かれた布と、美しい水色の髪は血の色に染まっていた。


 一体どれ程の傷を負わされたのだろうか。


 辺りに漂う血の匂いが凄惨な現場を物語っていた。


「瑞希!瑞希!!」


 雅は何度も瑞希の名を呼び、頬を両手で包んでさすった。雅の肩の上で水の精霊が目を潤ませて見ていた。

 雅が何度も抱き締め、名を呼び、頬をさすると徐々に瑞希の瞳に光が戻ってきた。


「瑞希!!!」


 瑞希の目が雅を捉えた。


 頬を包む両手が温かい。


 瑞希は正気を取り戻した。雅の大きな金色の瞳と目が合う。


「ーーー」


 出ない声で雅の名を呼んだ。

 瞬間、雅は情熱的にキスをした。

 雅の肩から「きゃっ」と目を覆った精霊が転がり落ちる。

 瑞希は一瞬驚いたが、すぐその温かさに表情を緩めた。

 人形の服から鍵を見つけ出した叶芽(かなめ)が駆け寄ってきた。




 叶芽率いるネクストドアネイバースの面々は、石になった客達と瑞希の荷物を回収すると、現場の後片付けも早々に素早く撤収した。

 会社に戻った後も雅は瑞希から離れようとしなかった。


「先ずは塩を流さねば」


「いやだ」


「血も洗い流さねばなりませんし」


「いやだ。俺が連れてく」


「雅!!!」


 とうとう叶芽に怒鳴られた。雅はひゅっと首を竦めたが抱きかかえた瑞希を離そうとしない。

 瑞希は雅のふわふわな頭を撫でた。


 どこにも行かないよ。


 という気持ちを込めて。

 雅は気持ちよさそうに目を細めて、うっとりしてる隙に叶芽に瑞希を取り上げられた。ショックを受けた顔をしている。


「戻った時にどんな格好になるかも分からないのに、あなたに来られても瑞希が困るだけですよ!!!!」


 叶芽の剣幕に雅は首を竦めて怯んでいる。


 怒られて耳を寝かせた犬のようだ。


 瑞希はそれを叶芽から総務課の猫又女性に渡されながら見ていた。猫又はこの統括本部に結構多い種族らしい。


「瑞希、すいませんね。私がついて行けなくて。ちょっと後処理をしなければなりませんので……」


 そこで叶芽は瑞希を慰るように見つめた。


「近日中に始末を終えて時間を作ります。それまでゆっくり体と心を休めて下さい。

 雅を寮に入る許可を与えて貸し出しますから」


 瑞希が頷く傍ら、雅がパアッと顔を明るくした。




「箱庭が消えたわ……」


「どうして?」


「どこの?」


「何故?」


「何があったのかしら?」


 黒い空間の中。一人の呟きに沢山の声が反応した。


「分からない。分かるのは場所が日本の南西の箱庭ということだけ……」


「どうしたのかしら?」


「箱庭が見つかるなんて」


「信じられないわ!」


「風の魔女は無事かしら?」


「そう言えば最近見ない魔女達がいるわ」


「忙しいのかしら?」


「……彼女達の……担当の箱庭はあるけど……しばらく使われた気配がないわ」


「おかしいわ」


「どうしたのかしら?」


 最初の一人が目を開けた。

 目の前には金髪碧眼の仲間達が各々、宙に浮いたり地に付いた球体に腰掛けている」


「誰か……私たちの敵が、いるようね」


「まさか!」


「この世界にも?」


 最初の一人が地に腰掛ける一人を指した。


「現地へ向かって頂戴(ちょうだい)……。そして情報を持ち帰るの……。足跡の魔女、お願いね……」


 指された一人は頷くと、杖を取り出して宙へ光文字を描いてその中へ姿を消した。


「狼人間か、別の者か……私たちの邪魔をするつもりのようね」


 最初の一人はそう言って目を薄めた。

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