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第十話 入社の儀式

 三月始め、朝六時過ぎ。瑞希(みずき)は携帯端末から流れるけたたましい音で目を覚ました。

 今日はいよいよ入社の日だ。

 顔を洗って朝食のパンを齧るとクローゼット室となった部屋を開けた。指定されたのは黒いドレス。

 入社初日に黒ドレスなんてどうかと思いながらも着替えて髪を簡単に整えた。カバンを二種類持ってグレーのトレンチコートを羽織り、足首を包んで甲の部分が開いたデザインのリボンの黒い靴を履いて部屋を出た。

 この靴、可愛くて歩きやすいローヒールではあるが、瑞希のことだ。いつかグキッといきそうだ。

 そうならないように気を付けながら歩いて寮を出ると叶芽(かなめ)が車の脇で待っていた。叶芽はいつものオフィスカジュアル。


 自分だけおめかししてるみたいだ。


 瑞希はなんだかちょっと恥ずかしかった。


「おはようございます」


「おはようございます。瑞希、今日も可愛いですよ」


 瑞希が声をかけると叶芽はにこやかに答えた。


「あ、ありがとうございます」


 瑞希は少し照れながらお礼を言った。


「今日から早速研修期間として動いてもらいます」


 車を発進させながら叶芽が言った。


「今日は入社の儀式と、社内案内になります」


「儀式……」


 瑞希が呟くと叶芽はにっこり笑った。


「カバンと棚を繋ぐ魔法陣が使えるようになるやつですよ。まぁ、他の役割もありますが。すぐ済みます。

 そのための黒ドレスです」


 なるほどそうだったのか。


「儀式の後は着替えてもらって社内を回ります。持ってきましたね?」


「はい」


 昨日から準備していた。バッチリだ。


「あなたの研修期間は長く取ってあります。焦らずゆっくりやっていきましょう」


「はい」


 叶芽の言葉に瑞希はコクリと頷いた。




「「おはようございます」」


「おはようございます。お疲れ様です」


 受付に並んだそっくり同じ顔の女性二人に叶芽が挨拶を返した。


「おはようございます。今日からよろしくお願いします。魚住瑞希(うおずみみずき)と申します」


 瑞希が頭を下げると二人は同時ににっこりと親しみを込めた笑顔になった。


「「よろしくお願いします。私たちは双子の妖狐の隣人です」」


 そこまでピッタリ息を揃えて言うと向かって右の方が


「私が神代(かみしろ)リコ。姉です」


 そして左の方が


「私が神代(かみしろ)ルコ。妹です」


「「見分け方は目元のほくろです」」


 と言った。確かにリコは右目に、ルコは左目に泣きぼくろがあった。


「「間違えてもまあ、仕方ありません。どちらがどちらでも大して変わりありませんから」」


 そう言ってリコ、ルコは妖艶に微笑んだ。




 最上階に着くと叶芽は入り組んだ廊下を通り、幾つもの厳重なロックのかかった部屋へ瑞希を導いた。

 部屋へ入ると中は暗く蝋燭が二重に円形に並べられていて、中心にローブを着た女性が立っていた。背は低く、如何にも魔法使いらしい先の折れた三角帽をかぶっている。


「荷物とコートを預かりましょう」


 叶芽がそう言って瑞希からカバン二つと、コートを受け取った。


「どうぞ中心へ」


 鈴を転がすような声で女性が言った。

 瑞希が中心へ進むと


「私はエリカ・カレン。ネクストドアネイバースの魔法使いの一人です」


 女性が自己紹介した。


魚住瑞希(うおずみみずき)と申します。よろしくお願いします」


 瑞希はペコリと頭を下げた。蝋燭のみで照らされる灯りの元でもエリカの髪が明るい色であることが分かった。


「これからあなたに掛ける魔法は我が社の秘密を守るための縛りを作るもの、あなたにまだ見えていない、隣の世界と繋がる扉を開けるものです」


 叶芽から少し聞いている。瑞希は頷いた。


 「あなたは隣人として目覚めたけど、まだ見えていないものが沢山あります。

 寮のエントランスに誰も居ないとお思いでしょう?」


 瑞希は唐突な問いに驚いた。


「あそこにもひとはいるのですよ。この魔法をかけられると、そのようなものが見えるようになります。

 カバンの底の魔法陣の向こう側、社員証の毎日変わる暗証番号、魔女の楔、街に潜む沢山のひとや精霊……隣人達。

 時には残酷なものを見ることにもなるかもしれません。」


 エリカは帽子の影から目を覗かせて瑞希を見上げた。


 そんなことが……。


「今ならまだ引き返せます。そのお覚悟はありますか?」


 エリカと視線がぶつかった。


「あります。きちんと見て、時間はかかるだろうけど、受け止めたいと思います」


 瑞希は覚悟を決めてそう言った。するとエリカは微笑んだ。


「そう言ってくださると思っていました。あなたからは勇気の波動を感じる」


 エリカはローブから細い棒を取り出した。


「それでは儀式を始めましょう。手を胸の前で組んでひざを床に着いてください」


 瑞希は言われた通りに膝をついて手を組んだた。


『汝、我らが認めし者よ。

 守るは約束。

 その体に宿すは扉の光。

 その瞳に宿すは隣の姿。

 その心に宿すは世界の繋ぎ。

 開き、見て、応えよ。

 いざ、我ら隣人の世界へと』


 エリカの声が不思議な響きを纏った。


『いざ、隣の世界へと。

 繋げ!!』


 エリカの細い棒の先が瑞希の額に触れた。

 その瞬間瑞希を中心に光が広がり精緻な紋様と文字の入った二重の円を描いた。魔法陣だ。

 光はあっという間に収まり、暗闇が戻った。蝋燭が消える。と、部屋に灯りがついた。


「お疲れ様でした」


 叶芽がそう言って歩み寄って来た。瑞希は今見た光景に圧倒されていた。


「ようこそ。隣の世界へ。ネクストドアネイバースは『隣人』という意味なのですよ」


 エリカはそう言ってにっこりと笑った。




「ここが総務課です」


 二階のロッカールームで着替えた後、叶芽に案内された部署はどこもカオスだった。

 羽の生えた人、人の形をしているものの獣の顔の人、腕が六本生えた人、尻尾の生えた人、目が一つの人、骨だけの人、宙に浮く人、物をブンブン飛ばす人……。

 それらの隣人が人間……いや、人間の姿をしたひと達と入り乱れて活動していた。

 唯一サポート課は皆んな人の姿をしていた。サポート課には雅が居て、瑞希が現れるとパァッと顔を明るくした。

 雅はその後も着いて来ようとして、叶芽に叱り飛ばされて、眉毛を下げて、とぼとぼとデスクに戻っていった。

 サポート課は完全に隣人で組まれた、隣人のためのトラブル解決実動隊だから、いつでも直ぐ様外に出られるように人の姿を取っているんだとか。


「各階のエレベーターの脇にある扉は暗証番号の後にひとマス開けてアルファベットで地名を打ち込むと各地にある子会社へ飛ぶことが出来ます」


 瑞希の頭に青い猫型ロボットの顔がまた思い浮かんだ。


「外で万が一警察などと揉めて、取り調べを受けるハメになったりでもしたら、エリカ達魔法課の出番です」


「どうしてですか?そんな事になったらもう、どうにもならないんじゃ……」


 瑞希が問うと叶芽は悪い顔をした。


「そこは魔法でちょちょいのちょいで記憶を塗り替えてもらいます」


 そんなことができるのか。


 瑞希は目を丸くした。


「雅はよくお世話になってます」


 瑞希は眉を下げた。皆、雅の見た目に左右されやすいと、雅本人から聞いたことがある。

 ちなみに雅が常に真っ黒なのは「落ち着くから」らしい。

 狼人間はそこら辺が自身の毛色に大きく影響されるんだとか。サングラスは瞳の色を隠すための手段とも言っていた。


「そしてここ十、十一、十二、十三階が運動場です」


「はい?」


 瑞希は思わず聞き返してしまった。

 ビルの中に運動場など聞いたことがない。

 エレベーターの扉が開いて瑞希は口をあんぐり開けた。

 目の前に広がるのは陸上競技場みたいな運動場だった。

 四階層ぶち抜きの高い天井にライトが着いている。

 限りなく広い芝生や、整備された土のトラック、高跳び棒や、幅跳びの砂地なんかまである。壁際にはマットなどがわんさか置いてあった。


「これも拡張魔法の恩恵です。

 ちなみに上の、十四、十五、十六、十七階は同じ原理でプールです」


「なんということでしょう」

 瑞希は某リフォーム番組をの一言を思い浮かべた。


「な、なんのためにこんな施設があるんですか?」


 瑞希が問うと


「雅のように運動させないといけない隣人や水系隣人のため、です。普通の人間も使いますよ。

 後は戦うために鍛錬したり、体力テストを定期的に行いますのでそのためですかね」


 そんなことのためにこんな莫大お金の掛かりそうな施設を作るなんて、この会社は本当にどうなっているんだろう。


 そんなことで頭がいっぱいになりかけて瑞希は重要なことを聞き逃しかけた。


「た、体力テスト?」


「?ええ、はいそうです。瑞希も明日やりますよ」


 明日!!


 叶芽はさらりととんでもないことを言い出した。


「何か問題があるんですか?」


 叶芽が瑞希を覗き込んだ。瑞希は顔を覆って首を振った。

 そんなことが言えるのは瑞希の陸でのポンコツ加減を知らないからだ。


お読み下さりありがとうございます。


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