表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/44

第一話 おとぎ話の

初めましての方もお久しぶりの方もこんにちは ᐕ)ノ

雪明かりと申します


完結作品や、新たに来ていただいた御新規様にお伝えしなければならないことがあります


こちらの作品は決着がつかないまま完結という形を取らせていただき、3月1日を勿て非公開に下げ……てましたが諸事情により次作の公開にあまりにも時間がかかっているので期間限定で再び公開してます


作者が次々と新しい創作に手を出しいつになるやら分からなくなってしまいましたが、いつか必ず!同じ登場人物!同じ世界観で一から投稿をしていく所存です。(こちらのお話と設定や登場人物達の性格立ち位置は少し変更してしまうかも知れませんが( ˊᵕˋ ;))

 午前三時。いつもの帰り道を瑞希(みずき)は重たい足を引きずってゆっくりと歩いていた。



 早く帰って休まなきゃ。



 午前中に清掃パート。午後からは喫茶店。夜は居酒屋。朝から深夜まで。働いても働いてもお金は足りない。


 瑞希は伯父と二人暮らしだ。

 生まれてすぐに両親を事故で亡くし、それからずっと育ててくれていた祖母も十歳で亡くした瑞希は、唯一の身寄りである父方の伯父に引き取られた。

 嫌々瑞希を引き取って二年後。伯父は会社で大失態を起こしてクビになった。

 その後、何度か就職しようとしたが上手くいかず、次第に瑞希に当たるようになり、酒とネット、賭け事に溺れた。

 瑞希が中学を卒業するまでに、祖母が瑞希のために残していた遺産を全て使い果たし、卒業後は瑞希に就職を強要した。

 今では瑞希が働いて得た金のほとんどを家賃光熱費、酒代、賭け金に当てている始末だ。


 そっと湿布で隠してある腫れた頬に手を当てる。脇も一歩、歩く度にズキズキと痛んだ。

 昨日すでに酷いあざになっていた。もしかするとヒビがでも入っているかもしれない。


 給料をほとんど巻き上げられながらも、瑞希は必死に独り立ちのための資金を貯めてきた。

 だが、昨日。部屋に隠していたその金を伯父に発見されたのだ。

 瑞希はそれを取り返そうと決死の覚悟で伯父に刃向かった。

 ただでさえ理由なく暴力を振るう伯父は、もちろん大激昂した。

 自分が失職したことも、今の生活も、全て瑞希のせいとこじつけて怒鳴り、殴り飛ばし、腹や脇を瑞希が動けなくなるまで蹴り続けた。

 おかげでただでさえ休養の足りていない瑞希の体は、いつもより更にボロボロだった。


 俯くとふと、自分の髪が目に止まった。碌に手入れ出来なくても一切傷まないこの髪は、濡れると少し明るなって青みを帯びる。

 母譲り、ひいては祖母譲りのこの髪が瑞希は好きだった。



 おばあちゃん……なんで私を置いていっちゃったの……?



 じわり、と涙が目に滲んだ。



 ……『海に入ってはいけないよ』


『おばあちゃん!なんでいつもそういうの?

 私も友達と海に行きたい!』


『ダメ。我慢しなさい。我が家の絶対の掟です。

 瑞希が十八になったら教えてあげるわね』……



 いつも柔和な笑顔の優しい優しいおばあちゃん。でも海に行くことだけは絶対に許してくれなかった。

 一度だけ内緒で友達と浜辺に行ったことがある。でもおばあちゃんに結局バレてその時は本気で怒られたね。

 あの時は本当に怖かったな……。



 ドンッと何かに真正面からぶつかって瑞希は地面にひっくり返った。

 ぼーっとしていつの間にか半分眠りに落ちていたらしい。

 ハッとして前に視線を戻すと、黒いスーツの足が立っていた。どうやらぶつかったのは人らしい。



「す、すいません」



 瑞希は鼻を押さえながら体を起こして謝った。



「……」



 ぶつかった相手は黙ったまま瑞希に手を差し出した。



「ありがとうございます」



 瑞希が素直にその手を取ると、引っ張って助け起こしてくれた。

 真っ直ぐ立って改めて相手を見る。

 黒い髪、黒いシャツ、黒いスーツに黒いネクタイ。黒いコートを着て、夜だというのにサングラスまでかけいる。

 瑞希がぶつかった相手は上から下まで真っ黒だった。



 ちょっと変わってる?



 瑞希は相手を見上げた。相手……黒い人は驚愕したような表情で微動だにせず瑞希を見つめていた。



「あの……?」



 握られたままの手に戸惑う。そこで黒い人はハッと我に返ったようだった。



「すまない」



 と謝って手を離す。瑞希は自分の手をそっと胸に抱いた。久しぶりに触れた人の手はとても温かかった。



「いえ、ありがとうございました」



 瑞希は一礼して側を通り抜けようとしたその時。



「待て」



 黒い人が瑞希の肘を掴んだ。瑞希は驚いて振り返った。

 黒い人は口を開いたり、閉じたりして逡巡しているようだった。

 肘を掴んでいた手を離す。また少し悩む様子を見せて



「怪我……どうした」



 とボソリと訊いてきた。瑞希は思わず頬に手を当てた。



「こ、これは……階段から落ちちゃって……」



 瑞希が答えると、黒い人の眉がみるみる下がった。



「……悲しそうだ」



 黒い人が瑞希の心を言い当てた。瑞希はギクリとした。



「何か困っているんじゃないか」



 黒い人は眉を下げたまま訊いてきた。



 心底心配そうだ。目は隠されているのに表情がありありと分かる。



 失礼な話だが、瑞希は祖母と暮らしていた時に飼っていた犬を思い浮かべてしまった。可愛かった。瑞希は犬が好きだった。



「あはは怪我をしたら誰だって悲しいですよ。

 大丈夫です。何もありません。ありがとうございました」



 瑞希は乾いた笑い声をあげてそう言うと黒い人の脇をすり抜けて駆け出した。


 なんだか不思議な空気を纏う黒い人とこのまま話していたら、助けを求めてしまいそうだった。




 小さなアパートの薄汚れた階段をとぼとぼ上がる。



 伯父は寝ているだろうか。



 昨日のこともあり、顔を見せるなんて殊更嫌だった。。

 鍵を差し込みドアを開ける。中は明かりがついていた。



 起きているのか。



 瑞希は思い切り顔を顰めた。顔を見ないで済むように、急いで靴を脱いでそっと足音を忍ばせて廊下を進む。

 自室のドアに手をかけた時、伯父が居間に続くドアを開けて顔を覗かせた。

 綺麗に髭を剃り、髪を撫でつけて身だしなみを整えている。こんなちゃんとした格好の伯父を見るのは久しぶりだった。



「ああ、お帰り」



 伯父は瑞希を見つけるとにこやかに声をかけた。

 瑞希は違和感を通り越してショックを受けた。「お帰り」なんて言葉は伯父と暮らして以降、一度だってかけてもらったことがなかった。



「昨日は悪かったな」



 瑞希は再びショックを受けて固まった。



 伯父が謝るなんて何事か。



「何があったんですか?」



 瑞希は目の前の人物が叔父の皮を被った別人ではないかと疑い始めた。



「ああ。とってもいいことだ」



 伯父が答えたその時、玄関のチャイムが鳴った。伯父は瑞希を押しのけて玄関の鍵を開けた。



 そういえば今日は部屋に酒の匂いが漂っていない。



「お前にとってもな」



 次の瞬間、ドアが開いて黒いスーツの男達がなだれ込んで来た。





「うっ」



 あっという間に黒スーツの男達に取り押さられ、床に引き倒された瑞希は脇を打って一瞬息が止まった。



「誰か……!!!」



 叫びきる前に口に布が詰め込まれて声は押し殺された。

 瑞希は訳が分からなかった。

 コツコツと足音がして目の前にハイヒールが止まった。



「起こしてちょうだい」



 女性の声が命令した。瑞希は両腕をガッチリ掴まれたまま引きずり起こされた。

 目の前には体に沿うラインの黒いドレスを着た、緑の瞳の妖艶な美女が立っていた。肩の辺りまでの金髪が緩やかなウェーブを描いている。

 美女は瑞希の顎を掴むと右に、左に向けた。瑞希は振り解こうともがいたが、意外なほど美女の力は強く、びくともしなかった。



「容姿は満点。素晴らしいわ。このままでも買い手がつきそうね。

 でも酷い傷。跡になっちゃわないかしら」



 美女は顎から手を離すと、頬の湿布を剥がしてそう言った。



「あ、それは大丈夫です。いつも跡形もなく綺麗に治りますので……」



 女嫌いの筈の伯父が下手に出て媚びるような声で答えた。



「そう……お水を下さるかしら?」



 美女が唐突に尋ねた。伯父は居間に入るとコップに水を汲んですぐに戻ってきた。恭しく美女に差し出す。

 美女は瑞希の髪を一束手に取ると、コップの水に浸して、光に翳して見た。



「確かみたいね。」



 美女が言うと黒スーツの一人がアタッシュケースを伯父に渡した。伯父はケースに飛びつくとすぐさま開けた。中には大量の札束が入っていた。伯父は嬉しそうにそれを手に取って見ている。

 そこでようやく瑞希は自分が美女に売り飛ばされようとしていることに気がついた。

 瑞希は猛然と抵抗しだした。黒スーツの足を蹴り、体を揺すって腕を振り解こうとする。すると、再び引き倒されて押さえつけられてしまった。



「元気な子ね。でも、この辺が痛そう」



 美女はそう言うとハイヒールで瑞希の脇を踏み抜いた。



「ーーーっっ!!!」



 瑞希は苦悶したが悲鳴は布に押し殺された。

 そんな瑞稀の様子を見て伯父が立ち上がり、近づいて来て屈み込んだ。



「俺から離れたかったんだろ?そのために金を貯めてたんだろ?

 よかったな。願いが叶ったぞ。お前はこの家から出られるし俺は金が手に入った。ウィンウィンだ。」



 瑞希は上機嫌に嫌な笑顔を浮かべる伯父を睨みつけた。



「取引は成立ね」



 美女がそう言うと瑞希は布の上から猿轡をかまされ、また引きずり起こされて手に枷が嵌められた。逞しい黒スーツの肩に抱え上げられる。瑞希は痛みを堪え、足をバタバタさせて抵抗を続けた。



「それじゃあ、ごきげんよう」



 美女の挨拶と共に瑞希は運び出された。





 車に乗せられて二十分ほど運ばれると瑞希は車から引き摺り降ろされた。

 黒スーツの肩の上から見える景色は真っ黒な水面。久しぶりに見る海だった。見回すとどこかの港のように思えた。

 その時、どこからともなく美女が降ってきた。

 美女は瑞希の前に回り込むと顎の下に人差し指を当てて顔を上げさせた。



「どうしてこんなことになってるか分からない?お嬢さん」



 さっぱり理解できないが、伯父が金欲しさに瑞希を売り飛ばしただけではないのだろうか。



 瑞希は美女の指を振り払った。



「ふふ。私たちはね、ある稼業をしているの」



 知ってる。こんな人を売り買いする裏稼業だ。



 瑞希は美女を思い切り睨んだ。美女は気にも留めず、コツコツとヒールの音を響かせて瑞希の前を横切って歩きだした。瑞希を担いだ黒スーツが後を追う。



「私たちはただの人買いではないわ。裏世界ではね、ただの人なんかよりずっと高値で売れるモノがあるのよ」



 今度は美女の前を横切って、黒スーツが港の防波堤についている階段を使って海の方へ降りていった。ポツリと街灯が辺りを照らす。



 嫌な予感がする。



「それが何か。教えてあげるわ」


 冷たい目をした美女がそう言って、妖艶に微笑むと同時に瑞希は真冬の海へ放り込まれた。



 いくらなんでもこれは酷すぎる。



 美女の話はさっぱりだし、いくら泳ぎの得意な瑞希でもこんな拘束されて放り込まれたら溺れるしかない。

 心臓が止まりそうな程冷たい水の中でもがいていると、案外短い時間で海から引き上げられた。

 黒スーツが口の中にあった布を取り除き瑞稀は盛大に噎せた。



 「ゲホゲホッ、ゴホッ……一体、何、を……?」



 にこやかに、しかし氷のような冷ややかな視線で見下ろす美女に食ってかかろうとした、その時。

 足先から腰までぞわり、と何かが這い上がるような感覚に襲われた。

 街頭に照らされた黒髪が毛先からサアッと色を塗るように鮮やかな水色に変わった。慌てて見ると足先もみるみる薄く長く伸びていき、脚の肌が薄青緑色の鱗へと変化した。そして仕上げに両足がピチリとくっ付く。

 あっという間にスカートから覗いていた足はひらりとした長い尾鰭に変わった。寒さも、苦しさも、もう感じなかった。



「おとぎ話に出てくるね?

 火を吹くドラゴンや吸血鬼……美しい歌声を持つ人魚なんかは実在するのよ。あなたのようにね」



 そう言いつつ唖然とする瑞希を見下ろして美女は満足気に笑った。

 瑞希は動転しながら大きく息を吸い込み……



「ーーーー!!!」



 確かに叫んだはずなのに声は出なかった。



「人魚は陸では声が出せないのよ。あなたの美しい声も水の中からでしか聞こえないの。

 今ではほとんど絶滅しちゃってるし、人魚の血肉は不老不死の薬になるからとても人気が高いのよ?

 あなたは見た目もいいから採れるとこだけ採っちゃって愛玩用に一時売りつけるのもいいかもね。」



 美女はにこりと笑うとヒールの音を響かせて歩いて行った。



「あとは手筈通りにね。私は少し準備をしに戻らなきゃ。結界はまだしばらく持つはずだから」



 黒スーツに指示を出す。瑞希は呆然自失していた。



「それじゃあ、オークション会場でまた会いましょ」



 美女は細い棒を取り出すと、光る読めない文字を宙に刻んで円を描き、その中に消えて行った。





 黒スーツに脇を抱えられて瑞希はハッと我に返った。



「ーー!!」



 出ない声を必死に出そうとして手を振り払おうとする。変わったばかりの尾鰭は動かし方がよく分からなくて役に立たなかった。



 絶対絶命の大ピンチだ。



 黒スーツに担ぎ上げられる。

 と、その時。辺りにパキンッという音が響いてどこからともなく先程出会った黒い人が現れた。



 どうしてここに?



「結界が……!何者だ!!」



 黒スーツの一人が懐から銃を取り出した。



 こんなものまで持っているなんて!



 危ない。逃げてくれ。



 と、黒い人に必死に目で訴えかけるが伝わるはずもなく、黒い人は黙ってサングラスを外した。

 次の瞬間、巨大な黒い犬がどこからともなく現れ、人の背丈よりも大きいその犬は黒スーツ達に飛び掛った。

 黒スーツ達は次々に銃を取り出し、バスッという微かな銃声を響かせて犬に向け発砲し、応戦するが犬は飛び交う銃弾を器用に躱して黒スーツ達を圧倒的な破壊力で彼らを蹂躙した。


 こんな巨大な獣に襲われたら人間などひとたまりもない。



 瑞希を担いでいた黒スーツも慌てて瑞希を下ろし、銃を取り出したが、銃を向ける前に犬に腕を食いちぎられ、返り血が犬に降り注ぐ。



「ぎゃああああああっ!!!俺の腕が!!!」



 黒スーツが地面を転がって悶絶するが黒犬が追い討ちとばかりに襲いかかり、断末魔が途絶えた。

 瑞稀が呆然としていると今のが最後の一人だったのか黒犬が瑞希の真正面に立っていた。

 目の前で繰り広げられた残虐な光景が脳裏を過ぎり、瑞希は死を覚悟して恐怖に震えながらも顔を上げた。

 黒犬と視線がぶつかる。不思議な金色の瞳をしたその犬は理性ある目をしているような気がし、見ていると自然と瑞稀の震えは引いていった。

 が、突然。犬が上を向き長く、尾を引く遠吠えをしたため、瑞希はびくりと肩を震わせた。

 すると突如目の前に黒い人が現れ、瑞希は呆気に取られた。

 黒い人は顔にかかった返り血を袖で拭き取ると、瑞希の前に屈み込んだ。

 至近距離で視線を合わせる。大きな金色の瞳が瑞希の顔を覗き込む。



さっきの犬と同じ金色。

 一体何がどうなっているのだろう。何が起こっているのだろう。



 暗く、冷たい風の吹く港で瑞希は黒い人と見つめ合った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ