……はい?
王太子殿下――ロレンス様と王城の中庭でお茶会です。
ロレンス様の背後にはクリスが待機しています。
どうせクリスのことだから、ロレンス様にはすべて話していることでしょうね。
「ロレンス様。クリスから聞いているかと思いますが、私は悪魔召喚や死霊魔法を扱います。将来の王妃としては不適格だと、神殿から異端扱いされるのが目に見えているのですが」
「クリスから聞きました。古代語の書物から失われた魔法を復活させているのだと。フーレリアはそれらの遺失魔法を悪事に使ったりはしていないのでしょう? ならば異端などではありません。神殿が何を言おうとも、私は将来、私の妻となるフーレリアを守ります」
「……ありがとうございます、ロレンス様」
「礼を言われるようなことではありません。婚約者を守るのは当然のことですから」
テーブルにお茶とお菓子が並びます。
「そうだ、フーレリア。良ければ君のお菓子も食べてみたいのだが……収納魔法があると聞いている。持っていないかい?」
「そうですね、出せますよ。シュークリームなど如何でしょう。迷宮都市の工房では一日限定十食で出している冷たいお菓子です」
「シュークリームか。いいね、是非とも食べさせて欲しい」
「では――〈ストレージ〉」
テーブルにシュークリームをふたつ追加します。
「これがフーレリアの作ったお菓子か。見た目は良くできているね。味も期待できそうだ」
「ただし錬金術で作っていますから、実際の手順で作ったことはないのですがね」
「錬金術でお菓子を? そういえばクリスがそんなことを言っていたな。シュークリームを錬金術で、か。想像もつかない」
ロレンス様はシュークリームをかじると、たっぷりと詰められたカスタードクリームに苦戦しつつも完食しました。
「ロレンス様。今更ですが、毒味は必要なかったので?」
「婚約者の手作りのお菓子だ。毒味は無粋だよ」
やはり人の出来た方です、嬉しいことを言ってくれますね。
こんな良い人と結婚することになろうとは……人生、何があるか分かりません。
同時に将来の王妃としての自覚を持たねばならないのだとも思いました。
……まずは神殿対策ですね。
間違いなく異端として認定されている私が、神殿と対決するのは必然です。
結婚前に神殿とは決着をつけなければなりません。
ロレンス様の足を引っ張るようなことにはならないようにせねば。
* * *
王太子殿下とのお茶会から数日後、遂に異端審問官たちがアルトマイアー家の屋敷にやって来ました。
「フーレリア・アルトマイアーを異端の罪で告訴する!! 異端の魔法使いフーレリアを出せ!!」
「逃げも隠れもしませんよ」
騎士ハンネリースを伴い、私は屋敷から姿を表します。
「出たな異端の魔法使い。神殿に連行させてもらうぞ!」
「それは困りますね」
「悪魔召喚に死霊魔法。貴様が異端であることは確かなのだ。これを見過ごしては神殿の異端審問官の恥。連行に応じないというのならば、力づくで連れて行くまで!!」
ハンネリースが腰の剣に手をかけます。
やれやれどちらも血の気の多いこと。
「悪魔召喚に死霊魔法……それを異端と断じるならば、これはどうでしょうか?」
「なにを……」
「〈コール・ゴッド〉」
天より一条の光が私を照らし出しました。
〈コール・ゴッド〉……私の精神に神を宿す魔法です。
《神の家の子らよ、汝らはこの者を異端と断じているが、私はこの者の罪を許す》
「な、なんだ? 頭に声が……」
「神だ。これは神の……」
「そんな馬鹿な。異端の魔法使いがなぜ神をその身に宿すことができるというのだ!」
《我は女神。世界を守護せし神の一柱。汝らが信仰する神の一柱。神と交感せしこの娘を傷つけることを禁ずる》
「あなたは神なのですか!?」
《然り》
「そ、そんな……私の【真偽判定】が是と答えている……」
「おお、神よ!!」
異端審問官立ちが次々とひれ伏していきます。
神の声を聞く栄誉に喜びの涙を流す者までいます。
《神の家の子らよ、フーレリアを聖女と認定し、神殿を挙げて崇拝せよ》
「しかし悪魔召喚も死霊魔法も異端の魔法。神よ、なぜフーレリアを許すというのですか!」
《悪魔召喚も死霊魔法も神の御技から枝分かれした魔法のひとつに過ぎぬ。そこに善悪はなし》
「そんな――では何をもって異端とすれば……」
《涜神こそが異端の証。だがこの娘は神を冒涜しない。故に異端にあらず》
「悪魔召喚も死霊魔法も神の御技から枝分かれした魔法のひとつに過ぎず、神を冒涜する者のみが異端……ではこれまで私たちがしてきたことは――」
《汝らの過ちを許そう》
「神よ!!!!」
神は寛大な心をもっているようですね。
ふ、と私の身体が前のめりに倒れようとします。
それをとっさにハンネリースが支えてくれました。
天から降り注ぐ光が消えます。
神が我が身から立ち去った証です。
「どうでしょうか。これでもまだ、私を、異端とそしるのですか?」
「いいえ聖女フーレリア様。神々と交信できるあなたこそ、真の聖女です。神はあなたの魔法を異端ではないと証言なされた。我々はあなたを神殿に迎えたい」
「神の家の子になるのは構いませんよ。ですが私にもやるべきことがあります。王太子殿下との婚約。迷宮都市の工房の運営。未来の王妃である私が神殿の聖女である時期は短いことでしょう」
「それでも構いません。神の声をできるだけ多くの神官たちに聞かせて欲しい」
「分かりました。しかし〈コール・ゴッド〉は心身に負担をかけます。今日のところはお引取りください」
「はっ!!」
異端審問官たちは毅然とした表情のまま、アルトマイアー家の屋敷から立ち去りました。
さて、〈コール・ゴッド〉の発見については数日前に遡ります。
* * *
「フーレリア殿! 新しい暗号を解読しましたぞ!」
「今回のは凄いぜ」
工房に出向くと、スロイス先生とインプくんが一冊の魔導書を手にしていました。
「その魔導書は?」
「ドッペルゲンガーに頼んで魔導書の形にしていただいたものです。この魔導書は〈コール・ゴッド〉――すなわち、神をその身に降ろす魔法ですぞ!!」
「神を?」
「そうです。無属性の超上級魔法ですが、フーレリア殿ならば使えるとドッペルゲンガーたちが太鼓判を押しておりました」
「ドッペルゲンガーたちで試したりはしていないのですか?」
「それが……本人ではないため、呼び出される神が異なるという話です」
「どういう意味です?」
話を要約すると、〈コール・ゴッド〉は使い手ごとに呼び出される神が決まっているそうで、ドッペルゲンガーたちが使った場合は悪魔の神が呼び出されるのだとか。
私が使った場合に呼び出される神は実際に使ってみるしか分からないということでした。
「では習得して使ってみますか」
「お願いします!」
スロイス先生から渡された魔導書に手を当てて、〈コール・ゴッド〉を習得します。
「では早速使ってみましょうか。――〈コール・ゴッド〉!」
天から光が降り注ぎ、私の中身が何か巨大な存在に置き換わっていくような心地になります。
《我が名は円環の女神フーレリア。汝の過去と未来を司る神なり》
……はい?




