にこやかにそう言われては頷く他ありません。
翌日からはホルトルーデに錬金術でお菓子と保存食の量産を任せるべく監督しつつ、私は〈加速の魔法陣〉を手書きしていました。
まばらにやって来るお客さんへの対応をしながらですから、なかなか進みません。
しかし〈加速の魔法陣〉をストックしておくのは必須ですし、この作業をできるのは現状、私しかいないのでやるしかありません。
さて午前中に一枚、なんとか仕上げることができました。
午後にもう一枚、仕上げられれば良いでしょう。
おっと、お客さんが呼び鈴を鳴らしました。
対応せねば。
「いらっしゃいませ――え?」
「やはりフーレリアお嬢様でしたか。覚えておいででしょうか、セバスチャンです」
お客さんは顔見知りでした。
かつて私の魔法の先生を務めてくださっていたセバスチャン。
ドワーフの魔法使いです。
そういえば本職は冒険者でしたね。
迷宮都市で再会した知己に懐かしさがこみ上げてきましたが、すぐにホルトルーデについてどのように説明するかという問題があることに気付かされました。
私に妹がいないことを、セバスチャンは知っています。
背中に嫌な汗を感じながら、とりあえず積もる話もあるので中に入ってもらうことにしました。
軒先で相手をするのはかつての魔法の先生に失礼ですからね。
「ほほう、立派な工房ですな。……おや、あちらの女性は?」
「私の妹として遇しているホルトルーデです。諸事情あって弟子を取りました」
「妹? いや弟子というのは理解できますが、妹というのは?」
「私、王太子様との婚約を破棄されたせいで実家から放逐されましたの。今の私は平民ですから、拾った子を妹として、家族として遇することは不思議ではないでしょう?」
「婚約破棄の話は噂で聞いておりますが……その、彼女の出自は?」
「それが記憶を失っているらしく、手がかりになるような持ち物もなくて、よく分からないのです」
「それは大変ですな。冒険者ギルドに依頼を出してみては?探している家族がいるやもしれません」
「そうですね。もう少し生活に慣れたら考えておきます」
家族なんていませんけどね。
「しかしお嬢様が今、冒険者たちの間で噂の錬金術師だったとは。驚きました」
「私はセバスチャンが今も現役で冒険者をやっていることに驚きました」
「ははは。生涯、動ける間は現役ですぞ。それより魔法の方はいかがなされた。あれから少しは上達しましたかな?」
かつてセバスチャンに師事していた頃を思い出して、私は苦い笑みを浮かべました。
出来の良い生徒ではなかったからです。
「いいえ。やっぱり地属性も炎属性も上手く使えませんね。闇属性の筋は悪くないと自負していますが」
「せっかくの魔力がもったいないですな。いやしかし錬金術師になったということなら、魔法が使えなくても問題ないのですかな。確か、無属性魔法はそれなりに使えましたな?」
「ええ。無属性魔法は使えます。威力の面では護身用になるかならないか微妙なところですが」
「なに、魔物ではなく人族を相手にするのなら〈マジックアロー〉で十分でしょう。ただこの街では、冒険者や冒険者崩れには対処されてしまいそうなので、護身用にしても微妙かもしれません。〈マナジャベリン〉は使えますか?」
「一応は」
「では護身用の魔法は〈マナジャベリン〉にすべきでしょうな」
「〈マナジャベリン〉ですと、当たれば殺してしまいますよ?」
「お嬢様の身の安全が第一です」
にこやかにそう言われては頷く他ありません。
迷宮都市は治安の良い街ではないので、できるだけ治安の悪いところを歩かないように気をつけているのですが、それでもトラブルに巻き込まれたりしたら身を守るために魔法を使わざるを得ないでしょう。
「ところでセバスチャン、工房には買い物に来たのでは?」
「ああ、そうでした。美味しいと評判の保存食を一週間分、購入したいのですが」
「かしこまりました」
また様子を見に来るようにする、と言い残してセバスチャンは去っていきました。
やれやれ、ホルトルーデについて言い訳が増えてしまいました。
後でもう少し設定を煮詰めた方が良さそうですね。
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