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97. 返事を

 明るさを絞った魔術灯が地面をうっすらと照らしている。

 焚き火はすでに消され、洞窟内を照らすのはその微かな灯だけだ。

 起きているのはディレルとアドニスで、交代で見張りをするために、ルルシアとセネシオは眠っている。

 セネシオがまた「ルルシアちゃん、寒いからくっついて温めようか」などと言い出したため、警戒したルルシアはディレルのすぐ横で布にくるまり、丸くなって寝息を立てている。


「別に寝てていいよ。二人で見張るほどじゃないでしょ」


 ディレルとアドニスの間に会話はなく、しばらく重い沈黙が続いていた。その静けさに先に音を上げ、武器の手入れの手を止め、声をかけたのはディレルだった。


「……まあそうだけどな」


 静かに頷くアドニスの様子に、ディレルは舌打ちしそうになる。

 ディレル自身、アドニスの境遇には同情するし、自分が同じ立場だったとして、はたして清廉潔白でいられるのか?……と、問うた時に、躊躇いなく頷くことはできないだろう。

 だが、気に入らないものはどうしようもない。

 理屈ではどうしようもないくらいに、あの時ルルシアを失うことが怖かった。


 あと、自分でも小さいとは思うのだが――ルルシアが、やたらとアドニスの世話を焼こうとするのも面白くない。

 ディレルは今までそういう嫉妬とは縁なく生きてきたので、慣れない感情に振り回されて少し疲れていた。そういう色々が、この今の状況のイライラに拍車をかけている。

 気持ちを落ち着けたくて手を伸ばし、眠るルルシアの髪をひと房取った。愛しさと、あと若干の苛立ちを込めて指で梳く。


「あんたは……」


 アドニスの抑えた声に、ディレルは無言で視線だけ向ける。


「あんたはその子の恋人なんだよな?」

「そうだよ」

「その……怖くないのか。どうやったって、あんたの方が寿命は短いんだから、その子を置いて先に死ぬことになるだろう」


 躊躇い、言葉を探しながら…という様子に、ディレルは顔を向けてじっとアドニスを見た。

 そういえばアドニスとシャロも人間(エルフ以外)とエルフだったな、と改めて思い出す。


「……普通に生きたら俺は置いてく方だし、別に怖くはないな。でも嫌だとは思う」

「嫌、か」

「うん。俺が死んだ後の長い時間の間に、ルルが誰かのものになるのは嫌だし、でもずっと一人で孤独に生きてても嫌だ。俺のこと思い出して泣くのも嫌で、かといって忘れられるのも嫌だ。めちゃくちゃ言ってるのはわかってるけどさ」

「……確かに矛盾してるが……。残念ながら、よく理解できる」


 ルルシアに想いを告げる前、自分がエルフならば、もしくは相手がエルフでなければ――などという、無意味な問いかけを、ディレルは何度も繰り返した。おそらくアドニスも同様なのだろう。

 ディレルは小さくため息をついた。


「ライが……ルルの兄貴分というか、親代わりのエルフが言うには、ルルもライも二人とも家族を亡くしてて、しかも全員百歳になる前に死んでるとかで……。寿命どうこうとか考えたところで、明日死んでるかもしれないし、五十年後のことは五十年後に生きてたら考えろってさ。……だから、今は考えるのはやめてる。悩んで距離とってる間にも時間は経つし、一緒にいられる時間が減ってくだけだろ」

「……」

「テインツ戻ったら会いに行けば? ルル、交渉する伝手あるんだよね?」


 ディレルが自分のすぐ隣に声をかけると、丸まって眠っていたルルシアの肩がピクリと動く。

 ディレルはニッと笑って、その彼女の長い耳をスッと指で撫でた。


「ひゃっ……!!」

「ルルは寝たふり下手だよね」

「う……気付いてたの……」


 耳を手でガードしながら跳ね起きたルルシアは、気まずそうにうめいた。

 実は、ディレルに髪をいじられた時点で目が覚めていたのだが、二人が自分に関係する話をしていたため、寝たふりを続けていたのだ。


「うー……伝手かぁ……。多分、局長とかグラッドさんとか……むしろ教会のマイリカ様かな。なんか影の権力者的な雰囲気あるし」

「影の権力……?」


 アドニスが眉をひそめる。

 シャロの身柄を引き受けたのがマイリカであると聞いているはずなので、どんな人物なのか心配になったのだろう。

 ルルシアは慌てて手をパタパタ振って否定する。


「あっ、言葉の綾です。至って温厚ですごく素敵な御方ですよ。……と、とにかく会う方法はあると思います」

「そうか……」


 マイリカがおかしな人物ではない、というところなのか、それとも、会う方法があるというところなのかは分からないが、アドニスは安心したようで、少しだけ表情を緩めた。


「テインツに戻れたら、頼みたい」

「え、なんか死亡フラグみたいな言い方やめてくださいよ。必ず戻りますし交渉もします」


 死亡フラグっぽくて嫌だからわたしは返事を保留してるのに、とぶつぶつ言うルルシアに、アドニスとディレルは不思議そうな顔をする。


「死亡フラグって何だ?」

「あ、えーと……物語で『俺、この戦いが終わったら田舎に戻って結婚するんだ』みたいなこという登場人物は、大体その戦いで死ぬっていうお約束のことです」

「……そんなのがあるのか」

「ふーん。で、ルルは何を保留してるって?」

「……ひみつ」


 ルルシアが目をそらすと、ディレルはフフッと嬉しそうに笑った。


「……ルルは隠し事も下手だよね」

「……~~!」


 赤くなった顔を見られたくなくて、せめてもの抵抗とばかりに、ルルシアはばさりと頭から布をかぶって丸くなった。

 その布の塊に視線を向けたアドニスは「あー……」と頬を掻いた。


「ルルシア、見張りの順番を代わってくれないか。俺は先に寝る。……二人で話をするなら俺が寝た後にしてくれ」

「うえ!? でもアドニスさん病み上がりだし……」

「二日連続で神の子の癒しを受けたんだ。瘴気の後遺症は変化なしだったが、傷は癒えたし体調もいい。あんたに心配されるほどやわじゃないさ」


 ルルシアは布をはねのけて顔を出したのだが、言うが早いか、アドニスはゴロンと背を向けて横になってしまった。

 さすがにこのスピードで眠ってはいないだろうが、横になってしまったのに、更に声をかけ続けるのも申し訳なくて、ルルシアは言葉を継ぐために開いていた口を結んだ。


「ルルはアドニスをかまいすぎじゃない?」

「……迷惑かな……」

「そうじゃなくて……」


 ディレルがルルシアの体を引き寄せ、後ろから抱え込むように抱きしめる。そして先程までルルシアがくるまっていた布を引き寄せるとルルシアにかけた。

 少し肌寒かったのが、一気にぽかぽかと暖かくなる。

 アドニスに聞こえないように、という配慮なのか、ディレルはルルシアの耳元に口を寄せ、囁いた。


「俺が面白くないから。もっと俺のことかまってよ」

「あ……うん。分かった……分かったので」


 耳元で喋るのはやめて、と言おうとしたのだが、ディレルの指がルルシアの唇に触れて、ふさがれる。


「さっきの話の続きをしよう。保留って何のこと?」

「……わたしが言いたいこと、分かってて言ってるでしょう……」

「さあ? よくわかんないな」


 明らかにわかっている顔で、ルルシアに言わせようとしている。――だが、確かにこれに関しては、ルルシアから言うべきことである。


「この間の、返事……返事を……うう」


 プロポーズの返事をしなければ、と思いながらも、なんとなく時期的に死亡フラグが気になって先延ばしにしていたのだ。半分は。

 もう半分は、単純に恥ずかしくて言えなかった。

 ええと……と言い淀みながら、だんだん頭がのぼせてよくわからなくなってくる。


 耳のそばでディレルが笑った気配がした。


「じゃあもう一回言うよ。……ルル、テインツに戻ったら俺と結婚してくれる?」


 ルルシアは一度だけ、深呼吸をした。


「――はい」

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