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93. 運命っぽくて

「じゃあ教会ツアーに行きましょう!」


 ルチアがルルシアとつないだ手を嬉しそうにブンブンと振る。

 皆でぞろぞろ行くのかと思いきや、セネシオが真っ先に顔の前でぱたぱたと手を振った。


「俺はもう建設当時から知ってるからいいや。あ、アドニス君行きたい?」

「……行かない」

「じゃあアドニス君についてないとだしね」


 早速二人脱落である。ルルシアは残るディレルに目を向けた。


「ディルは?」

「魔力使いすぎたから休む……」


 軽い頭痛に襲われているらしく若干顔色が悪い。そのくらいであれば少し休めば治るのだが、魔力の枯渇に慣れているルルシアとは違うので大事を取ったほうがいいだろう。


「そっか……じゃあわたしだけですね。よろしくおねがいします」

「お願いされます!」



 教会案内、と言っても一般の人々が出入りする場所に神の子が気軽に姿を見せるわけにはいかないので、まわるのは関係者エリアのみである。

 関係者エリアなのでよそ者(しかも何故か着飾っている)が非常に目立つ。何名か、テインツの教会で顔を見た人たちもいたが、ドレスを着て髪を結っているルルシアがテインツの教会にいたエルフの少女の姿とは一致しないらしく、向こうから気付かれることはなかった。それどころかどうやらどこかの要人だと思われたらしく、うやうやしく挨拶をされたりしてとても居心地が悪かった。


 祈りのための聖堂、建物に囲まれた庭園、司祭などの執務室や書庫などがある執務棟、普段の生活をするための屋敷。それにプラスして迎賓のためのエリアと信者に癒しを与えるための治療院。

 こうして神の子の歩き回れるエリアをまわってみると、彼らの行動範囲が非常に制限されているというのが嫌というほどわかった。聖堂の塔の上からはアルセニアの市街が一望できるというのが皮肉ですらある。

 これでも上層部の排除によって待遇改善されてやや範囲が広がったらしいのだが、それでも自由とは言い難い。双子が頻繁に脱走を試みるというのも無理はないかもしれない。

 そして、彼らの行動範囲には大人しかいない。アルセア教は婚姻を禁じてはいないので教会エリア内に子供自体はいるらしいのだが、以前の上層部の意向で神の子との接触は禁じられていたそうだ。子供は大人よりも言動のコントロールをしにくいので、子供の語る外の世界の話が神の子に影響を与えることを恐れたのだろう。

 話を聞けば聞くほど神の子達が不憫になる。前世の記憶を持っていて、自由というものを知っていながら閉じ込められていたルチアの苦痛は如何程だっただろう。そして、自由の意味も満足に知ることのできないハオルという片割れを見守るというのも、きっと辛かっただろう。


 それを考えてしまうと多少のわがままは聞いてあげたい気持ちになってしまう。


「ルル、夕食の前に衣装替えしよう!」

「断る」

「えええ」


 聞いてあげたいのと聞いてあげるのは別である。


「チア、ルルだって疲れてるんだからそんなに無茶言っちゃダメだよ」

「えー、ハオはルルの可愛いミニスカ姿とか見たくないの?」

「……本人が嫌がってるんだから、ダメ」


 何らかの葛藤が行われたらしい不自然な沈黙を挟んで、それでもハオルがはっきり言い切るとルチアは「ちぇーっ」と不満げに頬を膨らませた。


「ありがとうハオルさ……ハオル」


 タメ口と共に呼び捨てを強要されているのだが、なかなか慣れない。

 それと、以前ディレルから言われた「ハオルはルルシアを狙ってる」という話が時々脳裏にフラッシュバックしてしまい、いまいちどういう顔で接したらいいのかわからなかったりする。

 だが今はそれはひとまず置いておいて、ルチアの興味をミニスカからそらさねばならない。


「――そういえば、セネシオさんがサイカでルチアの知ってる歌を聞いたって言ってたんだけど……どんな歌?」

「あっ、あれね。確か映画か何かの主題歌なんだけど、えーと……」


 すごーくうろ覚えなんだけど……と言ってルチアは鼻歌でメロディを歌う。


「……私の鼻歌でわかる? メロディー正確じゃないかも」


 ルチアは自信なさげで、彼女のいう通り確かに少し違うところもあったが、それはルルシアもよく知る曲だった。ドラマの主題歌でヒットした恋の歌である。


「分かる。そのアーティストさんすごく好きだった。ドラマの主題歌だったやつ」

「あ、ドラマか! そうだ、確かに。私毎週観てたんだ」

「ドラマ……毎週?」


 ハオルが不思議そうな顔をする。この世界にはラジオやテレビ放送というものがないので連続ドラマのようなものがない。物語を連載する週刊誌ならばあるのだが、そういった雑誌を神の子が目にする事は無いだろう。ルチアがすかさず解説をいれる。


「毎週ちょっとずつ話が進んで行く演劇みたいな感じなの。で、毎回最後にその歌が流れるんだ。切ない感じがいいんだよねー」

「へえ……切ない歌なんだ。ルルは歌えるの?」

「うーん、歌えると思うけどこの……ルルシアの体だとほとんど歌ってないからうまく喉が開かないかも」


 首をかしげながら答えると、ルチアが「あれ」と声を上げた。


「喉が開くって言い方するあたり、もしや専門的にやってた人?」

「え、ううん。たまーに知り合いがやってるお店で歌ったりとかはしてたけど。楽器やってる友達と配信とか」

「配信? へえ……私そういう配信色々観てたからもしかしたら観てたりするかもね。なんて名前でやってたの?」

「えっと、わたしは本名があかりで、ギターがりおで、キーボードがあきの……で、頭文字とってアリアって」


 ルルシアの言葉に、ルチアは口をぱっくりと開けて目を丸くした。


「……観てた」

「え!? そうなの?」

「更新されるの楽しみにしてて……でも急にぱったりと更新がなくなっちゃって、どうしたんだろうって調べてたらボーカルのあかりが死んだって噂が流れてて……なんてひどい噂流す奴がいるんだ! って思ってたんだけど……」

「あはは……死んでました」


 てへ、と笑って見せる。

 あかりの死亡原因は学校に遅刻中の近道として通った廃ビルでの転落事故。

 事故の前夜、知人の喫茶店で歌わせてもらって寝るのが遅くなったせいで寝坊をしたのだ。そんな経緯で死亡しているので無意識下になんとなく歌うことへの申し訳なさのようなものがあったのか、ルルシアとして生まれてからはそれほど歌を歌っていない。


 ルチアは顔を手で覆って「死んでた……」とうわごとのように呟いている。


「でも……まさかの生まれ変わってご本人に会うことになるとは……」

「でもそっか……配信はやめるしかないかぁ……――ってことは、ルチアはわたしよりも後に死んだってことだね」

「……あっ、そうだね。でも、配信よく観てたのは専門通ってた時だから、多分時期的にはそんなに変わらないと思う」

「じゃあ一応前世から縁があるんだね」

「そう言われると運命っぽくてテンション上がっちゃう」


 そして二人で顔を見合わせてふふ、と笑いあった。



***



 賓客向けの宿泊施設は、やはり内装の趣味が微妙だった。

 予算の都合なのか担当者の頑張りなのか、応接室よりは落ち着いているのが救いである。短期間の予定とはいえ滞在する部屋がごてごてしているとそれだけで疲れてしまう。


「おかえりー。……なんかルチアちゃんとルルシアちゃんさっきよりも打ち解けた感じだね? そしてハオル君は拗ねてるね」


 入ってすぐのいわゆるラウンジスペースにいたセネシオが声をかけてくる。アドニスとチェスをやっていたらしく盤面に駒が並んでいる。戦況はアドニスの方が優勢だ。ディレルもその対戦を観戦していたようで、体調は回復したらしく先程より顔色がよくなっている。


 セネシオの言葉にルチアは驚いてハオルの方を振り返った。


「え、ごめんハオ! つい懐かしくて話がはずんじゃった」

「別に拗ねてないよ! ただ僕もその配信っていうの観てみたかったなって思って」

「配信って?」


 拗ねていないと言ったハオルの顔が完全に拗ねていることにルルシアは頬が緩みそうになるが、本人に悟られるともっと拗ねてしまうので表には出さないように耐える。

 同じような気持ちらしく、セネシオが少し笑いながら首をかしげた。それにはルルシアが答える。


「セネシオさんの言ってた、サイカで聞いたっていう曲の話をしてて……前世の話になったんです。わたし、趣味で歌うたってたんで」

「へえ! 知ってる曲だった?」

「知ってるやつだと思います」

「俺が聞いたやつと合ってるかどうか、うたってみてくれる?」


 確かに現地で聞いた本人に確認してもらうのが手っ取り早い……が、


「久しぶりに歌うのがアカペラとかハードル高い……声出るかなぁ……」


 不安だらけだが、せめてすこしだけでも……と声を出して喉を整える。

 その歌は初めての恋を知り、踏み出すことに怯える切ない恋の歌だ。

 あかりの時は単なる歌として認識していたが、恋を知ってしまった今では歌詞で描かれる心情が分かりすぎて変な風に気持ちが入ってしまいそうになる。


(う……分かりみが深すぎて泣きそうになる)


 それでも何とか歌い上げて、ふー、と深く息をはきながら周りに目を向ける。

 全員が何も言わず、じっとルルシアの方を見ていた。


「えと……変でした?」


 あかりの時よりも高音がきれいに出ていないし、音程も安定していないのは自分でわかった。他人が聞いたら聞き苦しいレベルだったのかもしれない……と、そこまで考えてはっとする。

 今、ルルシアはあかりの時と同じように歌った。つまり、頭の中に残っている日本語の歌詞を歌い上げたのだ。


(……ってことは歌詞の意味はわかんないよね)


「……やっぱり神……」

「ちょ、ルチア! 拝むのやめて!」


 ルチアがスッと手を合わせて拝みだす。ルチアは前世の記憶があるので歌詞の意味も分かるのだろう。とりあえず拝まれている問題は別として、歌自体はそこまでおかしくなかったようだ。


「なんか……魂汚れててごめんなさいって気持ちになる歌だった……」


 キンシェが顔を覆ってうめくように言った。カリンはセネシオを見ながらうんうん頷いている。ハオルは頬を上気させて泣きそうな顔でルルシアを見ていた。


「わたし、前世の記憶のまま歌ったから多分この世界の言葉じゃなかったと思うんですけど……歌詞の意味わかりました?」

「言葉……? 特に違和感なく普通の言葉に聞こえたけど」


 ディレルがそう言って、他の面々も頷く。


「そうなの……? あ、そう言えばアドニスさんドナドナのこと辛気臭い歌って言いましたよね。あれって歌詞のことですか?」

「あ、ああ。なんか牛が売られるとか悲しそうな目とか言ってただろ」

「そうです。じゃあ……自動的に翻訳されるのかな……」

「そういえば私も前世の記憶の中の言葉と今の世界の言葉区別してないな……」


 首をひねるルルシアに、ルチアも同じく首をひねる。そしてちらりとルルシアに視線を向けた。


「……っていうか、なんでドナドナ歌ったの?」

「ここに来るとき荷馬車でごとごと運ばれてきたので……」

「あーそれは確かに歌うかも……」


 でしょー? と頷き合う二人に。アドニスは眉をひそめて「その前世、どんな世界なんだよ……」とぼそっと呟いた言葉は小さすぎて誰にも届かなかった。

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