92. アンコールは?
ガギッ
鈍く硬い音を立てて剣と剣がぶつかり合う。
打ち下ろした攻撃を防がれたキンシェはすぐに体をひねり剣を引くと、そのまま回転して流れるような動きで横薙ぎの第二撃に繋げた。角度を変えた斬撃に、ディレルは両手で握っていた柄からパッと片手を離し、剣の自重でぐるりと向きを変えて対応する。
二撃とも防がれたキンシェは楽しそうに口元を緩めながら飛び退って距離を取った。
だが、その空けられた距離をディレルは身を低くして一気に詰めると、口の中で何かつぶやきながら横薙ぎに剣を振った。
飛び込む勢いを乗せて大きく弧を描くように振るわれた剣は、一瞬だけ微かに緑色の光を帯び、ヒュッと鋭く風を切る音を響かせながらキンシェに迫っていく。
ガゴンッ
「重っ!!!」
キンシェは立てて構えた剣の腹に篭手を当てて支え、ディレルの一撃を受け止める。およそ剣の打ち合いとは思えないような鈍い音を立てながらなんとかしのぎ切るが、完全には勢いを殺しきれずにわずかにのけぞった。体を支える足元がズザッと土煙を立てる。
しかし攻撃を受け止められたディレルは剣を引かなかった。その代わりにもう一度何かをつぶやく。
そのつぶやきに呼応して刀身が再び淡い光に覆われ、次の瞬間、二振りの剣が接しているところを起点にしてキンシェの握る剣だけがパキパキと凍り始めた。
腕ごと凍らせるつもりか、とキンシェは一瞬目を細める。キンシェの篭手は魔術耐性の強い魔物の革で作られているので魔術による攻撃は通りにくい。この魔法の勢いならば回避する必要はないだろう、と判断した。
しかし、キンシェの予想に反して氷の魔術は刀身をわずかに凍らせただけで止まった。そして間髪を入れずに唱えられた呪文によって、今度は蒸気をあげながら一気に氷が溶け始める。
「うわ、ヒビいれて折る気だ! やり方がえぐい!」
「だって本気で来いって言われたんで」
文句を言いながら距離を取ったキンシェにディレルは涼しい顔で返事をした。
キンシェとディレルが打ち合いをしている中庭を囲む回廊には、ちらほらと人が集まってその様子を観戦していた。集まる観戦者の中にセネシオとハオル、そして少しだけ離れたアドニスの姿を見つけたルルシアたちは足早にそちらへ向かった。
「珍しい、ディルが魔術使ってる」
「最初は使ってなかったんだけどね、キンシェ君が魔術具も使って全力でやってくれって言ったからこうなった」
ルルシアのつぶやきにセネシオが応じる。そしてルルシアの方へ顔を向けると「おや」という顔をした。
「そのドレス似合ってるね。大人っぽい雰囲気でいいな。俺としてはもうちょっと露出がほしいけど」
「そうですか~」
ルルシアは乾いた笑いを浮かべながら、諸都合により露出は阻止されました……と心の中だけで返す。
「なんかキンシェ負けてる?」
「さっきは勝ってるように見えたけど、魔術があったら負けちゃうかも」
ルチアが回廊の手すりにしがみついて身を乗り出しながらやや心配げな声を出した。それに対してハオルが同じように心配そうな表情でつぶやきを返す。やはり自分の信頼するキンシェに負けてほしくないらしく、ふたりともギュッと拳を強く握っていた。
そんな双子とは対象的に、「さあどうでしょうねえ」とカリンは楽しそうに笑い、ルルシアの方へ顔を向けた。
「ルルシアさんはこの試合どう見る?」
「え、わたしですか?……今ディルはブーストかけた全力でやってキンシェさんとトントンくらいですし、普通に実力的にキンシェさんの方が上ですよね」
「でも今押されてますよ?」
ルルシアの言葉にハオルとルチアが首をかしげる。
「えっと、ディル……というか、魔術師以外の冒険者って実戦ではほとんど魔術使わないんです。長期戦になっちゃったら魔力が持たないですから。だから短時間で押しきれなければ負けますね。……逆に言えば押し切れれば勝てますけど、多分キンシェさんはそこまで甘くないと思います」
キンシェはいわば戦闘のプロである。動きを見ていてもキンシェの方はまだ余裕を感じるので短時間で決着するということはないだろう。隣でセネシオも頷いた。
「ディレル君もそれがわかってるから武器破壊して終わらせようとしたんだろうね。……しっかし魔術具使いこなしてるねぇ」
「魔術具の魔術ってあんなに細かく切り替えられるものなんですね。魔術紋様の意味を理解してると起動速度とか威力が変わるってライが言ってましたけど……」
「あのスピードは突出してると思うよ。そこはさすが魔術具職人ってとこだねー」
ハラハラ見守る双子の横でのほほんと話し始めたルルシアとセネシオの会話の内容に、「……職人?」とアドニスが眉をひそめる。
「あ、聞いてませんでした? ディルは魔術具を作る職人さんなんです」
そういえばちゃんと自己紹介とかしてませんでしたっけー、と言ったルルシアにアドニスは戸惑った目を向けた。
「……冒険者じゃないのか?」
「ええと、素材採集のために冒険者ギルドに登録してるから冒険者でもありますけど、あくまでもメインはクラフトギルドの職人ですね」
「……それで、本職相手にあれか」
あれ、とアドニスが中庭を指差す。
ちょうどディレルが袈裟斬りに打ち込んでキンシェが躱したところだった。
「怖いよねー。ディレルくん、本気で鍛えたら割と敵なしだと思うんだけどねー」
「わたしも初めに聞いた時びっくりしました。っていうか大体皆驚きますね」
と、そこで「わぁ!」と観客の口から歓声のような悲鳴のような声が上がった。
ディレルの剣がキンシェに弾き飛ばされ、地面に落ちたのだ。
そして勝負が決する。
ヒュッと音を立てて風を切り、寸止めにされる予定だったキンシェの最後の一太刀は――ディレルの体から少し離れた位置で、いつの間にか彼の手に握られていた短剣によって弾かれていた。
「降参」
短剣を持った手をだらりと下におろして、ディレルが一言告げる。
それを合図にして、集まっていた観客から歓声が上がった。その声の大きさにディレルがビクッと肩を跳ねさせて周りを見る。ギャラリーがいることには気づいていたが、ここまで多いとは思っていなかったのだ。
「……なんでこんなに集まってんの?」
「教会内は娯楽が少ないですから。はいはい、皆さん終了なので解散してくださーい」
苦笑したキンシェが大きな声で解散を告げると観客たちは素直に散っていった。中には「アンコールは?」という者もいたが、キンシェが「なし!」と腕でバツを作ると笑いながら去っていき、あとに残ったのは神の子一行だけになる。
「っていうかディレルさん、俺の攻撃全部防ぎましたねー」
神の子の方へ戻りながらキンシェが微妙に拗ねたような声を出した。
「どっちかって言うと攻撃より防御のほうが得意なんです。武器特性的にも」
「まあどうしたって大剣は攻撃の手数は少なくなりますからね。でもあの打ち込みの重さヤバいっすね。あれ受けたせいでまだちょっと手が痺れてるんスけど……岩とか砕けそうな勢いでしたよね」
「剣の重さと振る勢いに、魔術で加速つけるので威力はありますけど……岩は大きさによる、かな」
「砕けなくはない、と」
キンシェが「やっぱヤバいっすね」と笑ったところに双子が駆け寄ってくる。
「ディレルさん凄い! キンシェがあんなにてこずってるの初めて見ました!」
「そんなに大きな剣軽々と使えるの凄いです! キンシェもできる?」
「え、あ、どうも……」
駆け寄ってきた双子に、というよりもルルシア関係で一方的にライバル視しているハオルにキラキラした純粋な目を向けられた上に熱く褒められ、ディレルは居心地悪さを感じながら応じた。
一方のキンシェはルチアに「お前もやってみろ」と言わんばかりの目を向けられ困ったように笑った。
「持って振るくらいはできるだろうけど、軽々とは使えないと思いますよ。――でもちょっと興味あるんで持たせてもらってもいいですか?」
「どうぞ」
キンシェは「どうもー」と受け取った剣を片手、両手と握り方を変えながら何回か素振りをしてみる。そしてしばらく試した後、肩をすくめた。
「うーん、使えなくはないけど、やっぱ剣の重さで微妙に体が振り回されますね。これで魔術の加速付けたら俺ごと吹っ飛びそう」
「試しにやってみますか?」
「ああー、……気になるけどやめときます。肩壊しそう」
そう笑いながらキンシェは剣をディレルに返した。
剣の鞘は試合の前にセネシオに預けてある。それを返してもらおうとディレルがセネシオの方に顔を向けると、鞘を持って控えていたセネシオの前にルルシアがサッと体を滑り込ませてきた。
「はい、はい! わたし加速するやつやってみたい」
「ルル着替えたんだ。綺麗だね。でも加速はルルの魔力でやったら危ないからだめ」
「……じゃあ持つだけでいい。素振りしてみたい」
「……まあいいけど」
「やった」
剣を差し出すディレルがやや呆れたような顔をしているようにも見えるが、それよりも好奇心のほうが勝る。他人が自分の武器に触ることを嫌がる者も多いので今まで触っていいかすら尋ねたことがなかったのだが、ディレルの使っている片手半剣は前世では博物館などでも見たことのない武器だ。せっかくなので使ってみたい。
両手でも片手でも使えるように作られている片手半剣の重さは、片手剣の倍より少し重い程度。ルルシアも片手剣ならば不格好ながら振ることはできる。なので倍程度の重さならばいける、と踏んだのだが。
「うぐぐ……」
重さは確かに倍程度なのだが、刀身が長く重い分重心が遠くなり、柄を握る手には倍以上の負荷を感じる。それでもなんとか振り上げて――ふらり、とよろけた。
「あ」
「やっぱり。そうなると思った……」
剣の重さに引っ張られてぐらっと前に傾いだルルシアの肩をディレルが片手で抱きとめる。そしてもう片手で支えきれなくなった剣の柄を受け止めた。そのまま剣をルルシアの手から抜き取る。
「ああー……ねえあの凍るやつは」
「諦めないなぁ……チャレンジ精神旺盛過ぎるよ。危ないからだめ」
「じゃあ」
「だめ」
「まだ何も言ってないのに!」
ルルシアが口を尖らせるのを無視してディレルは剣を鞘にしまってしまう。
そんな二人のやり取りを見ていたルチアが憂いを含んだ表情で視線を落とした。
「……ルルシアさんって、ライノールさんとディレルさんと話すときだけちょっと砕けた感じになりますよね」
「そう……? かもしれないですね」
「私達には敬語なのに」
「神の子にタメ口っていうわけには。カリンさんやキンシェさんも敬語ですし」
「そうですよね……いくら年が近いって言っても、神の子に友達なんてできるはずないんですよね……」
「えっあ、……」
「ルルシアさんとは友だちになれるかなって思ってた……」
「ええ……」
顔をうつむけるルチアに、弱りきったルルシアは周りを見回すが、全員から微妙に目をそらされる。カリンとキンシェは肩が震えているので明らかに笑っているが、助け船を出すつもりは毛頭なさそうである。
「……わかりました、言葉を崩すように努力し……する」
「やった! じゃあ私もルルって呼んでいい?」
分かってはいたが、顔を上げたルチアは弾けんばかりの笑顔だった。ルルシアは苦笑とともにため息を落とし「どうぞ」と答えた。