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88. 勝手なことを

ブクマ、評価ありがとうございます。

87話、気になった部分少し手直ししています。(間違い探しレベルですが)

体調悪い時に更新するのはだめだなと反省中…。

 『処分』が本当に行われたのかは不明だが、少なくともきつく言い含められたらしく、セネシオはやや不満げではありつつも一応ルルシアへちょっかいをかけるのは控えることにしたようだ。

 食事は一階にある食堂でとった。それなりに広い食堂のホールは女性店員と男性店員のたった二人で回していたのだが、どちらもかなりのベテランで、キビキビくるくると動き回っている姿はなかなかに見応えがあった。

 厨房の方では注文の声と料理ができたことを知らせる声が絶え間なく飛び交っていて、かなり繁盛しているのがわかる。そして、それを証明するように料理はとても美味しかった。



 食事を終えた一行は、ルルシアも含めて四人部屋の方に集まっていた。

 ちなみに馬車宿へ向かったダールは御者用の宿があるらしく、そちらで宿泊して明日合流することになっている。ぜひ快適な馬車をもぎ取って来ていただきたいものである。


「ご飯美味しかった」


 四人部屋の四台目のベッドに腰掛け、ルルシアはホクホク顔で足を揺らした。


「うん。あれだけ混むのもわかるよ。……っていうかルルシアちゃん、聞いてはいたけど本当に普通にガッツリ重たいメニュー食べるよね? 大丈夫なの? むしろ俺のほうがおかしいんだっけって不安になったよ」


 エルフは基本的に野菜中心の薄味を好む。油や香辛料はエルフの体には負担が大きく、一般的には食べないのだ。セネシオも例にもれず、肉や揚げ物、香辛料の効いた料理は殆ど食べない。

 そのため、嬉しそうにそういう料理を口に運ぶルルシアにやや引き気味だった。


「美味しいものは脂とスパイスで出来てるんです。体に合わないなんて甘え」

「そんな無茶苦茶な」

「無茶苦茶と言われても食べたいものは仕方ないんです」


 ルルシアは肩をすくめてそう言ってから斜め上を見上げる。

 先程からディレルがルルシアの座ったベッドの横に立ったまま、しばらくじっと壁に書かれた模様を眺めているのだ。


「……ディルは何見てるの? あれ、それって魔術文様?」

「うん。んー……ルル、手を」

「ん?」


 手、と言われたのでルルシアは首を傾げつつ、ディレルの手のひらにお手をするようにぺしょんと手を重ねた。


「え、かわいい……ごめんそうじゃなくて、この文様に手をおいてくれる?」

「こう?」


 ルルシアは言われるまま、ベッドの上に膝立ちになり手を伸ばして壁に書かれた文様にぺたんと手のひらをくっつけた。その上にディレルが手を重ねる。


「で、呪文『セラヴィ』」

「セラヴィ?」


 その言葉を唱え終わった瞬間、ぐっと手のひらから魔力を吸い取られるのを感じた。そのぞわぞわする感覚に驚き、ルルシアはとっさに手を壁から離そうとしたが、ディレルの手で押さえられていて動かすことができなかった。

 魔力を吸われたのはほんのわずかな時間で、ぞわぞわが完全に収まるとそれに少し遅れて、キィン……というひどく甲高い音とともに薄い殻のようなもので部屋全体が覆われていく気配を感じた。


「ぴゃ!?」

「ん? 結界?」


 音は一瞬でおさまり、代わりになんとも言えない違和感がルルシアの全身を包んだ。この結界の展開に反応したのはルルシアとセネシオだけで、アドニスは何が起こったのかがわからなかったのか、急に部屋を見回し始めたエルフ二人に不審そうな目を向けていた。


「音と気配を遮断する結界を張る魔術文様だったんだけど……ルル、大丈夫?」

「んー、なんか音にびっくりしたけど大丈夫」

「音遮断しとけば言葉に気を遣わなくて済むから、細かい説明するのは結界張った後の方がいいと思ったんだ。俺の魔力量じゃ起動できそうになかったからやってもらったけど……先に言っとくべきだったね。ごめん」


 音と気配を遮断する結界は魔法でも割とポピュラーな部類で、エルフ事務局ではユーフォルビアあたりがよく使っている。だがルルシアは自力では上手く使えない魔法の一つである。魔術とはいえ、自分でちゃんとした結界が張れたことに感動して、魔力を吸われた手のひらをにぎにぎと開いたり閉じたりしてみる。


「内緒話用結界、自分で張ったの初めて」

「内緒話用って言うとなんかかわいい感じになっちゃうな……ええと、とりあえず結界があるからこの部屋の中は何話しても外には漏れないよ。多分こういう仕掛けがある宿だから冒険者ギルド御用達なんだろうね、ここ」

「ああなるほど。他の宿で結界張れるようになってるなんて聞かないよね」


 ディレルの言葉にセネシオが頷いている。確かにそんな話はルルシアも聞いたことがない……のだが、そもそもルルシアたちもディレルが気付かなければ知らずに過ごしていただろう。


「……ディルは見ればわかるのかもだけど、『こういうのがありますよ』って説明書きがあるわけじゃないし、他の宿にこういうのがあっても普通の人は気付かないんじゃない?」

「少なくとも俺は他で見たことはないな。それに、そういうのが必要な人は知ってるんだと思うよ。魔力量が多くないと起動できないから同行者に魔術師がいないと難しいし」

「えっとつまり、それなりの立場の訳あり利用客用、と」

「そんなとこ」


 頷きながらディレルはルルシアの隣に腰を下ろす。

 そして、今まで一言も言葉を発していないアドニスに目を向けた。


「――で、アドニスさんに言っておきたいんですが」


 そういうディレルの目は、普段の穏やかで優しい雰囲気とは打って変わって、刺すような冷たい色をしていた。

 アドニスが顔を上げ、ディレルを見つめる。


「俺はあんたを信用してないし、許すつもりもない。だから必要以上ルルに近づかないで欲しい」

「え、ディル?」


 急に雰囲気が変わったことに戸惑うルルシアを手で制して、ディレルが続ける。


「本当はもう二度と関わって欲しくなかった。今回は飲まざるを得ない事情があるから許容するだけで、あんたが同行することに納得してるわけじゃないことは覚えておいて欲しい」

「ディル、でもわたしは別に……」


 ルルシア自身はアドニスに怒りを感じていない。むしろ、様々な事情が背景にあってやむを得ず犯罪に加担せざるを得なかった、ある意味被害者なのだと考えているのだ。そんな中でも被害を軽減させようとしたことは賞賛に値するとすら思っているくらいだ。

 だが、ディレルはゆるりと首を振るとルルシアの手をとり、握った。


「ルル、たとえどんな理由があったとしても俺はルルほど素直に彼を許せないんだよ。――採石場で、あの時目の前で君が倒れて、どんどん冷たくなってくのを俺がどんな気持ちで見てたと思う? 君に害をなす相手の命を助けたせいで君が死ぬかもしれないなんて、そんな理不尽に俺がどれだけ怒りを感じてたか分かる? 俺はあの時、アドニスもシャロも殺してやりたいと思ったし、正直今もそう思ってる」


 ディレルの表情はあくまでも落ち着いていて、口調も淡々としているが、握られた手には力がこもっている。ルルシアは何か声をかけるべきだと思ったものの、かける言葉が思いつかずに口を引き結んだ。


「……そう思うのが当然だと思う」


 ルルシアが口を開く代わりに、独り言のような調子でアドニスが呟いた。


「理由があってもそんなのは言い訳に過ぎない。俺は自分で道が間違ってるって気付いてたのに引き返せなかった。……なら、せめて早くシャロの手を離してやればよかったのに、それもできずに連れまわして……――魔獣にやられてもう死ぬんだってなった時、これは天罰だと思った。俺のせいでシャロも死んで、他の奴らも巻き込むんだなって」


 静かに、訥々と話し続ける。シャロの名を出す度に、その時だけ僅かな苦さと甘さが声ににじむ。


「目が覚めたときにシャロが無事だと聞かされて、自分に都合のいい夢を見てるんだと思ったよ。しかも助けたのが教会で敵対した相手だって聞いて、なおさら。……でも本当だった。――俺はあの時死んで当然だったと思ってる。でも、シャロは違う。あいつは、俺も含めて、クズみたいな大人のせいで人生を狂わされただけなんだ。……だからシャロを生かしてくれた嬢ちゃんには本気で恩を感じてる。俺は嬢ちゃんに仇なすようなことはしないと誓うよ」


 アドニスはディレルに目を向け、あんたには到底信じてもらえないと思うが、と自嘲するように笑った。ディレルはそれには答えず、ルルシアに目を向けた。握ったルルシアの手が、ふるふると小刻みに震えているのだ。


「ルル?」

「……勝手なことを」


 やっと出た声は絞り出すようにかすれていた。

 ルルシアはぐっと歯をかみしめ、それからまっすぐにアドニスを睨みつけた。


「……シャロさんは、自分で選んで、望んでアドニスさんの側にいたんです。手を離せばよかったなんて、勝手なこと言わないで」


 無意識にアドニスの方へ詰め寄ろうとして、だがディレルに腕を引かれて前傾姿勢になるにとどまった。


「……シャロさんにとってのアドニスさんはわたしにとってのライなの。世界中に一人で残されちゃった時に側にいてくれたのに。――それなのに、死んで当然なんて言わないで。一緒に生きる方法を探してよ。間違ったならやり直したらいいでしょ? できるでしょ? あなたは、シャロさんに誰かの命を奪うっていう一線を越えさせなかったんだから、あなたもシャロさんも、まだ引き返せるの!」


 ルルシアは自分とシャロの立場を重ねて考えていたせいで、自分がライノールに突き放されたような気持ちになっていたのだ。

 だが、アドニスは突然怒り出したルルシアの感情の変化についていけず、目を丸くしたまま固まっていた。アドニスにしてみればルルシアとライノールの関係などまったくわからないし、そもそもライノールという名前自体知らないのだ。


 言うだけ言って涙目で完全にむくれてしまったルルシアをディレルが引き寄せて、背中を優しくたたいて宥める。

 「ルルにとってのライか……」と、ディレルはため息交じり小さくに呟く。それまでアドニスに対して殺意にも似た怒りを抱いていたが、その言葉で一気に頭が冷えてしまった。


「ああ、補足説明するとね? ルルシアちゃんってフロリアの森で家族を魔獣に殺されてるんだよ。知ってるよね? フロリアの魔獣」


 頭の上に?が浮かんでいるアドニスに、セネシオが苦笑しながら説明を添える。


「……シャロの作った魔獣か」

「そう。で、その時家族を亡くしたルルシアちゃんを、ライノール君という人物が家族代わりになってずっと面倒を見てるんだよ。ちょうどシャロちゃんを拾った君と同じようにね」

「……」

「ルルシアちゃんはライノール君大好きだからね。同じように君のことが大好きなシャロちゃんの気持ちが分かっちゃうんだろうね」

「……そうか」


 アドニスは視線を自分の膝の上で組んだ手に落とした。

 シャロの作り出した瘴気に蝕まれた今のアドニスの体では、もう彼女を危険から守ることはできない。アドニスは神を信じてなどいないが、それでもこれは、もうシャロの側にいてはいけないのだと天から言われているような気がしていた。


 目を覚ました後、シャロが教会に引き取られるのだと聞いて、自分が手を離しさえすれば、彼女だけなら明るい場所へ戻れるのだと知った。

 そして同時に、そんなの元々わかっていたことじゃないか、と思った。

 自分はお世辞にも立派な人間ではない。罪を犯して冒険者の身分をはく奪され、いっそ死ねばよかったものを、そんな覚悟もなくずるずると彷徨いながら生きてきた。そんな自分のもとにいて、彼女が幸せになれる道理などないのだから。


 彼女が教会で、普通の娘として幸福に生きられるならそれでいいと思っていた。

 でも、ルルシアが言ったように――アドニスが離したくないと願っているように、シャロも共に生きることを望んでくれているのだろうか。


 この体に自由が戻るなら――戻らなかったとしても、引き返す道を見つけることができるだろうか。

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