84. 書き換え
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ディレル本人は話を聞いて「別にいいよ」とすぐに了承したらしい。
「ただ現時点で受注済みの仕事があるから今すぐは無理。あと、今後の受注も止めないといけないからある程度の期間を決めて欲しい」
と、それだけだったそうだ。
そしてその両親の方だが――ビストートは渋い顔をしていたが「仕方がない」と了承。アンゼリカも結局了承したのだが、そこに至るまでに詳細な説明を求め不安を吐露し文句を言いつつ一時間、了承に至ったのち、今度はルルシアの安全確保の重要性についてもう一時間ほど話をし続けたという。
初めのうちは話を聞いていたビストートも途中から一人黙々と新しい家具のアイデア出しを始め、二つほど使えそうな案を思いついたとほくほく顔だったらしい。
そして現在、疲れ切った顔のセネシオは冒険者ギルドのテーブルに突っ伏していた。
街中にあって冒険者で賑わうギルド出張所ではなく、テインツ城内にある支部の方だ。出張所と違い関係者以外が訪れることを想定していないため、何の飾り気もなく、入口に『冒険者ギルドテインツ支部』というプレートがある他は特に案内表示などもない。装飾もほぼゼロで、あえて言うならばポスターがあるくらい……だが、これも業務連絡や注意喚起などの啓発ポスター的なものばかりである。『指さし確認でゼロ災害!』とか『火元確認!』のようなイメージだ。
ルルシアたちは今、その冒険者ギルドの応接スペースにいる。
(応接スペースというか、自販機横の談話スペースみたいな場所だけど……)
どこまでも質実剛健である。
というかおそらく格式が必要な場合はこちらではなく派出所の方を使用するのだろう。こちらの支部はあくまで、支部長を始めとする関係者が事務処理をするための場所という位置づけのようだ。
ルルシアたちがこちらへ来たのはギルド支部長であるグラッドに会うためだ。
セネシオが教会から預かってきた治療実験への協力依頼の書類を渡し、許可されるのであればアドニスの引き渡しなどの話を詰めることになっている。ルルシアとついでにライノールは別にここにいる必要はないのだが、エルフ事務局から近いこともあり興味本位でついてきている。
ルルシアはアドニスの近況が知りたいため、ライノールは契約魔術の書き換えを行うと聞いて「見てみたい」と言ってやって来たのだ。
「しかし、あそこのお家自由過ぎない? 奥さんが息子の心配してるときに家具のデザインする? あとディレル君、ほとんど質問もなくさらっとOK出すからこっちが不安になっちゃったよ」
「ランバート家だからな」
「はあ、でも受けてくれて助かったよ。アンゼリカさんが許可したのはライノール君的には気に入らないだろうけど」
「あの人、別に馬鹿じゃないし道理が通じないわけでもないから許可すんのは分かってたよ。……でも二時間か。五時間くらい捕まってればよかったのに」
ライノールはチッと舌打ちする。
アンゼリカは確かに話の分からない人ではない。ただ、一度火がついてしまうとほんのちょっと話が長くて、ほんのちょっとマシンガントークなだけだ。あれをずっと真面目に聞いていると脳が疲れてしまうので、適度に受け流す技術が要求される。心を無にして悟りを開くための修行にもなるかもしれない。
ディレルがよく人の話を聞かないと言われているが、あの母のもとで育ったら防衛本能としてそうならざるを得ないのかもしれない、とルルシアはこっそり思っている。
「すまない、待たせた。――あんたらも一緒か」
やってきたグラッドがおや、という顔でルルシアとライノールを見た。
「契約魔術を見に来ました」
「最新のアドニスさん情報を聞きに来ました」
「ああ、普通に生きてたら契約魔術なんかそうそう関わらないからな。で、ルルシア嬢はシャロへの報告か」
契約魔術は主に冒険者ギルドが犯罪者の自由を制限するために使用されている。
魔術で対象者の名前を縛り、行動範囲、攻撃魔術、武器の使用などを制限するのだ。この制限された内容を破ると魔術が発動し、対象者の体に衝撃が走りスタン状態になるとともに、ギルド側にその位置情報などが通知されるようになっているのだそうだ。
その他、国家間の重要な機密情報の漏洩防止などの目的でも使用されるらしい。どちらにせよ、普通に生きている者としてはあまり関わり合いたくないものではある。
今回はテインツのギルド管理下にあるアドニスをエフェドラの教会へ連れていくことになるので行動範囲の変更などが必要になるのだ。そのため、既に結ばれている契約内容の書き換えを行う。ライノールはそれが見たいらしい。
少し話をしたところでギルド職員がアドニスの契約魔法の書類を持ってやってきた。あらかじめ渡してあった協力依頼の書類の内容の精査が終了したらしい。
グラッドは受け取った契約書を眺めて「ふむ……」と呟く。
「一応事務方で書面の内容に問題ないこと確認してるが……行動範囲制限は本当に解除でいいのか? アドニスに関してはこっちとしてはそれほど行動制限の必要性は感じていないからそれで構わないが、教会はそうもいかないだろ?」
現在アドニスは行動範囲をテインツ領内に制限されている。エフェドラの教会へ行くため、ギルド側は範囲にエフェドラを追加し、なおかつ教会内で禁止区域を設けるなど提案したらしいのだが、エフェドラからの回答は制限解除だった。
そもそもギルド側はアドニスの人間性や、何よりもシャロがテインツ側の保護下にあることなどからアドニスがこれ以上の犯罪行為に手を染めないと考えているものの、神の子を狙われた教会側への配慮として行動制限を提案していたのだ。ギルド側からしたら「いいの?」という感じだろう。
「それに関係して、相談があるんですよ」
セネシオはニコリと微笑み、何度目かのオズテイル潜入計画の説明を始めた。
「……うちのギルドに登録する奴らにも、オズテイルからこっちに逃げてきたって話は最近よく聞くな。特に亜人の扱いがひどいって話で、亜人に対する差別が少ないテインツを目指してきてるらしいが……。サイカは亜人だけじゃなく人間も逃げてくる。――この間ルルシア嬢を襲った盗賊どももサイカの人間だ」
「ああ、あの人たち……サイカだったんですね。職場のボスがスパイだったとか」
「あいつらの言い分を信じるなら、どうもそれもでっち上げの冤罪らしいんだがな。まあそういうめちゃくちゃな状況ってことだ。正確な内部の情報が提供してもらえるならこっちとしてはありがたいばかりだ。――が」
そこでいったん言葉を切って、グラッドは真剣な目でルルシアを見つめた。
「ルルシア嬢、分かってるとは思うがそういう場所だからな。君は亜人で、そして女性だ。決して単独行動はするなよ」
「はい」
真面目な顔で頷いたルルシアの横でライノールがため息をつく。
「……お前返事だけはいいんだよなぁ……」
「ライはもうちょっとわたしを信用してもいいと思うよ?」
「無理」
「食い気味に即答された……」
「ルルシアちゃんは俺が見てても時々不安になるからなぁ」
「セネシオさんに言われるのは屈辱!」
頬を膨らませ自分の膝を叩いて抗議するルルシアに、グラッドは「相変わらず仲がいいなエルフ組は……」と少し呆れ気味に笑った。
「とにかく無事に帰ってきなさい。全員で、な」
そう言ったあと、グラッドはアドニスの契約魔法の書類にサインする。そして「インぺリウム」と唱えると、書類の上に魔術文様が一瞬浮かび上がり、すぐに消えてしまった。
「え、地味!」
「あー、まあ書き換えならそんなもんだよな……」
「書き換えじゃなくって最初の契約の時はもうちょっと派手?」
「見たことないから知らん」
契約魔法の地味さにがっかりするルルシアとライノールにグラッドは大笑いし、ルルシアが戻ってきた後に契約儀式があれば見学させてくれるという約束をした。