82. 素直という言葉を辞書で調べて
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「ルルシアちゃん、お待ちかねのセネシオさんが帰ってきたよ。ハグしていいんだよそれともこっちからハグしようか? ……うん、とりあえず無言で弓を組み立てるのをやめようか。しまって。武器はしまって」
翌日の朝、事務局の入り口を塞ぐように立っていたセネシオに向けた弓をひとまず下ろしたルルシアはこてんと首を傾げた。
「……早かったですね。五百年くらい帰ってこないのかと思ってました」
「遠回しに帰ってくるなって言ってる? まあ俺はそういうの気にしないけどね! いやあちょっとオズテイル見に行ったら色々問題があってね。俺一人だと心もとないから誰か巻き込もうと思って戻ってきたんだ」
「巻き込む……?」
セネシオが入り口から動いて事務局の中に入ったのでルルシアもその後に続いて中に入る。と、ものすごく機嫌の悪いライノールがいた。
「お前をオズテイルに連れて行きたいんだとさ」
「へ? わたし?」
ライノールの言葉にルルシアはぱちぱちと瞬きし、そしてもう一度首を傾げた。
セネシオはライノールの仕事机に腰掛けながら「そうなんだよー」と頷いた。
「ほら俺、今度霊脈移動するでしょ? それでテインツの議会の方から報酬やるから何か希望はないか、って言われたんだよで。で、お金とか物とかいらないから代わりに人を何人か借りれないかなーって考えてるんだけど」
「それがわたし? ……オズテイルで何するの?」
「古いなじみが今オズテイルで捕まっちゃってるらしくって――今あそこって小康状態だし、出来るだけ刺激せず穏当に逃がしてやりたいんだ。それでしばらくうろついてたんだけどなかなかうまくいかなくてさ。どうしようかなーって思ってたところで、捕まえてるやつらの割と中心にいる人物がどうも前世持ちらしいというのが分かりまして」
「……はあ。……で?」
「多分ルルシアちゃんと同じ世界で、近い時代なんじゃないかと。……共通の、絶対に他の連中とは分かり合えない記憶を共有できるって、油断させるのにもってこいでしょう?」
確かに、ルルシアも、同じく日本人という前世持ちのルチアに対して強い親近感を感じている。相手が元日本人だと分かったら、それだけで油断してしまうかもしれない。
「つまり、前世が同郷と思われる人物に取り入って、セネシオさんの知り合いを奪還する隙を作れ……と」
「うん。ルルシアちゃんお勉強できないけど理解は早いタイプだよね」
「喧嘩を売っていますか」
「おっとごめんね。俺、根が素直だから思ったことがつい口から出ちゃって……」
「素直という言葉を辞書で調べてその意味を百回書き取りしたらいいと思います」
「ルルが勉強できないってところは賛同する」
さらっとライノールが口をはさむ。
「ライってわたしを侮辱するチャンスは逃さないよね……」
「ほら、俺も素直だからさ」
「…………」
「だが、同じ世界ってのはともかく、近い時代ってのは何で分かるんだよ。そこまで特定できるほどの情報をそいつがべらべら喋ってたのか?」
ライノールの投げかけた疑問はルルシアも気になったことだ。
ルルシアもルチアも、自分が前世の記憶を持っているということを親しい相手にすら隠していた。少なくとも同じ年代の日本で生きていた人物ならば隠そうとするのが普通ではないだろうか。他でもないセネシオが以前『前世持ちの人たちは前世の世界観や倫理観で物事を判断しがちだから隠そうとする』のだと言っていた。
「……わたしと同郷だったらあんまりそういうこと喋らないと思う……わたしと近い年代だっていう判断ができる情報って何なんですか?」
「えーとね、その人物、楽器をよく演奏してるんだよね。で、その演奏してる曲がどうやらルチアちゃんの知ってる曲っぽいんだ。――ルチアちゃんとルルシアちゃんってほぼ同じ時代に生きてたんだよね?」
「そうですけど……曲って、ルチア様がその演奏を聞いたんですか? どこで? その前世持ちの人物ってオズテイルの人なんですよね?」
「俺がオズテイルの状況確認のために入り込んだ時に聞いたんだ。その時はなんかあんまり耳なじみのない曲だなって思ってたんだけど……エフェドラに戻った時にルチアちゃんに聞かせたら、『それめっちゃ知ってる!!』って言いだしてさ」
「ああ……なるほど。どんな曲ですか? 同じ時期って言っても、完全に同じじゃないと思うし、ルチア様の知ってる有名曲でもわたしが知らない可能性はあります」
ルチアと以前話をしたとき、ほぼ同じ時期の日本で暮らしていたということは確認している。――だが、確認できたのはざっくりと西暦二千年代の初め頃という程度である。なぜならば、ルルシアは比較的最近記憶を取り戻したので自分が死んだ年の西暦をはっきりと思い出せるのだが、ルチアは生まれたときから記憶を持っていたので時の流れと共に細部の記憶が薄れてしまっていたのだ。残念ながら西暦の下二桁を覚えていなかった。
その曲がミリオンヒットだったり世界的なヒットを飛ばしていたとしても、時期がずれていればもちろん、仮にぴったり重なっていたとしてもルルシアが死亡した後に流行った曲だったり、ルルシアが聞かないタイプの曲だったりしたらお手上げだ。
「聞かせてあげられればいいんだけどねぇ……俺がちょっと歌ったら、ルチアちゃんに『わたしの記憶の中の名曲が汚染されて歪んでいくので二度と口ずさまないでください』ってすごい顔で言われちゃってさぁ」
ライノールが笑っているセネシオに顔をしかめ、苛立った様子で口を開いた。
「じゃあどうやって聞かせたんだよ。さっきエフェドラに戻った時に聞かせたって言ったろうが」
「ああごめんごめん、説明が悪かった。俺がオズテイルに潜入した時知り合った旅人がいてね。オズテイルがいよいよヤバそうだから出るつもりだって言うからエフェドラまで一緒に行動してたんだ。その人がその曲を気に入ったみたいでたまに鼻歌で歌ってたんだよね。――で、それをルチアちゃんが聞いた、と」
「ルチア様、曲名とか言ってませんでした?」
「タイトルは覚えてないってさ。でも、なんかの主題歌だって言ってたよ。多分ルルシアちゃんも知ってると思うってルチアちゃんが言ってた」
「ルチア様がそう言うなら……多分知ってる曲なんでしょうけど……」
それならばセネシオが一縷の望みをかけてルルシアを連れていきたいというのもわからなくはない。――ルルシアはちらりとライノールの方を見る。彼の機嫌が非常に悪いということは、ルルシアがオズテイルに行くことに反対なのだろう。
(治安はあんまりよろしくないって聞くしねえ……)
「何人か借りるみたいなこと言ったけど、わたしの他は誰か決めてるんですか?」
「うーん、行きたいのはオズテイルの『サイカ』ってとこなんだけどさ、あそこは亜人を嫌う傾向が強くてね。本当はライノール君も連れてけるとだいぶ安心なんだけど、どう考えても目立つからダメなんだよね……。知り合いを回収したいってだけで、大きく事を構えるつもりはないし目立ちたくないんだ。――だから、候補としてはディレルくんかな」
「ディル?」
「そう。彼見た目でドワーフ混じってるってわかんないし、それにこの間見た感じかなり強いでしょ? それにルルシアちゃんのことは絶対守るだろうしさ。彼がいるならライノール君もまあ安心でしょ」
「……まあな。他の奴よりは安心だが……あいつはクラフトギルド長の息子だぞ。許可出ないだろ、あの家から」
「それはまあ要相談かなー」
ふん、と不満げに鼻を鳴らしたライノールはルルシアの頭にポンと手を乗せた。ポン、なのだが割と勢いがあってルルシアは「うぐ」となる。
「……ルルにしても、うちの局長の許可が必要だが、もし局長が許可したとしてもディルが行かないならルルも行かせない」
「そう言うと思ったよ。とりあえずこのあとユーフォルビア君に話してー、許可出たらクラフトギルドかなー。あ、その前にディレルくんに話通さないとだな。……で、最後に冒険者ギルド」
「……冒険者ギルド?」
他に誰か声をかけていくということだろうか。確かに人数がいれば心強いが、あまり人数を増やしても動きにくくなりそうだ。そう思いながらルルシアが聞くとセネシオは事も無げに続きを口にした。
「そう。あとひとり、アドニス君を借りようと思って」
「……は?」
地を這うような不機嫌なライノールの声に、セネシオはニッと笑って見せた。




