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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
3章 エルフ代表者事務局員
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79. 家系

「……ルル?」

「あ、ディ……」

「ディル!!」


 不意にかけられた声に、倉庫の入口側にいたルルシアが振り返り返事をするよりも早くフォーレンが大きな声を出した。どうもテンションが高いまま声を出したので音量調節がうまくいっていなかったらしい。返事を途中で遮られたルルシアは大声にびっくりして、中途半端に口を開けたまま目を瞬かせた。

 フォーレンは自分の声の大きさに少しびっくりしたようだが、それでもいまだ興奮冷めやらぬという面持ちで耳をぴんと立て、ディレルの方へ駆け寄る。


「え、フォルがいる……?……っていうかなんでそんなにテンション高いの?」


 対するディレルは眠いのか若干ぼんやりしている様子で、フォーレンとは反対にテンションが低い。そしてどうやらルルシアたちが今日来ることを知らされていなかったらしく、ややいぶかしげな表情をしていた。


「今これ見せてもらってたんだ……おやじさんすごいな。こんな彫刻初めて見た!」

「あー? ……うん」


 嬉しそうにそう言うフォーレンの耳がピルピルと揺れている。

 ルルシアの知っているフォーレンは普段割と斜に構えて大人っぽくふるまっているので、ここまで無邪気に喜んでいる姿は初めて見た。ディレルも意外だったのか、少しだけ驚いたように目を丸くしていた。

 そして彼は――両手でフォーレンの頭をわしゃわしゃと撫で始めた。


「な! やめろ! 何すんだよ!」

「フォルはかわいいな……」

「やめろって! 気持ちわりぃな!!!」


 ルルシアはディレルのつぶやきに心の中で「わかる」と何度も頷く。

 フォーレンは毛を逆立てて怒っているが、それすらも可愛い。そして一生懸命頭にのせられた手をどかそうとしているが、ディレルに力でかなうはずもなく、「ふー!!」と唸っているものの全く動かせていないところも可愛い。


「フォルとルルとエルフ事務局の……ってことは調査の関係?」


 もがくフォーレンの頭に手を乗せたままディレルがルルシアの方を向いた。


「あ、うん。調査にひと段落着いたから報告。それと夕食にお呼ばれしました」

「なんだディル、聞いてなかったのか」

「……多分聞いてない」


 ビストートが「おや?」と言う顔をしているのでわざとディレルに知らせなかったわけではないらしい。手をどかすのを諦めたフォーレンが半眼でディレルを睨みつけた。


「お前のことだから、どうせ言われたのに聞いてなかったんだろ」

「んー、来客があるのくらいは聞いたかもしれないけど、誰が来るかは聞いてないと思う。さすがにお前が来るなんて聞いたら覚えてるよ」

「はっ!どうだか」


 フォーレンは鼻で笑ったが、覚えてると言われたことが嬉しかったらしく尻尾がソワソワ動いていた。そのちぐはぐな態度にディレルは少し顔を背けて笑った後、視線をユッカの方へ向けた。


「挨拶もせず失礼しました、私はディレル・ランバードと申します」

「いえ、こちらこそ。エルフ代表者事務局のユッカです。優秀な職人だという噂はかねがね聞いています」


 よそ行きの笑顔を浮かべたディレルはユッカと雑談を始め、ようやく解放されたフォーレンは手に持った鳥の彫刻を目に焼き付けるつもりなのか、じっと観察していた。


「フォーレンはそういう芸術的なものが好きなの? 絵、上手いし」

「芸術はわかんないけど、見るのは好き。絵は普通だろ?」


 彼が地面にたまに書いている絵はルルシアから見たらプロ画家のラフスケッチレベルだ。それを普通の基準としてしまったらほとんどの人はど下手ということになってしまう。


「フォーレンが普通だったら、私は目も当てられないレベルになるんですけど……まあ、フォーレンは手先器用だし、興味あるならそういう立体物もチャレンジしてみれば? ちっちゃい猫の置物とかサンドイッチ屋さんに置いたらかわいいよ」

「置物かぁ……面白そうだな」

「お? フォーレン君は木彫りに興味が……?」


 ルルシアとフォーレンが話しているところに、今まで息子とユッカの雑談に混じっていたビストートがスッと入ってきた。その目は獲物を捕らえるようにフォーレンに向いている。


「え……? あ、まあ、そうですね」

「そうかそうかそうか。よかったら基礎的なことを教えようか。道具は貸してもいいんだが、でも自分でも気軽にできるように普通のナイフがいいかな。それなら使う木の種類は柔らかめで……」

「ちょ、ちょっと待っ……ディル!止めろよ!」


 ビストートはぶつぶつ言いながら倉庫の奥の方にある資材置き場にフォーレンを引きずっていく。ビストートは生粋のドワーフなのでもちろん力が強い。フォーレンはなすすべもなく連れていかれてしまう。


「ああー……その人そうなったら長いし話聞かないから諦めろ」

「は!? どうなってんだよお前の家系は!」

「さて、私たちも捕まると面倒なので先に戻りましょう」


 ディレルはそう言ってユッカに微笑む。フォーレンが「ちょ……!」というのは完全スルーしつつ、ルルシアの方へ視線を向けた。


「ルルおいで」

「う……うん」


 本当に置いて行っていいのかな、と振り返りつつディレルの側に行くと、彼はユッカに「応接室ですよね?」と確認しつつ、さりげなくルルシアの手を握った。

 ひえっ!?となるルルシアにディレルはニッと笑みを向けると、そのまま手を引いて倉庫を出た。




「……フォーレンは大丈夫かな」

「大丈夫です。どうせ興味には勝てないだろうし。――元々あいつ、ああいう彫像に興味あるんですよ。だから昔から見に来るよう誘ってたんですけど嫌がって来なかったんですよね。せっかく来たなら思う存分勉強していけばいいと思います」


 心配そうにつぶやいたユッカに、ディレルがさらっと答える。その内容にルルシアは首を傾げた。


「フォーレンが来たの初めてっていうから、誘ったりしてないのかと思った」

「いや? 金持ちの家に行くのなんかヤダって言って来なかったんだ。ここ一帯の区画自体があんまり一般層向けじゃないから近づきたくなかったらしいよ」

「確かに街の方とは雰囲気は違うけど……」


 テインツの街で住宅が多い西側は、長屋があったり古い家がたくさん並んでいたりと下町の雰囲気が漂っている。それに対して少し坂を上った場所にあるこの区画は要人の住宅が多く並び、瀟洒な住宅街である。――と言っても前世の記憶があるルルシアからしてみると『普通』の範囲なのだが、生粋のテインツ下町生まれのフォーレンにしてみるとひどく居心地が悪いらしい。

 そんなに気にすることないのに……とルルシアが呟くと、ユッカが困ったように微笑んだ。


「エルフもそうだけど、獣人も風当たりが強い種族だからね」


 少し悲し気なユッカの言葉に、ディレルが頷いて続ける。


「テインツは比較的差別感情が薄いけど、それでも獣人は見た目で忌避されがちだから……ほら、ネコのサンドイッチ屋があるだろ? あれは元々獣人の地位向上のためのチャレンジだったんだよ。店長がヤリ手過ぎて今じゃ大繁盛してるけど……」

「あっ、この間見たとき大行列になってた」

「屋台じゃなくて店舗構えるとかいう話も出てるらしいしね……まあとにかく、フォーレンがここに来て興味を持って、それで彫刻を始めたいなら手伝いたいと思ってるんだ。今回はどういう風の吹き回しかは知らないけど、やっと来てくれたからいい機会だよ」


 ディレルはフォーレンが来たことが本当にうれしいらしく、口元に笑みが浮かんでいる。ユッカもそれに微笑みながら頷くと、ルルシアの方へ視線を向けた。


「じゃあそれはルルシアの功績だね。ごはんがおいしいから絶対に行くべきって力説してフォーレンが折れたんだから」

「……メリッサさんの作る食事は最高なんですよ」

「寮に戻らないでここに居れば毎日メリッサの作った食事が食べられるのに」

「う……やっぱり居候って申し訳ないんだもん……食費も受け取ってくれないし……」


 先程からディレルは喋りながら、時々つないだ手の指先ですりっとルルシアの手のひらや手の甲をなでるので、そのたびルルシアの意識がそちらに持っていかれて会話に集中できず、言葉がたどたどしくなる。ルルシアは元々雄弁ではないのでわかりにくいとは思うが、平静を保つのが大変なのでやめてほしいところである。

 ユッカはそれに気付いていないのか、それとも気付いていないふりをしてくれているのか、普通に会話を続けてくれる。


「ああ、それはちょっと気を使っちゃうね……」

「そうなんです!……しかもここでの生活に慣れすぎたせいで、寮に帰った次の日の朝、自分で作らないと朝ごはんがないって事実に打ちひしがれました」

「ふっ……」


 真面目な顔で言ったルルシアの言葉に、ユッカが噴き出して顔をそらした。

 それに対してルルシアは「笑い事ではないんですよ!」と口をとがらせる。


「これは由々しき事態ですよ。人は快適すぎると退化するんです」

「ふふふ……ごめ、……そうだね、食事の準備は大変だもんね」


 ユッカは何とか笑いをかみ殺そうとしているが健闘むなしく肩が震えていた。

 横を見るとディレルも黙って肩を震わせている。むっとしたルルシアはつないだ手に爪を立ててぎゅっとつねってやる。――が、痛がるどころか嬉しそうに微笑まれてしまって、ルルシアの方が火照った顔をうつむけることになってしまった。

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