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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
1章 オーリスの森の住人
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8. ドワーフとエルフ

 テインツ領の、テインツ城を擁する城下町。

 かつてドワーフが王として統治していた頃は、王都だった場所。


 現在この国、イベリスに国王は存在しない。

 過去には王族が治めていた時代もあったそうだが、種族間の争いが絶えず、結局どの種族が統治しようとしても長く持たなかった――という歴史がある。

 現在は国内が5つの領地に分かれ、領地毎に各種族の代表が集まる「代表者議会」が置かれている。そこで話し合いが行われ、領地の運営方針が決まるのだ

 この話し合いでもいざこざは絶えないらしいが、それでも表面上は大きな争いも起こらず、どの領地もうまくやっている。

 つまり、それなりに平和。

 そうでなければ、テインツはライフラインの脆弱性をつかれてすぐ陥落してしまうだろう。

 器用かつ体は頑健として知られるドワーフであれば、魔獣結晶を入手、加工して都市機能の維持に使っていたとしても頷ける。

 そしてそれがそのまま活用されて今に残る…技術力の高さは素晴らしい。過去のドワーフたちもまさか、後世で困るとは思っていなかったのだろう。


 魔獣討伐から、数日後。


 かつてドワーフの王が君臨していた王城は、今は議会や各ギルドの支部などが入った総合庁舎的なものとなっている。

 その城の一室、クラフトギルドの応接室で、ルルシアとライノールはお茶を飲んでいた。

 正確には、お茶を飲んでいるのはライノールだけで、ルルシアはカップに手を付けずにずっとキョロキョロしていた。

 ライノールはそのルルシアの頭に、躊躇なく拳を落とした。


「痛っ」

「少しは落ち着け」

「だってお城なんて初めて入ったんだもん」


 この世界に生まれてから、城どころか城下町に入るのも初めてのルルシアは最初から興奮し通しだった。

 郊外の小さな町や農村であれば何度か訪れたことがあるのだが、大きな都市は迫力が違った。

 前世のゲームや映画でしか見たことがないようなファンタジーな町並み、目まぐるしく動きまわるたくさんの人々。そして極めつけが本物の城。

 前世は日本の女子高生、そして今世は森から自由に出ることができないエルフのルルシアからしてみたら、これで落ち着けと言う方が無理である。

 

「お前な、これから会うのはドワーフだぞ。エルフの名を地に落とすような動きをするなよ」

「名を地に落とすってなに? わたし、いつもそこまで酷くないよね? 他の人がいるときは割とちゃんとしてるでしょ?」

「いないときが酷すぎて不安になるんだよ」

「それはもう言いがかりじゃないですか」


 今はこの部屋には他に誰もいないのだが、前回フォーレンに会話を聞かれていた反省から、声は抑え気味で口論する。

 特に、今いるこの場所はドワーフの力が強いクラフトギルドの本部なのだから。


 ――前世の多くの創作物と同様に、この世界でもドワーフとエルフは仲が悪い。らしい。

 原因はいろいろあるそうだが、一番大きなものは、大昔にエルフの築いた王国が崩壊するきっかけを作ったのがドワーフだった、とかいうあたりだろうか。

 しかし、ドワーフの国が崩壊したのもエルフが絡んでいるらしいのでお互い様だ。


 ただしそれは大昔の話。過去の遺恨といっても、さすがに風化するくらいの長い時間が間に横たわっている。若い世代からしたら、なんで仲が悪いのかピンとこないのだ。

 実際にルルシアもドワーフに対して悪感情を持ってなどいないし、ドワーフから嫌がらせを受けたこともない。

 なのにいまだに仲が悪い云々……という話が出てくるのは、エルフ側には当時の生き証人がまだご存命であられるからだ。

 古代種とも呼ばれる齢数千歳の大御所。もちろんエルフ界でトップクラスの地位にいる。

 トップがリアタイで経験してきた諸々の遺恨に対して、歴史書でしか内容を知らない下々の者たちが「まあ水に流しましょうや」、などと言えるはずもなく――対するドワーフ側からしてみれば、もう誰も覚えていない真偽すら怪しい話でいつまでも突っかかってこられるのだからたまらない。

 結果的に、なんとなくお互い「なんかあいつらって気に入らないんだよね」と言い合う程度の微妙な関係を、大昔から今に至るまで続けている。

 不毛としか言いようがないが、とりあえずエルフとドワーフはそういう関係性である。


 今ルルシアたちがいるこのクラフトギルドは、そんなふうにエルフと微妙な関係であるドワーフが中心となって運営されてる組織だ。

 別にギルド自体は種族など関係なく所属できるのだが、特にドワーフは手先が器用でモノづくりが得意な者が多く、そのほとんどがクラフトギルドに所属している。

 そのため、クラフトギルドはどこの支部であってもドワーフ比率が高く、数が多い分その発言力も強くなっているのだ。

 ましてや、イベリス国のクラフトギルドを総括しているテインツ本部は、元々ドワーフの国だっただけあって特にドワーフ比率が高い。

 さらに、現在、この本部のギルド長もドワーフであると聞いている。


 魔獣討伐を終えて森に戻ったルルシアたちに、その国内最大規模の本部のギルド長から会いたいという打診があったのが数日前。

 打診を受け取ったオーリスの森長が、「ルルは一体何をやらかしたの!?」と叫びながら倒れたというのは記憶に新しい。

 正直なところ、ルルシアもライノールもなぜ呼び出されたのか全く分からない。何をやってしまったのかと聞きたいのはルルシアの方である。

 何か関連があるとすれば、魔獣結晶に関わることなのだろうが……魔獣にとどめを刺したのも、解体して結晶を回収したのも、その後の保管・運搬もすべて冒険者ギルドの采配で行われている。

 どれだけ考えてみても、特に何か言われる理由は思いつかなかった。


(もしかして、わたしの矢のせいで結晶に傷が入ってたとか? その場合の責任って……いや、それはわたしたちのせいではない……はず)


 だが、単なる下っ端エルフが天下のクラフトギルド長に呼び出されて「断る」という選択肢は選べなかった。

 ここに来るまでの道中――いや、この部屋に入って案内役のギルド員が席を外してからも、ライノールのため息が絶えなかった。

 ルルシアももちろん、何を言われるのかわからないという恐怖はあるのだが、今のところはそれよりも初めて見る都市の光景への興奮の方が勝っている。


「……この状況で楽しめるお前の脳みそは軽そうでいいな」

「え、もしかして年を取ると脳が硬化して重くなるんですか? 知らなかった。老化って怖いなぁ」

「ほう、俺と口でやりあって勝てると思ってるのか、小娘め」


 コンコン。


 嫌味の応酬を続けていた二人は、部屋に響いたノックの音でぴたりと口を閉ざした。

 一瞬顔を見合わせ、すぐにライノールが「どうぞ」と扉に言葉を投げかける。


「失礼します」


 扉を開けて入ってきたのは、見覚えのある男だった。

 少し幼さの残る顔立ちに、ルルシアとあまり変わらない身長。線が細く――なのに何故か大きな剣を振り回していた。

 名前はなんだっけ……と、人の名前を覚えるのは苦手なルルシアは頭をフル回転させるが、なかなか出てこない。

 ライノールがソファから立ち上がったので真似して立ち上がったものの、そのまま固まっているルルシアに、男はふ、と笑った。


「お久しぶりです……というほど時間は開いてないですけど、改めて、ディレル・ランバートと申します。どうぞお見知りおきを」

「ランバートって、ギルド長の……?」


(ギルド長? この人が?)


 さすがに驚きの色がにじんだライノールの声に、ルルシアも驚きで目を見開いた。若すぎるし、しかもなぜ冒険者に混じって討伐などやっていたのだろうか。


「あはは、ギルド長は私の父です。こちらから呼び出したというのに大変申し訳ないのですが、ギルド長は他のギルドとの打ち合わせが長引いてしまって約束の時間に遅れてそうなので、そのお知らせに来ました」


 ドワーフのギルド長が父、ということは彼もドワーフなのだ。

 ドワーフといえば、強面でがっしりした体格を思い浮かべるのだが、彼は線が細く優し気な顔立ちである。

 エルフにルルシアのような者がいるように、ドワーフもイメージ通りではない、ということだろうか。

 だが、見た目に反した力の強さは種族の特性によるものだと思えば納得だ。


「なるほど……ご子息か。しかしあなたは冒険者ギルドの人間では? わざわざ父親の伝言を伝えるためにここへ?」

「いえ、私は両方のギルドに所属しているんですよ。ただ、メインはクラフトです。魔術具を作るのに魔物素材が必要で、自分で採りに行く方が早いんですけど……冒険者ギルドに所属していないと、素材採取をしてはいけないという決まりがあるので」

「ああ、それでわたしの弓を」


 魔術具を作る、と聞いて思わず口に出る。ルルシアが弓を組み立てているとき、そういえば魔術具に興味があると言っていたな、と思い出す。

 彼は「あの時はすみません」と苦笑した。


「メイン武器として組み立て式の弓を使ってる人を初めて見たので、どういう魔術が構築されてるのか、つい気になって」

「それほど珍しいものでは……あ、そうか」


 ルルシアの場合は魔法で弦を張るので弓を組み立てるだけでいいが、普通はそれに加えてその都度弦を手で張り直さないといけないのだ。

 とっさの行動が必要な場面で、いちいちそんなことはしていられない。結局組み立てた状態で持ち歩くことになってしまう。


「ええ、弦の調整なんかも考えると狩場で都度組み立てるタイプはメリットが少ないですし、どうしたって強度も下がりますから。破損に備えてサブとして持っている人は多いですけどね……あ」


 そこで彼は立ち話をしていたことに気づいたらしく、二人に座るよう勧めると手際よくお茶を淹れなおす準備を始めた。

 彼がギルド内でどのような立ち位置なのかはわからないが、ギルド長の息子が手ずからお茶を淹れるというのはよくあることなのだろうか。

 普通なら事務員辺りの仕事……といってもこの世界の、エルフ社会以外の普通はルルシアには分からないので、こういうものなのかもしれない。


「……貴方は、我々がここに呼ばれた理由をご存じだろうか」


 新しいお茶を受け取り、ライノールが気になっていたことを切り出した。


「そうですね、お二人を呼んだ表向きの理由は魔獣討伐への協力のお礼です」

「表向きというと」

「……個人的な話ですが、父は昔エルフの方々に命を救われたことがあるそうです。その恩人をずっと探しているようで」

「ああ……、窓口以外のエルフと接点を持ちたいと」


 エルフの中で、外部とやりとりをする窓口を務めているのは各森の森長である。皆規則に厳しく、そして比較的反ドワーフ派が多かったりする。

 たとえ恩人を探すためであっても、彼らからエルフ内部の情報を聞くことができなかったのだろう。

 そういう話をするのが目的なので、無関係なギルド員ではなく、息子のディレルが伝言やお茶くみといった雑用をしている、ということらしい。


「簡単に言えばそのとおりですね。……無理な希望であることは父もわかっていると思います。エルフの方たちがドワーフに対していい感情を持っていないことも存じていますので……」

「互いの種族に対して悪感情を持っているのは、お互い様では?――そして、それと個人の持つ感情は別物であるということも」


 だから種族同士がいがみ合っていても、別に我々がいがみ合う必要はない、という含みを持たせたライノールの言葉に、ディレルは微笑んだ。


「そうですね。私もお二人に対して何ら悪い印象は持っていません」


 ルルシアも今度は大人しくお茶をいただく。

 中国茶のようなすっきりした飲み口でおいしい。でもせっかくならチャイがよかったな、と思いながら視線を上げるとディレルと目があった。

 今日もいつも通りフードで顔を隠しているので、向こうからはこちらの視線は見えていないとは思うのだが……、それでも僅かな頭の動きでわかったのか、彼は「何か?」というように少し首をかしげて笑顔を見せる。

 その笑顔に、ルルシアはなんとなく落ち着かない気持ちで目をそらした。


「……」


 気のせいだろうか、ライノールの方から若干の不機嫌オーラを感じる。もしかしてチャイを飲みたいと物欲しそうな視線を送っていたことがばれたのだろうか。


 これは後で叱られるヤツかもしれない…と思っていると、部屋の扉が再びノックされた。

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