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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
3章 エルフ代表者事務局員
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71. タイミングのずれ

 シャロの話は行ったり来たりして、言葉もつたないのでなかなか話の全貌を掴むのに苦労した。そのおかげでルルシアは冷静になれたので、逆にそれで良かったのかもしれないが。


 シャロはフロリアの森で生まれ育った。そして物心ついた時――もしかしたらその前から、自然に自分の魔力から瘴気を作り出すことができていたようだ。

 その瘴気が原因で母親は死去。その後の養い親も倒れているし、彼女自身も体を壊していた。ルルシアの母が『体が弱くて寝たきりの子供』がいると言っていたのはこのことだろう。

 魔力が高かったり素養があれば瘴気を目でとらえることはできるのだが、あいにくそういう者がシャロの身近にはいなかったようだ。

 討伐を主に行っているオーリスなどと違い、フロリアは薬草栽培に力を入れていたこともあって、魔法が不得手なものが多い集落だったのだ。そのせいでシャロが瘴気を作り出せるという事実がなかなか発覚しなかったのだろう。


 そして、偶然発覚。

 よりにもよってそれに気付いたのはシャロの母親に横恋慕していたと思われる男、デュラン。しかもこの男はわざわざ親を失ったシャロの教育係に自ら就任して、隠れて虐待のようなことを行っていたようだ。

 この話を聞いた時、警備員は食べていたアップルパイを握りしめてぼろぼろこぼしながら「なんすかそれ許せねえ」と憤っていたが、彼の役目は扉の横で黙って立っていることだったはずだ。今回もこちらの音声は通信機で飛ばしているので、後で誰かしらから注意されるだろう。


 閑話休題。

 フロリアの森長はシャロを隔離し、専門知識を持った者――タイミング的にルルシアの両親のことだろう――の判断を仰ぐことにした。おそらくこの措置はデュランからシャロを守る意図が大きかったのだと思う。

 だが結局デュランはその前にシャロを襲い、シャロは身を守るために無意識に転移魔法を使った。運悪く転移先で魔物に襲われたが、熊の魔物によって窮地を救われる。その熊の魔物が何を考えてシャロを救ったのかは分からないが、熊は知能が高いため、シャロを効率的な瘴気の供給装置としてみていたのではないかとルルシアは考えている。つまり、シャロや他の魔物を襲ったりするよりもシャロが作り出す瘴気を吸収した方が効率が良いと気づいたのではないだろうか。


 しかし、急激過ぎる瘴気の供給によって発狂。魔獣化した熊はシャロに牙をむき、シャロは二回目の転移魔法を発動させて偶然フロリアの森の側にいたアドニスに拾われた。

 そしてシャロを見失った熊は獲物を求めて集落へ向かい、ルルシアの両親とエンカウントしたのだ。



「…今のお話をまとめると、あなたには罪と呼べるようなものがないと思います」

「でもシャロは魔族だよ」

「あなたはエルフです。私と同じ。…仮に、魔族だったとしても、存在するだけで罪なんてことはありません」

「嘘」


 シャロは頑なだ。幼い頃に言われた言葉のインパクトがそれだけ強いのだろう。ここは彼女が心を許しているアドニスの名前を借りることにする。


「アドニスさんはどう言いました?生きてたらいけないって言いましたか?」

「アドは…自分が生きるか死ぬかは自分で決めろって、言った」

「…そうですね。わたしもそう思います。少なくともデュランという男が勝手に言ったことを、あなたが気にする必要はないんですよ。デュランよりもアドニスさんの言ったことを大事にしたほうがいいです」

「……」


 もしもデュランがあの夜シャロを害そうとしなければ、フロリアの森長はルルシアの両親とシャロを会わせただろうし、両親は間違いなくシャロを保護しただろう。

 フロリアでは瘴気に対処できなくともオーリスであれば何らかの手を打てた可能性は高い。それに同年代のルルシアが側にいれば、ぼんやりして無意識に瘴気を作り出すようなこともなかったはずだ。更に、ルルシアはシャロほどではないものの瘴気を目で視ることができる。気付かずに蝕まれるようなことだって起きなかった。


「…ほんの少しのタイミングのずれだったのになぁ…」


 タラレバの話に意味などない。だが、もしかしたらフロリアの集落は壊滅せず、両親は今も生きていて、ルルシアは同年代の友を得ていたのかもしれない。


「ずれ?」

「何でもないです。ところで、もう一つアップルパイ食べます?」

「…食べる」



**********



「と、いう感じです。おおむねライの予想通りだけど、シャロや集落に問題があったってわけじゃなくて『デュラン』という個人に大きく問題があったという印象でした」


 前回と同じ会議室で、前回とほぼ同じメンバーだが今回は教会のセンナはいない。むしろ前回もたまたま用事があって来ていたので、せっかくならと同席してもらっていたのだ。


「記録だとデュランって奴は襲撃で死亡が確認されてるから、残念ながらシャロに対する虐待容疑やら殺人未遂の罪は問えないな。――フロリア壊滅の原因は無知と嫉妬と能力不足か…キーマンのデュランも森長も襲撃で死んじゃってて、そんでシャロが姿を消してたんだから今まで顛末がはっきりしなかったのも当然といえば当然か…」

「ところでこっちにアップルパイないの?」


 ユーフォルビアの言葉にかぶせてテーブルを叩き、アップルパイを催促するセネシオの前にルルシアは無言でパイの入ったバスケットを置いて黙らせる。


「フロリアの魔獣も人工的に作られたもんだったってことか…だから結晶がなかったのか?」


 そのセネシオを無視して、グラッドが独りごちた。グラッドもセネシオの扱いに慣れてきたらしい。


「結晶って、魔獣結晶?」


 それにライノールが応じる。グラッドは彼の方に目を向け、頷いた。


「そう。フロリアの襲撃の際、倒された魔獣からは魔獣結晶が見つからなかったって記録があるんだ。もしそこで結晶が手に入ってれば浄水場の浄化装置の結晶をもっと余裕をもって交換出来て、最近の事故も起きなかったかもしれないとずっと思ってたんだが…。魔獣結晶が見つからなかったのは、瘴気を大量に与えられて急激に魔獣になったからってことなのかな、と」

「ああ、あれは魔獣の体内で時間をかけて蓄積された魔力の塊って話ですしね。変換不要の瘴気が効率的に摂取出来たら結晶なんてできないでしょうね」


 魔物や魔獣は魔力を取り込んで体内で瘴気に変換して、それをエネルギーとして活動する。そのときに変換しきれなかった魔力が体内に蓄積し結晶化したものが魔獣結晶ではないか、と言われているのだ。

 都市機能の維持に魔獣結晶を利用しているテインツとしては、損害が大きかったのに魔獣結晶が手に入らなくて大打撃だったのだろう。魔獣自体が滅多に現れるものではないのでなおさらだ。


「天然物の魔獣って必ず魔獣結晶を持ってるものなんですか?」

「ん、俺に聞いてる?」


 ルルシアがセネシオに問いかけると、セネシオはアップルパイを咥えたまま首を傾げた。


「はい。タダでアップルパイが食べられると思わないでください」

「あはは。そうだねぇ、結局あれって歯石みたいな感じで嫌でも溜まるんだよ。ものすごーく変換効率のいい魔物だったら魔獣になっても結晶化するほど蓄積はしないかもしれないけど、まず無いだろうね。ええとつまり、天然物なら必ず結晶があるってこと」

「…魔獣は魔物から変化したものっていう説をさらりと肯定してるが、その辺よくわかってないんじゃないのか」


 ライノールが質問をはさむ。魔獣の発生については、魔物が成長したもの説、そもそも別種説など諸説あるのが現状なのだ。それに対してセネシオは片眉を上げた。


「ああ、その辺には知識の断絶があるんだよね…魔獣は魔力を得て成長を続けた魔物のなれの果てだよ。魔物は魔力を瘴気に変換して摂取することで成長し、魔獣になる。――シャロちゃんがやったようにね、魔物にたくさん瘴気を与えたら人工的に作れるわけよ。大昔に魔族と呼ばれたエルフたちは実際にそれをやってた。…でもね、エルフが瘴気を振りまいて魔獣を作ってたなんて外聞の悪いこと、エルフのお偉方は認めたくないわけよ。だから魔族の存在とともにその知識も徹底的に闇に葬られたのさ」

「…なかったコトにしても事実がなくなるわけじゃないのに」

「まったくもってそのとおりだね。フロリアに関しては原因の根底に嫉妬やら怨嗟があるからなんとも言えないけど、魔族に関しての正しい知識があれば集落の壊滅に至るほどの事態は防げたかもしれない。魔族に関する知識の啓蒙は必要だと思う。――やっぱり年寄り共をつついてやらないとなぁ」

「…年寄り具合で言ったらセネシオさんだって同じじゃないんですか」

「それはそうだねぇ。あ、でも安心してルルシアちゃん。女の子のお相手はでき」

「死んだらいいのに」

「辛辣!」

「セネシオさんの発情具合よりもシャロの今後です」

「発情具合…」


 ルルシアの言葉のチョイスに男性陣が微妙な顔をしたが無視して話をすすめる。


「シャロは基本的にアドニスと行動をともにしてからは彼の指示に従って動いていただけで、アドニスが工作員からどういう命令を受けてたかは知らないみたいですね。過去のフロリアの件も今回の件も、彼女に非がないとまでは言いませんけど、追放というのはやはり重すぎるのでは?」

「うーん、頭の痛いところなんだよなぁ…放逐は厳しすぎるってのは割と意見が一致してるんだけど、どこかの集落に受け入れさせるにしても前例がないし、それに魔族に対する偏見がある限り結局シャロも含めた全員が嫌な思いする事になるだろうし…」


 そう言いながらユーフォルビアがこめかみを押さえたところで、あっ忘れてた!とセネシオが声を上げた。


「テインツの教会の司祭サマが、もしエルフ側が許すなら自分のところで受け入れたいって言ってたよ」

「…テインツの司祭様って、マイリカ様ですか?」


 マイリカは穏やかで優しい老女だ。彼女であればシャロを悪いようにはしないだろう…が、シャロは指示に従っただけとはいえテインツの教会を襲い、神の子を傷つけた張本人である。


「神の子側としては微妙なのでは?だってハオル様は…」


 そこまで言って、ルルシアはしまったと言葉を切る。なかったことになっているので言ってはいけないのだった。一応ここにいる面子は事実を知っているのだが、それはそれ、である。ユーフォルビアが「聞かなかったことにするよ」と苦笑した。

 セネシオはアップルパイを食べ終わった後の指を舐めながら続ける。


「マイリカちゃんの独断っぽいけど『迷子みたいな顔をしてた子供を放っておけないわ』だってさ」

「…なるほど、彼女らしい理由だ。提案してみるよ。多分エルフ側から異論は出ないだろうし、神の子の方だって、センナは昔から彼女には逆らえないから」


 ユーフォルビアがそう返す。総本山の司祭であるセンナが逆らえない相手が、テインツの隅にある教会にいるとは。


(実はマイリカ様がアルセア教会で最強なのかも…?)

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