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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
1章 オーリスの森の住人
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7. 木から落ちた小さいエルフ

 だが、予想に反してそのチャンスはすぐに訪れた。


「おー、木から落ちたちっちゃいエルフじゃねえか。あんたのおかげで助かったよ」

「木から落ちてケガしなかったか?」

「ちっちゃいエルフの人! あなたが矢を撃ってくれたおかげであの爪避けられたんだよ。本当にありがとうな!」

「あっ木から落ちたエルフ!」


 討伐終了後、はじめに集まった空き地に戻り、事後処理に追われる冒険者ギルドの職員を傍目に見つつ、ルルシアは魔力回復のためにぼんやりと木にもたれかかっていた。

 そんな彼女に、何人もの冒険者たちが声をかけられてくるのだ。


「……」


 非常に不本意ながら、ルルシアは冒険者たちから完全に『木から落ちた小さいエルフ』として認識されていた。

 まあ、エルフ自体珍しいし目立つ。

 ルルシアの身長は標準的な成人女性くらいだし、ここには同じくらいの身長の人だって何人もいるのだが、一緒にいるのが背の高いライノールだ。

 似たような恰好をした二人が一緒に行動していたら、大きい方と小さい方として認識されてしまうのは仕方がない。


 だが、『木から落ちた』は余計だ。

 ルルシアがフードの下でぷくーっと頬を膨らませていると、ディレルとフォーレンがやってくるのが見えた。


「ルルシアさん……あれ、ライノールさんはいないんだ」

「……ライは、魔物処理」

「ああー、あの人の魔術……エルフだから魔法? すげえよな」


 討伐が終了して、周辺に残党がいないことを確認したら、任務完了――ではなく、今度は転々と散らばる魔物の死体を処理する必要がある。

 魔物の体が纏っている瘴気は、絶命すると急速に薄れていく。その状態であれば放っておいても森の獣などの食料になるため、数が少なければ放置することもあるのだが……今回は、さすがに数が多い。

 腐敗しても困るし、食料があると味を占めた別の獣が、牧場のほうまで足を延ばしてきても困る。

 そのため、平野の死体は魔術や魔法で焼いて処理するのだ。

 魔力お化けのライノールは、そういった作業に向いているのでそちらに駆り出されていた。

 逆にルルシアは向いていないので、くっついていても邪魔にしかならない。

 ライノールに「ついてくるか?」と聞かれたが、「食べられない肉に興味はない」と答えたら深いため息をつかれた。

 残念ながら、たとえ瘴気が消えたとしても、魔物の肉はエルフの体に合わない――試しに食べてみて2日間寝込んだうえにいろんな人に説教された――のだ。

 とにかく、そんなこんなでルルシアとライノールは別行動中である。


 こうやってディレルたちと話している間にも、ルルシアを見つけた冒険者たちが代わる代わるやってきて、『木から落ちた』『小さい』と声をかけてくる。

 あくまでも、彼らはルルシアの矢に助けられたと感謝しているのだが……ルルシアからしてみれば、自分の役目を果たしただけだ。

 感謝の必要などないし、ついでに木から落ちたことは金輪際言わないで欲しい。

 だがそんなルルシアの心中など知るわけもない冒険者たちからは、話のついでに……という感じでエルフのことや魔法のことについていろいろ質問される。

 ルルシアはじっと黙って、答えられるところは首を振ったり頷いたりだけで返事を返す。

 しばらくそうしていると、冒険者ギルドの作戦用テントの方で賑やかな歓声が上がった。

 そちらの方に目を向けると、どうやらギルドが長期戦を見込んで用意していた食料を、冒険者たちに振る舞いはじめたらしい。

 「酒もあるぞ!」という声が聞こえた途端、ルルシアの周りにいた人々も顔色を変えて、そちらへ駆けていった。

 ルルシアは質問攻めから解放されたことにホッと息をはいて、そしていまだに残っている二人に目を向けた。


「まだ何か、用ですか」

「お、やっと順番回ってきた。ルルシア、さっき魔獣結晶見たいって言ってただろ? 支部長のおっさんに言ったらテントに来れば見せてやるってさ」

「……さっき……?」


 フォーレンが耳をピコピコと動かしながら言った内容に、ルルシアは瞬く。

 確かに、見たいと言った。

 だが、ルルシアはライノールにしか言っていないはずだ。なぜフォーレンが知っているのだろうか。


「ああほら、俺、他の奴らより耳いいから」


 ルルシアが不審に思ったのが分かったらしく、フォーレンはそう言ってもう一度耳をピコピコ動かした。


(あっ、触りたい!)


 ……ではなく。

 あの時の距離で聞こえていた、ということは、他の会話も聞かれていた可能性が高い。

 何か失言がなかっただろうか……と、ルルシアは頭の中で記憶を駆け巡らせる。

 だが、確か彼らと合流してからは、あまりライノールとも会話をしていない。そこまで致命的なことは言っていないはずだ。たぶん。

 ちなみに致命的なこととは、例えば「お肉食べたい」とか「お金欲しい」とかである。

 普段割と頻繁に言っているワードなので、これからは気を付けようと心に誓う。


「で、どうする?」


 フォーレンが首をかしげる。

 ライノールが戻ってきてから……と一瞬思ったが、このままここに留まっていれば、また冒険者に捕まって、質問攻めにされたり木から落ちたとか言われてしまうかもしれない。しかも今度は、酒が入ったモードの冒険者たちだ。

 ……どうせ、ライノールが戻って来たときにルルシアが見当たらなければ、人に聞いて探すだろう。


「行きます」

「オッケー。じゃあご案内~」


***


 冒険者ギルドの作戦用テントは、何日も前から設置されており、ここを拠点にギルドの職員が交代制で魔物たちの動向を監視していたのだという。

 そのため、内部はそれなりに生活できるよう、環境が整えられている。

 しかし、討伐が終了した今は、それらの撤収作業でバタバタしていた。


「おっさん、つれてきた」

「おっさんじゃねぇ支部長と呼べ」


 誰もがバタバタと忙しそうにしているところに、フォーレンは尻尾を揺らしながらずかずかと入って行くと、一番忙しそうに周りへ指示を出していた支部長のグラッドに声をかけた。

 グラッドはそんなフォーレンに渋い顔をして見せてから、ルルシアの方に目を向ける。


「ああ、エルフのお嬢さんか。こちらから挨拶すべきだったがバタバタしていて申し訳ない」


 ルルシアは黙ったまま頭を振った。

 ここまで忙しそうなのに、挨拶をするためにわざわざやってこられた方が困る。


「ありがとう。――君たちの協力がなければ、討伐は失敗していた可能性が高い。そうでなくとも、もっと多くの怪我人や死者が出ていただろう。今回の作戦に参加してくれたこと、本当に感謝している」 


 そう言ってグラッドは頭を下げた。

 こんなに屈強な男に頭を下げられたことなどなかったルルシアは、内心パニック状態だった。

 ルルシアはただ、興味本位で魔獣結晶を見に来ただけなのに。


「……いえ、周辺の安全を確保することは、我々にとっても重要な事です。協力することは当然で、感謝されるには及びません」

「エルフがそういう考え方だってことは知っている。しかしそれと、我々が助けられたことに対して、君たちに感謝していることは別の問題だよ」

「……」


 さっきのルルシアの答えは、エルフ的模範解答だ。

 別の問題だよとステキなことを言われても、そういう応用問題の場合の回答例を、ルルシアは知らなかった。


(どうしよう。教えてライノール先生ー!)


「やれやれ、エルフは寡黙だというが、本当にその通りだな。で、魔獣結晶を見たいんだったな……」


 単純に困って黙り込んでいたのだが、はたからみれば寡黙ということになったらしい。

 ――もしかしたら、他のエルフたちも、今のルルシアと同じような理由で、回答に困って寡黙にならざるを得なかったのかもしれない。

 そんな事実がばれたら、エルフのイメージダウンは必至である。

 そんなエルフ事情など知らないグラッドは、テーブルの上に三十cm四方くらいの箱を持ってきた。そしてその箱の蓋に彫られた魔術紋様に、自らの腕に嵌めている腕輪を当てた。

 正確には腕輪に付いている赤い石を当てたようだった。

 カツンと音を立てて触れあった部分が微かに光ったかと思うと、箱の中からカタン、と鍵が外れる小さな音が聞こえた。


「ほら、これが魔獣結晶だ。触ってみるかい?」


 そう言いながらグラッドが箱の蓋を開けた瞬間、ぶわっと魔力が奔流のように溢れ出してくるのを感じて、ルルシアは思わず一歩下がった。

 触るどころか、少し離れた位置にいても、強い魔力が押し寄せてきて近づくことすら難しい。

 触ったりすれば、おそらく自分の魔力の流れが乱れて魔力酔いを起こすだろう。

 ルルシアはふるふると頭を振りながら、「蓋をしてもらって結構です」と告げる。

 紋様が彫られたこの箱は、魔力を遮断する機能があるらしく、グラッドが蓋を閉じると強い魔力の流れは波が引くように消えていった。


「……これは一体何に使うんですか?」


 ホッと息をついたルルシアは、ホッとした勢いで気になっていたことをぽろりと口に出してしまった。

 直後にしまった! と思ったものの、すでに口から出てしまったものはどうしようもない。


「これはな、城下町の水質浄化に使われるんだよ」

「……魔獣結晶を町の浄化システムに利用していたのは、過去の話では?」

「お、知っていたのか。さすがエルフだな。……だが事実だ。今でも城下町の水質浄化は魔獣結晶の魔力に頼ってるんだよ」

「……でも、確実に必要量確保できるものでは……」


 ないですよね、と魔獣結晶の入った箱に視線を落とす。

 魔獣が出ればそれなりに噂になる。

 それはエルフにも無関係ではないので、どこで討伐があったとか、どこが襲われたというような話は、前世のニュースのようにリアルタイム……とは言えないが、それでもかなり素早く情報共有されている。

 それともエルフが知らないだけで、冒険者ギルドではもっと頻繁に魔獣を狩っているのだろうか。

 ルルシアの疑問に、グラッドは困ったような笑みを浮かべた。


「正気の沙汰じゃないだろう? 内情はもう、なんとか帳尻を合わせてる状態でね。ずいぶん昔から技術者たちが別の方法を模索してはいるんだが、やはり一番効率がいいのが『これ』だというのが、なんとも歯がゆいところだな」


 これはもしかして、結構な機密情報だったりしないだろうか。そんな城下町のライフラインに関わる情報を、無関係なエルフが聞いていいのか。


「……失礼しました。私が聞いていことではありませんね」

「いや、別に機密でもなんでもないよ。技術者たちへの協力要請は大々的に行われてるし、内情だなんだとといっても、情報に敏いものなら普通に知っていることだ」


 ライフラインの確保が風前の灯だというのは、安全保障上重大な情報だと思うが、そんなことすら言っていられない状況、だということらしい。


(大丈夫なのか、テインツ……)

 

「この結晶はテインツのクラフトギルドに運ばれて、技術者の手で都市機能のメンテナンスに活用される。たかが石っころだが、現時点ではテインツの存亡がかかってる。……できれば、今後もエルフに協力いただけるとありがたい」

「……私に決定権はありません。が、森に要請があれば、エルフは応じると思います」

「それは心強い。今後も要請を出せるようにクラフトギルドの方と調整するよ」


 グラッドがニッと笑顔を見せた。

 エルフの中で誰が討伐に出るかは森長次第だが、攻守に優れたライノールが外されることはまずない。そうなればだいたいセットで動いているルルシアも呼ばれる可能性が高い。

 魔獣討伐となれば収入増が見込めるので願ったり叶ったりだ。


 頭の中にステーキ肉の映像が浮かぶ。

 口を開くと喜びに弾んだ声を出してしまいそうなので、ルルシアはただ黙って、小さく頷いた。

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