64. 閑話:お祭りが終わってた
「お祭りが終わってたんです」
ふらふらと台所に現れ、沈んだ顔でテーブルに頬杖をついたルルシアが開口一番に言った言葉に、メリッサはパチクリと大きく瞬きをした。
「え?お祭り?…ああそういえばルルシアさんは倒れていましたもんね」
「そうなんです…とっくの昔に終わってたってことに今日気づきました…夜店に行きたかったのに…」
あの襲撃のあった日、本当だったら夜店や屋台でおいしいものが食べられるはずだったのに。…ここしばらくルルシアが食べているのは胃に負担がかからないおかゆや煮崩した野菜のスープだ。
極度の疲労という診断だったので、ルルシアも周囲の者も少し休めば回復すると思っていたのだが、予想外に瘴気の影響を受けていたらしく体が固形物の食事を受け付けなかった。今は様子を見ながら食事を戻している途中である。
「でも魔物の襲撃なんかがあったので今年はいろいろと中途半端に終わっちゃったんですよ。本当だったら最終日にやるはずだった食事会も流れちゃいましたし」
「鳥とばすやつやってみたかったんですけど」
「願い鳥も中止になったんです。ほらあれって、少しだけど魔力を使って飛ばすので…魔物がまだ周りにうろついてるかもしれないのに一斉に魔力を放出するなんて危ないんじゃないかってことで」
「ああー、なるほど…魔力に寄って来るやつもいますしね」
「ええ。なので願い鳥は日を改めるっていうことになってますよ。周辺が安全だって確認が取れてからだからまだもうちょっと先じゃないですかねぇ」
シャロの瘴気によって集まってきた魔物たちの町への襲撃は冒険者たちによって食い止められたのだが、集まった魔物のすべてが町に向かったわけではない。襲撃から数日間はテインツ周辺は徘徊する魔物が多く、連日冒険者たちが討伐にあたっていたらしい。
現在は少し落ち着いているそうだが、それでも普段に比べると遭遇率は高めらしく、護衛なしで町を出ることは原則禁じられている状態だ。
「…討伐行きたい…」
ぐでんとテーブルに突っ伏して呟く。
食事の制限がついてしまったため結果としてランバート邸での療養期間が伸び、事務局からもしばらく休めと言われてしまったためルルシアはやることがまったくない。なのでこうやって邸内を運動がてらふらふらとしているのだ。
「魔物退治なんて私からしたら恐ろしいですけど、ディレルさんも楽しそうに行きますよね…そんなに楽しいものなんですか?」
「楽しいというか…単純に暴れられるので。じっとしてるの苦手なんです。ディルの場合は魔物素材目当てだと思いますけど」
「そういえばディレルさんが前にそんなこと言ってましたね。自分で行った方が傷が少なくて状態がいいものが手に入るって」
「特に弱い魔物の素材だとあんまり強くない冒険者が採取するので、流通してるやつは余計な傷がついてることが多いんですよ」
「傷が多いんですか」
「ベテランなら急所一撃で倒せるような魔物でも、駆け出しだとなかなかとどめを刺せなくて攻撃回数が増えちゃうんですよ。その分あちこちに傷がつくんです」
「はあ…なるほど、強い人はわざわざ弱い魔物の素材を集めないから、売ってるものは質が低いってことですね」
「そうなんです。状態が良いと弱い魔物の素材でも割といい値段で買ってもらえるそうですけど、それでも強い魔物に比べたら全然安いですから」
とはいえベテランでも、ちょっとしたお小遣い稼ぎにわざと低級の魔物素材を採取することはあるらしい。だが素材を採取していいのは冒険者ギルドに登録している冒険者だけなので、ルルシアはお金を稼げるとわかっていても採取できない。エルフはエルフの規則で冒険者ギルドに登録できないのだ。
「冒険者登録して討伐行きたい…」
「希望が増えましたね」
メリッサは手際よく料理の下ごしらえをしながらくすくすと笑った。
「ルルシアさん今日は工房にはいかないんですか?ディレルさんいますよね?」
「わたしがいると気が散るからって言って…忙しい間は立ち入り禁止にされました」
ルルシアは、別に邪魔したりしてないのに…と不満げに頬を膨らませる。
メリッサは野菜の皮をむいていた手を止め、しばらくじっとルルシアを見つめ――おもむろに大きくため息をついた。
「…奥様じゃないですけど、ルルシアさんが本当にはやくお嫁に来ればいいのに…」
「え!?今そういう話でした!?」
「だってディレルさんって、普通一度作業に入ったら誰であろうと完全無視ですよ?それなのにいるだけで気が散るって、それだけルルシアさんのこと意識してるってことじゃないですか。ルルシアさん、ディレルさんに話しかけて無視されたことありますか?」
「……ないかも、です」
むしろ、邪魔しないように黙って動いていても気付かれてしまうのだ。工房を訪ねるときも、ライノールはノックしても気付かれないから勝手に開けると言っていたが、ルルシアがノックした時に気付かれなかったことは一度もない。
「うふふ…愛のなせる業ですね」
「愛…!?」
メリッサはほほえましい物を見守るような表情を浮かべている。
(愛!?…というか嫁!?そういうものなの!?この世界の常識がわかんない!)
ルルシアはこの世界の住人ではあるものの、エルフの場合はそもそも寿命が長いせいか婚姻に重きを置いていない者が多いので結婚という言葉自体ほとんど聞かない。エルフ以外の普通はよくわからないのだ。
日本だったらどうか…と言っても高校生だったのでよくはわからない。が、
(だって、わたしまだ十七歳なんですけど!…でも普通の寿命考えたらこんなものなの?どうなの?)
「う……その…」
「あら、ちょっと話を急ぎすぎちゃいましたね。二人のペースでいいんですよ」
ルルシアが手で顔を覆ってしどろもどろになっていると、メリッサが笑いながら温かいミルクティーを淹れたカップをテーブルに置いた。
「あ!チャ…スパイス入りの紅茶ですね」
「ええ。ルルシアさんが好きだってディレルさんが言ってたので。今はあまり刺激の強くない方がいいと思ってスパイスは少し控えめにしましたけど」
「ありがとうございます。…おいしいです」
大好きな味と香りに、ふにゃりと笑顔になる。これがいつでも飲めるならこの家に住むのもいいかもしれない…などと思ってしまうくらいにおいしい。
ライノールから「ルルを釣るなら食べ物が一番確実ですよ」とアドバイスをされたことは、ランバート家の繁栄を願うメリッサだけの秘密である。




