61. 天災レベル
セネシオはルルシアの魔術具に魔力を通してみたり小さな防壁を作ってみたりと色々いじっていたが、しばらくすると満足したらしく持っていた魔術具をテーブルの上に置いた。そして、顔を上げキラキラした目をディレルに向ける。
「俺もこういうの作って欲しいな!」
それに対してディレルは少しだけ困った顔をする。
「…正式に依頼してもらえれば作るけど、エルフの場合文様が特殊で、持たせる効果によっては調整も必要だし出来ない可能性もありますよ」
「うんうん、そのへんは相談させて。防壁とか結界とか張りたいんだよねぇ。他種族の姿に変身してるときって使える魔法と使えない魔法があってさ、壁系はどうも上手くいかないんだよね。今回、ルルシアちゃん襲われたとき、ライノール君の到着がもうちょっと遅かったら変身解くことになってたし」
「防壁ならそれと同じような感じだけど結界はちょっと考えないとだな…」
テーブルの上に置かれたブレスレットを手に取り、ディレルはそう呟きながら考え込んでしまう。しばらく集中モードだと思われるのでルルシアはひとまず弓だけを回収してナイトテーブルの上に戻す。
そしてセネシオに軽く頭を下げた。
「あの時守ってくれるつもりだったんですね。ありがとうございます」
「そりゃあ目の前で犠牲者出ちゃったら目覚めが悪いでしょ。お礼を言われるようなことじゃないよ」
力があるのに動かなかったせいで被害が出てしまうのはルルシアも耐えられない。――だが、それならばなぜ、戦闘が予想されるあの場所で他種族の格好をしていたのだろうか。
「…それなら始めからエルフの姿でいればよかったのでは。そういうわけにはいかなかったんですか?」
セネシオは「あー、はは」と苦笑する。
「こう長く生きてると諸々しがらみがあってねー。…ほら、エルフって必ずどっかの集落とかに所属してないといけないし、とくに古代種なんかめっちゃ行動管理されちゃうし。俺、普段は干渉されたくないから他の種族のふりしてて、だいたい十年くらいごとに姿変えて隠れて暮らしてるんだよね。で、さすがに別種族に変身するときって魔力消費すごくってさ、一回解いちゃうとしばらくできないからなるべく解きたくないんだ」
「じゃあ今はなんでその恰好…あ、魔力を封じたからか」
シャロがすでに死んでいれば彼女の魔力を封じる必要もないのでハーフリングのままでいられる。なのであの時のセネシオは、シャロの生死を確認するまではできるだけ変身を解きたくなかったのだろう。
「そ。シャロちゃんの魔力封じるのはさすがにハーフリングのままじゃできないからね。姿戻したついでにエルフじゃないとできないことを色々やってるんだ」
「エルフじゃないとできないこと?」
「ナンパとか」
「……」
この見た目なら成功率は高いだろうが。
それが冗談なのはルルシアにもわかるのだが、あながち百パーセント冗談ではなさそうに思えるところが困る。思わずジト目で睨みつけるとセネシオは楽しそうに笑いだした。
「あははは、その他にエルフの老人会にちょっと口出しとかね。実際先祖返りで魔族…って言い方自体あれだけど、魔力を瘴気に変換できるエルフが生まれてくるってことはわかったんだから、この問題ってもっとちゃんと向き合っておかないといけないでしょ?老人会の人たち都合悪いとすぐなかったことにするからさ。たまーに現実突き付けてあげないと駄目なんだよねー」
どうやらセネシオは普段は身分を隠して暮らしており、必要になると表舞台に出てきて主にエルフの長老たちを相手に意見をしたりと、水戸黄門のような生き方をしているらしい。
「…えーと、この間聞いた、何だっけ。…世直しエルフ?」
「え?…何それ」
セネシオが首をかしげる。
ルルシアの頭の中では葵の御紋をかざした水戸のご老公が正体を明かす場面の映像が流れているのだが、言いたいことはそれではない。うーん?とうなっているとライノールが呆れたような顔でルルシアを見た。
「…放浪エルフか?」
「そうだった。それ。人助けしながら放浪してるエルフがいるっていう伝説…言い伝え?を、前にエフェドラの教会の人から聞いたんですけど。セネシオさんのことでしょう?」
「ああー、その呼び方ダサいよねえ。そうそう、その関係でなんかテインツの霊脈の流れ変えてくれとか言われたよ、議会の人に」
「あ、やっぱりダサいって思ってたんだ…流れを変えるのって本当にできるんですか?」
「出来なくはないよ。魔力使うし、それよりなにより流れを変えた後の影響なんかも考えないといけないからそうそう出来ないけど」
流れ自体を止めたりなくしたりはできないので必ずどこかに流れ出すことになるのだが、今度はその場所で悪影響が出てしまうことも考えられる。きちんと調査してどんな影響がでるのかを見極めてからでないといけないらしい。
ライノールによるとエルフ事務局のほうでその見極めをするという。土地の魔力を鑑るのは事務局のユッカの得意分野だとユーフォルビアが言っていたそうだ。
「あと、浄水場近くの山の一部が平らになるからー」
「平ら?」
「ああ、霊脈をいじる規模の魔法って強力すぎてさ、使うと地形まで変わっちゃうんだよ。だからその周辺の必要な建物とかは移動させておいて貰わないとなんだよね」
「…途方もない…」
セネシオは簡単そうに言うが、地形が変わる規模の魔法などルルシアは見たことがない。本当に天災レベルだ。
「そ。だから実際にやるのは準備が整った後で、まだしばらく先だね…というわけで、それまではこの辺うろうろしてる予定」
「変身しないでその恰好のまま?」
「んー、テインツの事務局にはもうばれてるし、ここにいる間はこのままかな。…あー、でもオズテイルに顔出してちょっと痛い目に合わせておきたいんだよなー」
「痛い目…」
「ルルシアちゃんには前にも言ったけど、俺も一応エフェドラには愛着があるんだよ。だからオズテイルには結構本気で怒ってるんだ」
ニコッとほぼいつも通りの笑顔を浮かべているのに、見た瞬間背筋がゾッと冷たくなる。微妙に周囲の温度が下がったような気すらして、さすがのライノールも若干引いている。
(ああ、怒らせちゃいけないタイプの人だった)
そんな空気の中で、ディレルはいつの間にか手元に開いていたメモ帳に新しい文様を書き散らして試行錯誤することに集中している。
「そういうとこ本当尊敬するよ…」
ライノールのつぶやきは言われた本人だけには届いていなかった。




