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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
1章 オーリスの森の住人
6/167

6. 20秒間

 フォーレンがまるで踊るようにしなやかな動きでホロウウルフを切りつける。短剣なのでなかなか致命傷にはならないのだが、手数が多いので相手がひるむ。その隙を逃さずディレルが剣で一刀両断する。

 ディレルが使っているのは片手剣ではなく、バスタードソードと呼ばれる片手半剣だろう。大きさといい、その威力といい、どう考えても重たそうなその剣を彼は軽々と振り回している。

 ライノールと行動しているウッドラフもそうだが、この寡兵戦で涼しい顔をして次々敵を倒していく。どうやら彼らは相当手練れの部類だったようだ。

 だが、ルルシアも場数は踏んでいる。魔力の矢を引き絞り前衛の死角になっている場所を中心に撃っていく。

 ただし本数も減らし気味の省エネ運転で行きたい。残念ながらルルシアはライノールのように大きな魔法を何回も使えるような魔力は持ち合わせていないのだ。倒すよりも敵の脚を撃って行動阻害に専念する。


 おそらくライノールかウッドラフが、こちらでホロウウルフを引き受けると支部長のグラッドあたりに通信機で連絡をしたのだろう。今までホロウウルフにも向かっていた後方支援組の攻撃や妨害がすべて魔獣に集中し始めた。


「やっぱ弓があるとめちゃくちゃ楽だな!」

「そうだな」


 フォーレンの楽しそうな声に、ディレルが飛びかかってきた一頭を切り伏せながら応じる。

 残りは四頭。ただ、警戒して距離をとって近づいてこない。特にルルシアの動きはかなり警戒されているので省エネ状態では避けられるばかりだ。

 それでも一頭として逃げ出すそぶりを見せないあたり、魔獣の下した命令はかなり強い強制力を持っているらしい。


「そろそろ良い頃合いだろう」


 その言葉と同時に、四頭のホロウウルフの足元に光る蔓が巻き付いていく。ライノールの足止めの魔法だ。


「始末は頼む。あの魔法はあまり長くはもたない」

「了解」


 三人が頷き、すぐにホロウウルフの方へ駆けだしていった。これで小物の方は打ち止め……のはずだ。


「ルル、ケガはないか」

「うん」


 木を登って隣に来たライノールがルルシアの方へ手を伸ばした。なんだろうか、とその手を見つめていると、バサッとマントのフードをかぶせられる。


(あれ、フード……を、かぶせられた……? 元々かぶってたよね……?)


「!?」

「さっき木から落ちたときにずり落ちてたぞ」

「……!」


 フードには魔法が織り込まれていて、目深にかぶっていても周りが普通に見える。便利なのだが、そのせいで脱げていることに気付かなかったのだ。つまり、少なくとも三人にはばっちり顔を見られていたということになる。

 ルルシアの脳裏に説教する森長の姿が浮かび上がる。


 曰く、エルフというものは神秘とともにある生き物であり、隠すということには重要な意味が――


 何回も聞いているので大体思い出せるが、簡単にまとめるとルルシアのようなモブ顔で変わり者は、エルフが長年かけて築いて来た『超絶美形』とか『高貴で神秘的』とかいうイメージを崩しかねないから隠しとけ、という暴言をオブラートに包んだ内容だ。


「不可抗力だし仕方ない。まあ言っても単なるイメージ戦略だしな……あのウッドラフってのは話した感じまともの人物のようだし、変に言いふらしたりはしないだろ。まあ森長には黙っててやる」

「はい……お願いします……」


 不可抗力。不可抗力ではある。――が、無様に木から落ちたのを助けられた上に隠していた顔をさらしてしまったというのは結構精神的にくる。ライノールが若干気の毒そうな雰囲気で話しかけてくるのもいたたまれない。


「う~……」

「落ち込むのは後にしろ。魔獣の動きがだいぶ鈍ってきてるように見えるが、今なら当てられるんじゃないか」


 武器の攻撃や魔術が集中して飛び交う中、着々と魔獣はダメージを受けているらしい。確かにライノールの言うようにその動きは鈍くなっている。


「……うん、行ける」

「よし」


 頷いたライノールが通信機に呼びかけると向こう側から騒がしい気配が伝わってきた。


「こちらから矢を撃って、着弾から二十秒間魔獣の動きを完全に止める。その間にとどめを刺せるか」

『……二十秒!? そんなことできるのか!? ……そんだけあれば十分だ!』


 その声は多分グラッドだ。少し距離のある所から怒鳴っているため、通信機を通さなくても微かに聞こえる。


「分かった。通信終了の約三十秒後に矢を放つ。止まるのは着弾から二十秒だ。それ以上は保証できない」

『了解!』


 ルルシアは通信の途中から弓を構え、魔力を流し始めていた。通信終了と同時に頭の中で三十秒をカウントし始める。

 ライノールもまたルルシアの弓に触れ、同様に魔力を流す。


 弓と、弦で出来た円の中を魔力が回る。

 ぐるぐる回った魔力が弦を引き絞るルルシアの指先を通って青白く光る矢を形成していく。


 ――さん、じゅう!


 バシュッッ


 空気を切り裂く音とともに矢が放たれる。

 角度をつけて打ち上げるように放たれた矢は緩い弧を描いて、魔獣の背中にドッと突き刺さった。

 その瞬間、魔獣の体を青白い光が包み込む。そして魔獣は凍り付くように動きを止めた。


 その光景に冒険者たちは少しの間戸惑うような気配を見せたが、グラッドの号令がかかり一斉に攻撃を仕掛け始めた。


 そして、戦闘の喧騒はすぐに地面を震わせるような歓声に変わった。


「終わったか」

「……ううー、魔力切れ~」

「ああ、お疲れ様」


 射ったのは攻撃のための矢ではなく、触れたものの時間を止める魔法を込めた矢だった。


 短時間とはいえ、相手の時間を止めるなど容易なことではない。ライノールの桁外れた魔力があって初めてなせる芸当だった。――だが彼のこの魔法は本来、直接相手に触れることでしか発動できない。

 だから彼はルルシアの弓にその魔法をかけた。ルルシアは弓にかけられたライノールの魔法の持つ波長と、自分の魔力の波長を同調させ、自分の魔法として矢に流し込み、撃ちだしたのだ。


 ルルシアは幼い頃から普通に魔法を使うのは苦手だったのだが、自分自身の魔力の波長を操作するのは得意だった。

 そこに目を付けたライノールが遊び半分で始めたのが、彼の魔法を乗せた弓矢による遠距離攻撃である。

 このライノールの目論見は想像以上にうまくいき、ルルシアはライノールの相方として討伐依頼などを受けるようになった。

 エルフの決まりごとに厳格なオーリスの森長はルルシアのような変わり者が外に出ることに始めは難色を示していたのだが、きちんと依頼をこなして成果を上げ続けるうちにあまり文句は言わなくなった。と言っても、つつく場所を見つければ今でもしつこくつついて来るが。

 しかし、それに関してはルルシアが外で失敗して危険な目に遭ったりしないように心配しているという側面もあるので、ルルシアも甘んじてつつかれている。


 ライノールに抱えられてルルシアは木から降りた。ふわり、とライノールが操作した風に支えられて地面に降り立つとちょうど最後のホロウウルフの残党を始末し終えた三人が戻ってくるところだった。


「あ、帽子かぶっちゃったんだ」

「……」

「無口キャラ?」


 フォーレンの言葉にルルシアはグッ……とフードの中で顔をしかめる。あまり触れないで欲しい内容だ。……が、フォーレンは近づいてきて顔を覗き込もうとしてくる。ルルシアは思わず後ずさった。


「こらフォル! 失礼だろうが!」

「お前あんまり勝手なことすると次連れていかねえからな」

「えっそれはヤダ! ごめんなルルシア!」


 ほかの二人に次々叱りつけられ、フォーレンは耳と尻尾をピンと立てて謝罪を口にした。

 その隙にルルシアはライノールの斜め後ろに隠れるように移動する。その様子にライノールは、はあ、とため息を一つ落とすと口を開いた。


「……エルフは自分たちの暮らす森の外で顔をさらしたり必要以外の会話をしたりしない。そういう決まりがあるんだ」

「へぇぇ……めんどくさい決まりだな」

「ま、決まりがあるならしょうがねえだろ。ほら、近くで魔獣の顔拝みに行こうぜ。ディレル、魔石取り出すとこ見たいんだろ」

「ああ、行く!」


 ウッドラフの言葉にディレルがぱっと嬉しそうな顔をした。

 そうだ、魔石……魔獣結晶。

 魔力が結晶化した塊だと本には書いてあったが、一体どんな見た目なのだろう。


「ルル、お前はまだここに待機」


 三人に着いて行こうとしたルルシアはライノールに腕をつかまれ引き戻された。

 

「魔獣なんて瘴気の塊だぞ。魔力切れで身体強化もできない状態で近づいたらぶっ倒れるからな」

「あ、そっか……魔獣結晶見たかったのに……」

「ま、お前は功労者だし、頼めば後で見せてもらえるかもしれないな。チャンスがあったら頼んでみるさ」

「本当? 絶対だよ」


 あー、はいはい。と面倒くさそうな答えが返ってくる。

 これは期待できなさそうだなぁ、と、ルルシアはこっそり肩を落とした。

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