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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
3章 エルフ代表者事務局員
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56. 歩み寄り

 白い髪の少女の周囲は薄暗く、陽炎が立っているように空気が歪んで見えた。高濃度の瘴気が彼女の周りを取り囲んでいるのだ。倒れている男は既に息絶えているのだろうか。もし息があるならばすぐにあの瘴気の中から引きずり出さないと非常に危険だ。

 だが、ここまで高濃度の瘴気の中に突っ込んでいって彼を回収するというのは難しい。


「…どうやって近づ…て、ええ!?」


 ルルシア達がどうやって近づいたものか…と考えているというのに、セネシオは普通にスタスタと歩いていってしまった。そしてそのまま、空気が歪むほどの濃い瘴気の中に突っ込んでシャロの近くまで行くと、まるで散歩の途中で出会ったかのように気安い調子で声をかける。


「やあこんにちはお嬢さん」

「っ…誰…!?近づかないで…!」


 声をかけられたシャロはビクリと体を震わせ、倒れている男をかばうように覆い被さった。


「そんなに怖がらないでよ」


 いつものようにヘラリと軽く言うセネシオに、ライノールが「いや怖いだろ」とボソリとつっこむ。あんな瘴気の中で平然とヘラヘラされたら普通に怖い。


「来るな!来るな!来るな!…っ、アド、起きて。どうしたらいいの?やだよ、起きて、教えて…っ!」


 シャロは男に覆いかぶさったまま、近づくのを拒絶するように滅茶苦茶に腕を振り回す。だがその動きは非常に弱々しいものだった。

 セネシオは男を見下ろし、彼の背中全体を縦断するような傷を確認すると小さく頭を振った。


「ひどいな…さっきの魔獣が作りかけだった理由はこれか」

「おきて…おいてかないで…」


 振り回されていたシャロの腕からは徐々に力が抜けていった。そして、やがてその腕も下におり、うめきながら時折「アド」とつぶやくだけで身じろぎすらしなくなってしまった。どうやら彼女自身も傷を負っているのか、かなり弱っているらしい。


「できれば瘴気を散らしてもらってからにしたかったんだけど、無理そうだね」


 小さくため息をついたセネシオがシャロに手を伸ばし、彼女の額に触れる。シャロは顔を歪めながら「う…」とうめいた。


(もしかしてセネシオさんはシャロを殺すつもり?)


 彼女はエルフの規律に背いて人を傷つけており、捕縛されれば規律に基づいて処罰されることが決まっている。どのような処遇になるのかは不明だが、収監されることは間違いないだろう。何か個人的な恨みがあって、エルフに捕縛されてしまう前に殺してしまおうとしている…というところだろうか。

 だが、セネシオはシャロを指して『利用されて捨て駒になった哀れなエルフ』と言っていた。ならば憎む相手は黒幕である。


 何をするつもりなのかわからないが、とりあえず止めたほうが良さそうだ…と思うのだが、ルルシアはあの瘴気の中を近づいていくことができない。どうしよう…と隣にいるライノールを見上げると、ちょうど彼が口を開くところだった。


「なあセネシオ…色々聞きたいことはあるんだが、ひとまず重要なところだけ聞く。――お前古代種のエルフだろ」


 その問いかけに、セネシオは意外なものを見る顔でライノールを見た。だが、すぐ笑顔に戻る。


「その回答は今必要かな?」

「いや。古代種かどうかってとこはどうでもいいんだけどさ。こんな濃度の瘴気でもへらへらしてられるのは、こういうレベルの瘴気からでも身を守れる魔法が使えるからだろ?それは他のヤツにもかけられるのか」

「…んー、まあね。――で、どうするの?ここに来てこの子達を自分の手で殺す?」


 セネシオは笑顔のままだが、その目はひどく冷たい色を宿していた。


「んな無駄なことしねえよ」


 ライノールはチッと舌打ちして、ルルシアの方を向く。


「なあルル。お前、あの白髪娘の魔力乗っ取れないか」

「えっ!?…やってみないとわかんない…けど、えっと、瘴気を操れってこと?」

「ある程度操れるんなら、浴びた直後だったら多少は瘴気を体から取り除くことも出来るんじゃないかと思ってさ」

「取り除く…?」


 思わず首を傾げる。

 浴びた瘴気を取り除く。ルルシアの中で『瘴気に蝕まれる』というのは白い紙に墨をこぼし、黒く染めるイメージだった。黒くなった紙を白に戻すというのがとっさに上手くイメージできない。


「例えば、毒蛇に噛まれたときに傷口から毒を吸い出すとか…毒物のんじゃった時とかに胃の中のもの吐き出させて体への影響を減らす、みたいなことかな」


 ルルシアが眉根を寄せていると、ディレルが助言をしてくれる。


「ああ、それならイメージできる…」

「そうそう。肉に飢えたルルがウサギの魔物を食ったときに俺が無理やり吐かせたみたいにな」

「それ…っ、そんな昔の話…!」


 ライノールの余計な一言に文句をつけると、ディレルがぼそりと「昔やったんだ…」とつぶやいた。


(ああ!ディルに引かれた!!)


 決して飢えてウサギにかじりついたわけではなく、好奇心で食べてみた魔物シカの肉でお腹を壊し寝込んだという一回目の失敗を念頭に、別種の魔物ウサギならばいけるかもしれないという希望を込めた実験だったのだ。

 ちなみに口に入れた直後にライノールに見つかり、口に指を突っ込まれて吐かせられたので結果は不明のままである。ものすごく怒られたのでそれ以来は試していない。

 が、それをディレルに説明する時間は今はない。


「違っ…くっ!…とにかく急いだほうがいいってことでしょう!?ほらセネシオさん!魔法かけて!」


 ルルシアは涙目になりつつセネシオに向かって自棄気味の声を出す。その勢いにセネシオは珍しく戸惑うような顔をしていた。


「…肉に飢えた…いやまあ置いといて、魔力を乗っ取るってどういうこと?」

「飢えてないってば!…魔力の波長を合わせるの!古代種の人はできないの?…とにかく早く試さないと。できないかもしれないし」

「まあ…うん、何か試してみたいならやってみなよ」


 不承不承な雰囲気を漂わせながら頷いたセネシオの姿がフッとかき消えた。次の瞬間、目の前に現れたセネシオに腕を掴まれる。そして「ちょっとめまいがすると思うよ」という言葉とともに、視界がぐにゃりと歪んで一瞬真っ暗になり、一呼吸の後に別の景色の中に立っていた。


「うぐ…」

「慣れないと酔うんだよねこれ」


 すぐ目の前にシャロがうずくまっている。振り返ると少し離れた場所にライノールとディレルの姿が見えた。セネシオの魔法で転移したらしい。

 転移のせいなのか、瘴気の影響なのか、どちらに起因するのかわからない微妙な吐き気をこらえながら視線をシャロと男の方へ戻す。

 うつ伏せに倒れている男の方はひどい傷を負っているものの、まだかろうじて生きてはいるようだ。だが、傷だけでも危険な状態であるというのに、高濃度の瘴気にもさらされ、蝕まれている。助かる見込みはほぼないだろう。


 ルルシアは黙ってその場に跪き、シャロの手を握った。そして気付く。


(なんだ、殺すつもりじゃなかったのね)


 セネシオの魔法がルルシアを瘴気から守っている。それと同じ魔法がシャロと倒れている男にもかけられているのだ。


「…この子は瘴気を操れるんでしょう?この子の体にも瘴気は影響があるの?」


 自分の波長をシャロの波長に少しずつ合わせながらセネシオを見上げた。


「…彼女が過去に存在していた魔族と同じならば普通のエルフよりかは耐性はあるだろうね。でも残念なことに瘴気は魔族の体も蝕むんだよ。魔族がエルフに負けた原因の一端はそこにもある。……彼らは身を削ってでもエルフと戦って、エルフと袂を分かちたかったんだ。結局叶わなかったけどね」


(…瘴気が作れて、ちょっと瘴気に強いエルフじゃ、だめだったのかなぁ)


 だめだったから戦って、滅ぼされてしまったのだけれど。

 『人というものは、自分が理解できないものを恐れる』というのはユーフォルビアが言った言葉だったか。


 理解できなくても、歩み寄ることは出来るのに。

 微妙に合わない波長を微調整していく。これも一つの歩み寄りかな、と考えながらルルシアは目を閉じた。

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