50. 想い鳥
「さあ、ルルシアちゃんアイスを食べに行きましょう」
祭り当日。と言っても城内では特に催し物があるわけでもなく、城の敷地内の寮に住んでいるルルシアたちからしたら、町の方からにぎやかな声が響いている以外いつもと何も変わらない一日だった。そのにぎやかさも準備期間中の喧騒とさして変わらないので祭りの実感など皆無である。――というところに、副局長のホーリーが笑顔でルルシアを誘いに来たのだ。
「私も行きたい!ピオニーミルクのヤツですよね?」
「あ、お土産よろしく」
暇とはいえ業務時間中の突然の提案にルルシアがぱちくりとまばたきしている横で、すかさずベロニカが手を挙げた。しかもあろうことか、局長のユーフォルビアがお土産を要求している。
「屋台ごと買ってくれるんすか」
「それね、商業ギルドの担当者に話したら『寝言は寝て言え』って言われちゃったのよね」
ライノールのからかうような声に、ホーリーは頬に手を当てておっとりと首を傾げため息をついた。
(あ、本当に話したんだ…)
「仕方がないからたくさん食べて来ましょう~。女の子たちは一緒に行くのね。殿方にはお持ち帰りしてくるわ」
「アイスの屋台、持ち帰りもできるんですか?」
もしや保冷剤も用意されているのだろうか、とルルシアが聞くと、ホーリーはニッコリ微笑んで手のひらの上にゴロゴロと氷を出現させた。
「自前で冷やすの」
「ああなるほど…」
自分があまり生活のなかで魔法を使わないので失念していた。それでもこれほど氷の固まりを出せるのは珍しい。ホーリーもアニス同様に氷魔法が得意なのだろう。ルルシアがあのくらい氷を出せたら間違いなく自宅に氷室を作って肉を貯蔵していた。ベロニカも「私もそのくらい出来たらな~」とうらやましそうにしている。
「じゃあ行きましょ。一日の販売数量が決まってるらしいから早めにいかないと」
「売り切れたら大変ですね!行きましょう」
数量限定販売と聞いたら急がねばならない。勢いよく食いついたルルシアに、「本当に食い意地の塊だな…」とライノールが呆れたような目を向けていたが無視した。
***
「あら二人とも帽子がお揃いなのね」
「そうなんです。可愛いでしょう」
「わたしが真似しました」
キャスケットを購入して以降、ルルシアはフードの代わりに毎日かぶっている。だが、基本的に事務局内にいるときは帽子をかぶっていないため、ホーリーはルルシアとベロニカの帽子が同じものであることに初めて気付いたようだ。
「お揃いなの可愛いわねぇ…」
「ホーリーさんも色違いしますか!?」
「あら、私も混ぜてくれるの?嬉しい」
キャッキャと話をしながら広場へ向けて歩く。路地には所狭しと露店が立っていて、テインツでは見かけないような珍しいものがあちこちで売られていた。中には東洋風の絵付け皿なども並んでいて、懐かしさから思わず目が吸い寄せられる。
「ルルシアああいう皿好きなの?」
「…ううん、この辺では見かけないから珍しくて」
遅れ気味になっていたルルシアをベロニカたちが振り返って待ってくれていた。人ごみの中なのでここで気を抜くとあっという間にはぐれてしまう。ルルシアは二人のもとへ慌てて駆け寄る。微かな懐かしさよりもアイスのほうが大事なのである。
路地を抜け、いつも飲食の露店が立っている広場に着くと、すでに目当てのアイス屋台は人だかりができていた。
「うわ、やっぱりすごい」
「滅多に食べられないものね。さあ並ぶわよー」
この世界で暮らしてきて、ルルシアは今まで一度もアイスクリームを口にしたことがない。氷魔法が使えるエルフは複数いたため暑い日に果物のソルベなどは作ってくれたのだが、ミルクと砂糖をふんだんに使ったアイスクリームとなると材料の調達が難しい。まして、ピオニー産のミルクはその美味しさで名高い。いやがうえにも期待が高まる。
行列の最後尾について、三人はひとまずほっと一息つく。そして改めて広場を見回すと、人の多さに圧倒される。これまで気にしていなかったが、こうやって見てみると着飾った人が多い。特に若い女性は気合の入った服装をしている人が多いようにみえる。
「…なんか皆すごく着飾ってますね」
「そりゃあお祭りだもの。『想い鳥』だってあるし、特に若い子は気合入っちゃうでしょう」
ホーリーの言葉にルルシアは首をかしげる。初めて聞いた単語だった。
「おもいどり…?」
「あら、ルルシアちゃんは知らなかったのね」
「ほら、魔術具屋さんが言ってたあれよ『恋が成就しますように』ってやつ。好きな人にあげる鳥を『想い鳥』って呼ぶの。このお祭り、告白イベント的な意味もあるのよ」
びっくりした顔をするホーリーの横からベロニカが説明をしてくれる。ホーリーもうんうんと頷く。
「普通に鳥って言ったらお願い事したり家族とかと交換する『願い鳥』のほうなんだけど、好きな人に上げる場合は『想い鳥』って呼ぶのよ」
「何か、見た目とかが違うんですか?」
「見た目は一緒。違うのは渡すときの気持ちだけ。告白の言葉と一緒に渡すっていうのが一般的ね。でも、告白する勇気はないけれど秘めた思いを込めて渡す…ってこともあって――だから気になる子からもらったら『これはどっちなんだろう』っていうドキドキがある甘酸っぱいイベントなの」
「へえ…」
バレンタインチョコレートの友チョコ、義理、本命のようなものだろうか。それは確かに若い子たちは盛り上がるだろう。着飾った少女たちからしたら勝負イベントなのだ。
そう思って見回すとみんな勝負服を身にまとっているように見えてくる。各自色とりどりの綺麗な格好をしていて見ているだけでも目が楽しい。
「あれ、なんかあのあたり、女の子たくさんいますね」
「ああ、あそこはネコのサンドイッチ屋さんね」
「ねこの!」
ネコのサンドイッチ屋と言えばフォーレンの働いている店だ。ルルシアの記憶では以前はそこまで女性客ばかりではなかったし、そこまで混んではいなかった気がする。何かあったのだろうか。
「あっちもアイスに負けず劣らずすごい人気ですね」
「なんでも少し前に、綺麗な女の子がお店の横ですごくおいしそうに食べてたとかでね?それに釣られて買った人たちからおいしいって口コミが広がって…パンに入ってるネコの焼き印もかわいいし、綺麗な子が食べてたってイメージもいいから若い女の子にすごく人気が出たそうよ」
ホーリーの教えてくれる話が、何か微妙に記憶に引っ掛かるものがあるのだが、きっとルルシアの気のせいだろう。
「多分サクラ商法なんだろうけどいいやり方よねぇ。あそこの店主の女性結構やり手だって評判なのよ」
「サクラ商法…」
(では、ないです。…多分…。少なくともサクラに自覚はありませんでした)
あの時、店主から貰ったサンドイッチをルルシアが食べ終わったら店に行列ができていて、ディレルが「ルルシアのおかげで」と苦笑していた。あれはそういうことか!と今更ながらに気付く。
誰もいなかったら頭を抱えていただろう。が、何とか耐えて「ソウナンデスカー」とかろうじて返す。
「でもあそこ、お肉中心なんですよね…野菜中心だったら食べれるのに」
「あら、野菜サンドもあるわよ」
と、どうも常連らしいホーリーがベロニカにお勧めメニューを紹介し始める。
それを聞きながらサンドイッチ屋の店員の姿を確認すると、店主のほかに三人がくるくると忙しそうに動き回っていた。大繁盛である。動き回る三人のうちの一人はフォーレンだった。
ということは、彼らの受けた討伐依頼は終了したのだ。ディレルも家に戻っているだろう。アンゼリカの機嫌が直っているといいのだが。
ピオニーミルクのアイスクリームは記憶に残っている前世の高級カップアイスに比べるとだいぶあっさりとしていたが、それでもとてもおいしかった。
「やっぱり屋台ごと買うべきかしら…」というホーリーの呟きに夫であるユーフォルビアが乾いた笑いを浮かべていたのが印象的だった。