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水森さんはエルフに転生しましたが、 【本編完結済】  作者:
1章 オーリスの森の住人
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5. 戦闘が始まる

 その時、視界の端に動くものが見えた。


「森から魔物が出てきた」


 ルルシアが声をかけると、さすがに二人とも周囲に目を配り始めた。

 追跡・誘導されて森から魔物が出てきたということは、討伐隊の追跡を逃れた個体が、予想外の地点から飛び出してくる可能性もあるということだ。

 まず森から飛び出してきたのは馬に乗った冒険者二名で、それを追ってホロウウルフが七頭躍り出てくる。おそらくその後方から、姿を隠した冒険者が数名で攻撃を仕掛けているのだろう。

 平野に出た時点で待ち構えていた攻撃組も加わって一気に殲滅していく。

 これは問題なさそうなので、こちらのサポートは不要だろう。

 この最初の一群から前後して、あちらこちらから冒険者とホロウウルフが飛び出してきて、攻撃組と後方支援組の入り混じった応戦が始まった。ライノールも総攻撃ポイントから外れた個体を魔法で攻撃していく。


「うわ、エルフの魔法の威力えぐいな……」


  打ち出されるライノールの魔法は一撃でホロウウルフたちを沈めていく。それを見たフォーレンの呟きに、ルルシアは(エルフがえぐいというか、ライの魔力がえぐいんだけどね)と心の中だけで応じる。

 一方で、ルルシアはまだ攻撃を仕掛けていない。

 魔力の少ないルルシアは、ライノールのようにポンポンと魔法を撃っていたらすぐ枯渇してしまう。

 魔獣がいるのならば温存すべきだ。そう考えて、森の前で行われている戦闘の全体を見渡した。――魔獣が混じっていれば、他とは動きが違うはずだ。


 やがて、森から数騎の馬が駆けだしてきた。

 一騎は人が乗っておらず、暴走しているようにも見えた。もう一騎の人が乗っている方も、「誘導」というより「逃走」といった方がよさそうな走り方をしている。


 ――ルルシアは迷わず弓に魔力を通し、弦を引き絞る。


 森の中から新たに一騎駆け出してきた。

 冒険者が必死に馬の背にしがみついているのが見て取れる。そのすぐ後ろから、一頭のホロウウルフが飛び出してきた。

 体の大きさは他の個体の一.五倍程度。サイズだけで見たらそれほど大きくはないのだが、遠目に見ても、その体の周囲が微かにゆがんで見えるほど高濃度の瘴気をまとっていた。エルフだったら、そばに寄られただけでも倒れそうだ。

 ――あれが魔獣で間違いない。

 その魔獣は、足場が平らな平野に出た途端スピードを上げ、あっという間に馬に追いついてしまう。

 次の瞬間、魔獣の後脚が地面を強くえぐり、その体が宙を舞う。馬にしがみついている冒険者の背に影がかかり――。


 ドッ


「ええ? マジか……」


 ルルシアの口から思わず声がこぼれる。宙に躍り出た魔獣の脇腹を狙って放ったルルシアの矢が、紙一重で避けられ、地面に突き刺さって消えてしまったのだ。

 身動きのとりにくいはずの空中だというのに、相手は体をひねって避けたのだ。

 着地の瞬間を狙って間髪入れず射った二射目は僅かにかすったが、あれではダメージなど皆無だろう。

 

(まあ本来の目的の、冒険者が逃げのびる隙は稼げたし、良しとしよう)


 そこで攻撃組が合流して、ついに戦闘が始まる……が、のっけからどう見ても旗色が悪い。なにせ空中でも攻撃をよけるほどの身のこなしの魔獣だ。素早すぎて攻撃が当たらないのである。

 今平野に出てきているホロウウルフの数はざっと見て二十程度。おそらく森から出てきていない個体がまだいるので、三十……最悪四十は残っているかもしれない。

 それに対するこちらは、魔獣とエンカウントした誘導組五人が潰走(かいそう)状態。もともと寡兵だったのが、さらに悪化している。

 ルルシアはもう一撃、バランスを崩した冒険者に追撃しようとする魔獣の鼻先に矢を射掛けて、動きを妨害する。もちろん当たらなかったが、その一瞬の隙で冒険者は体勢を立て直した。


 しかし、このままでは埒が明かない。

 ルルシアは一つ深呼吸して、深く集中する。

 不意打ちの一射目すら避けられたほどの反応速度を持った相手だ。直線的で軌道の読みやすい矢を撃っていては、当てようがない。

 だったら――。読みやすいなら、読めない軌道で撃てばいい。

 今までよりも意識を集中して、弓の端まで魔力を行き渡らせるイメージをする。弦を引きながら矢じりを持つ指先に魔力を集中させ、さらに引き絞り。


 ――放つ。


 ルルシアの指から離れた矢は、キンッと高い音を立てて風を切り、これまでよりも強い光を引きながらまっすぐと魔獣へ向かう。

 そして、――その途中でパンッと弾けた。

 分裂した矢は光弾となって、一つ一つがそれぞれ違う軌道を辿りながら一気に魔獣に着弾する。


「グアァァッ!!」


 被弾した魔獣が苦痛の声を上げ、攻撃を当てるのに苦戦していた前線の攻撃組からは、地響きのような歓声が上がった。


「……なんだ今の」

「分裂したな……」


 木の下で会話が聞こえるが、無視する。

 当たったのは五分の二。分裂させるタイプは制御しにくいので二つ当たっただけでも上々ではあるが、このペースでは、倒すよりも先に前線が崩壊してしまう。ついでに言えば、魔力消費も多いためルルシアも保たない。

 せめて、あちこちに散らばり始めたホロウウルフがいなければ、後方支援組の攻撃が集約できるのだが。

 

「おいルルシア! 多分あんたが狙われてるぞ」


 フォーレンの声にハッとする。そうだ、戦闘中に考え事などしてはいけない。

 彼の言う通り、魔獣は攻撃組の攻撃をかわしながらも、視線はまっすぐルルシアの方を睨んでいた。

 遠くからいちいち行動を邪魔されたうえに、攻撃を当てられたのだ。それはヘイトレベルがマックスになって当然だろう。

 ――魔獣は大きくバックステップして攻撃組から距離を取ると、グッと身を沈め、そして大きく咆哮した。

 その咆哮が呪文の詠唱の役割を果たしていたのか……魔獣の頭上に、闇を固めたような不気味な塊が現れた。――まるでライノールが魔力を集めて攻撃をするときのように。


 (あれって、こっちに撃ってくる気……ですよね!?)


「ライ! 壁!」

「ガァァァァァァッツ」


 ルルシアが叫ぶのと、ほぼ同時に魔獣がもう一度咆哮する。

 その咆哮が最後の呪文だったのだろう。闇の塊は地面をえぐりながら、一直線にルルシアのいる木に向かって飛んでくる。

 そして到達――する直前に、ライノールが出現させた光の防壁に衝突した。

 塊は、光の壁を大きく削り取りながら、地面に大きな穴を開けて消滅した。

 ……普通の魔物の攻撃ならば、何回でも完全に防ぎきるライノールの防壁が一撃で崩れて消えた。

 そのうえ、攻撃によって生まれた衝撃波までは殺しきれなかった。

 衝撃波を受けて、ルルシアの登っていた木が大きく揺らぐ。


 衝撃が来るのは予想の範囲内だ。「パキッ」ただ、この後の攻撃「バキンッ」は……?……え、何の音?


 メリッ


 揺れは予想はできていたので、ルルシアはあらかじめ木の幹にしがみついていた。だから、振り落とされることは防げた。

 ただ予想外だったのは、ルルシアがちょうど足場にしていた太い枝に、大きな亀裂が入ってしまったことだった。


「っ……!」


 メキッ……バキッッ


 おかしな落ち方をしたり、折れた木が刺さったりして深手覆うのは避けたい。が、安全に飛び降りるにはすでに足場が不安定すぎた。

 ほとんど転落と言っていいような状態で、ルルシアの体が宙に投げ出される。

 せめて体を丸めて、身体強化で防御力を上げて……!


 ボフッ。


 しかし――覚悟していた、地面に叩きつけられる痛みはいつまで経ってもやってこなかった。

 

「あっぶね……大丈夫ですか?」


 痛みに備えて縮こめていた体の力を、恐る恐る緩めていく途中で、ありえないくらいくらい近くで声がして、ルルシアはビクッとまた縮こまる。

 そろそろと目を開けると、すぐそばにディレルの顔があった。落ちるところを受け止めてくれたのだ。

 彼はそれほど力があるように見えないというのに、落ちてきたルルシアを難なく受け止めて、軽々と抱き上げている。


「…………だ、い、じょうぶ……です」

「良かった。降ろしますね。なんか今のでホロウウルフのターゲットが完全にこっちになったみたいなんで」

「こっちに……」

「さっきの鳴き声で、魔物の動きが変わったんだよ。あの魔獣、なんか命令したのかもなぁ」


 のんびりとしたフォーレンの声がする。

 ディレルに降ろしてもらって、改めて周囲を見回すと確かに今まで三々五々に動き回っていたホロウウルフたちが、揃ってこちらへ向かってきているのが見えた。

 刀身が波打った不思議な形の短剣を両手に握ったフォーレンは、ぴょんぴょんと跳ねてうれしそうにニヤッと笑った。


「二十匹にちょっと足りないくらいか? やっと出番だな!」

「ホロウウルフが集まってくれるのはありがたいな。魔獣まで来なきゃいいけど」

「それは支部長のおっさんとかが足止めしてくれるだろ」


 何気ない様子で会話しながら、ディレルも剣を構える。こちらはかなり大きく、重たそうな剣だった。


「ルル! 魔獣の攻撃がきたら俺が引き受ける。そっちは魔物の相手に専念しろ」


 離れたところから声をかけてきたライノールに、ちらりと目を向けると、その傍らでウッドラフが飛びかかってきた魔物を切り伏せるところだった。

 

「分かった」


 今はホロウウルフの数を削り、魔獣と戦う冒険者の負担を減らすことが最優先だ。ルルシアは返事をして近くの木に登りなおし、弓を構えた。

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